5.決断
昼食の会計を済ませて煌々と照らされるコンクリートに足を踏み出す。
「どうしたんですか?」
やはり、浅霧も同様に態度が変だと感じたらしい。
「自分のが、見えちゃったんです」
「自分の?」
「例の、能力じゃないですけど」
今まで驚きもしなかった浅霧の表情が狼狽の色を見せた。
「え? ほんと?」
不可思議な現象にたいしてもなお信じる浅霧に疑いを向けられる。
「俺だって、信じたくないですよ」
「大丈夫。私だっています。二人で頑張りましょう」
浅霧自身のことを訪ねてくると思ってはいたが、それは聞かないらしい。自分がもし相手の立場だったら、そんなことは言えもしない。
「落ち着きたいですか?」
あまりの優しさに反射的に顔を見てしまった。特に微笑むわけでもなかったが、帆野の答えをじっと待っている。
「いいですか?」
「構いません」
「すみません」
「大丈夫です。車に戻りましょう」
頷いて返事をし、同じ道を辿っていく。
・ ・ ・
車内は柑橘系のいい香りがする。少しばかり心が癒されていくのを実感するが、自分が死ぬという事実はなにも代わりはない。
「一応聞いておきます。調べるか調べないか、まず決めてください。私はどちらを選んでも尊重します。曖昧な気持ちでいても、私も助けられませんから」
(そりゃ、そうだよな)
むしろ、はっきり言ってくれたことが頼もしい限り。
「ありがとうございます」
言葉では言い表せほどの恐怖が、確かに心に居座っている。しかし、だからと言ってここで引き下がって、果たして後悔なく生活できるだろうか。責任感と恐怖心が鬩ぎ合っている。
そもそも、自身の耐えられる限度をすでに度を越している。ここで引き下がると考えた時、早海のことが頭をよぎった。死神との一件がある以上、自身の手でしっかりと一子報いたい。せめて魂を取られてしまったその後悔を振り払いたい。
帆野自身の恐怖より、早海の方がより怖かったはずだ。毎日背後を気にして夜中を歩く。そんなに恐ろしいことはない。他人などその場で助けてくれる保証もなく、心細かったはずだ。
近くにいたのになにもできなかった。今ごろ人生や帆野のことなど、いろんなものを責めているかもしれない。
であるなら、この件に関してはいろんな意味でも降りてはいけない。たとえ、それが立場上警察に任せる事案であって、自分がやってやるという気持ちが傲慢であったとしても。
「やります。降りるわけにはいきません」
「わかりました。なにか見てないんですか?」
「えっと、絞殺でした」
「大したことでなくてもいいんで、他にありませんか?」
殺される瞬間をひねり出す。
(そういえば)
なにかを思い出したわけではないが、改めて言われたら気になったことがあった。首を絞めるのであれば、紐や手という選択肢である。
背景は見えないとは言ったものの、その周辺であるならば見えたはずだ。直接の死因がそれであるならば余計にそうだ。嫌な気持ちより勝る挑戦的な感情、そんなエネルギーが涌き出てくる。
その視点で思い返すと、ひものようなもので縛られたのではなく、素手で首を絞められていることが分かった。そのように伝える。
「相当力がありそうですね。他にありますか?」
「人数はわかりません」
「両腕を二人で押さえて、一人が首を絞めるということも出来そうですね」
「はい。ただ、浅霧さんの姿が見えませんでした」
「一人にしなければ良さそうですね。他にはありますか?」
「えぇっと。あ、腕に痣があります」
「どの辺ですか?」
「左手の、腕時計で隠れそうな部分。その部分に茶色いあざが」
「あざ。ありがとうございます。これで絞れましたね」
「こちらこそです、これで多少は」
先程とは随分と気が楽になったが、やはり殺されることを考えると不安が増す。だが、これ以上は考えても仕方がない。
どこから話を聞くか、考えることにしよう。
「誰から、話を聞きましょう」
「村長に聞きますか?」
「いきなり、ですか?」
「はい」
「聞いといてなんですけど、結構怪しまれませんかね」
「でも、そうなると誰にすればいいでしょうか」
「うーん」
この村で亡くなったということは、葬式をあげるときに、住職に頼むだろうし、医者に診断してもらうだろう。
あるいは、儀式をしてる最中に殺されたということは、その現場にいた全員がグルになっている可能性も高い。
その旨を浅霧に伝えた。
「なるほど。そしたら、この村の人に、それとなく風習やらなにやらを聞きますか」
「そうですね。ただ、歩いてる人に声かけるっていうのは、ちょっとねぇ」
「旅館の人にでも、良いんじゃないですか?」
「なるほど、それ良いですね。仕事中にボソッと」
「お願いします」
と、突然振られて面食らう。
「俺が話しかけるんですか?」
「私は苦手です。それに、避けられる件もありますから」
「そ、そうですね。わかりました。俺が聞きましょう」
「ありがとうございます」
(しかし、よくこれで今まで続けられたな)
このハンデを抱えながらでは、一人で、というのはあまりに難しいだろう。帆野の前に、誰か一緒に行動していた人はいたのだろうか。
「わかりました。困ったときはフォローしてください」
「はい」
話がまとまったので、旅館探しを再び始める。