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リミット24――死が見える男――  作者: 瀬ヶ原悠馬
第零章 プロローグ
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死が見える苦しみ

 家に帰宅してすぐ喪服を脱ぐ。ジャケットとスラックスにネクタイを一つのハンガーに掛けてクローゼットに戻し、ワイシャツを洗面所の洗濯籠に入れた。


 クローゼットの下に置かれたプラスチック製の引き出しの中を開け、そこから部屋着を着てベッドに全身を預ける。


 シーリングライトを支えた、無機質で白一色の天井を仰いで今後のことを考えた。

(仕事考えないとなぁ)


 1DKのアパートの家賃の支払いも出来ない。貯金はしているためしばらく補填は出来そうだが、あまり手を出したくない。緊急時と家族への仕送りをしたいからだ。まとまった金を出したい。


 誰にでも聞こえるようなため息が出る。呆然としていたところで、ネガティブな想像ばかりをしてしてしまう。昼寝をして全てを忘れたい。


     ・ ・ ・


 目を閉じたところで不安が消えることもなく、無駄に時間を過ごした。もうすでに数時間が立ち、外はすっかり街灯の明かりが強く感じられる時間。風呂と夕食を済ませ、話をして気を紛らそうと思って早海(はやみ)(りん)とカメラ通話をしていた。


「酢豚のパイナップルってさ、いけるほう?」

 灰色のトレーナーを着て、水に濡れた髪を服に付着させないようタオルを首に巻いてそこに座っていた。風呂後なので、化粧も全て落とされたすっぴん。透明感のある綺麗な肌と自然なピンク色をした唇がそのまま映し出される。


 背景に白の外壁と右角にベッドの脚と、左側に薄っすらと茶色の扉が見えている。

「いや、マジで苦手」

「わかる! たれとパイナップル、マッチしてないって」

「あれが好きって言う人いるんじゃない?」


「物好きってやつ?」

「ゆうて琳のパクチー好きもよくわからんけど」

「それは物好きじゃないでしょ」


「カレーや冷やし中華レベルの王道にはならないって」

「それ言われると、言い返せないけどねぇ」

「なんか硬い肉を柔らかくするとか、色々あるよな」

「そうだけどさぁ、理由聞いても、だからと言って好きとは言えないよ」


「そんな嫌いな上司レベルなの?」

 少し笑う含みを持たせて、早海は聞き返した。

「仕事上仕方ないけど、だからと言って仲良くなるなんて無理ーみたいなノリだぞ? 今の」

 笑いながら、「なにそれ」と早海は答えた。


(仕事、か)

 今日が葬式というのは早海も知っている。向こうから切り出されることは今の今までない。どこのタイミングでその話をしようかと考えていたが、このタイミングがベストな気がしていた。


「どうしたの?」

「え?」

「会社のことでなんかあった?」


 脳裏に焼き付いた、自殺の映像。目が抜き取られてしまうほど飛び出ていて、首を重心としてくっついている体と頭。


「仕事辞めてきちゃったよ」

「そうなんだ。あの件?」

 悪口の件は、早海に一部話を伏せて、話してある。

「そうそう。結局さ、助けられなかった」

 難しい顔をして目を伏せた。


「やれたことはやり尽くしたんだよね」

「うん」

「これ以上できることって言ったら、それは恋人くらいじゃない?」

 なにも答えらなかった。恋人という単語が出て過剰に意識してしまった心が、冷や汗を産ませた。


 早海には変に気を使わせたくなくて相手から恋人の有無を聞かれたことや、悪口が帆野自身にまで発展したことなどの話をしていない。なんだか、見透かされているような気もした。


「ま、まぁ確かにそうだけど」

「恋人が他の会社にいると仕事じゃない時の味方はいるけど、やっぱり会社の味方も欲しかったと思うよ。私ならそう思う。俊が心配してくれて声を掛けてくれたこと、ありがとうって思ってるよ」


「そうかなぁ、救えなかったのには変わりないし」

「自分だけが悪口言われてるとさ、誰も味方がいないように感じない?」

「まぁ」


「他の人に聞いたって″そんなことあったんだ″って、現場にいたとしてもそんな風に言われる。相談したって″無視すれば良い″で済まされる。


 自分だけに聞こえるてんじゃないかって、不安になるじなん。そんな中で、ちゃんと気に掛けて心配してくれる人が側にいると安心しない?」


「琳が言われてた方だもんな」

「うん。だから余計」

 日向も同じように思っていたとすれば、確かに安心感を持てていたかもしれない。なら、何故自殺する必要があるのだろうか。


 早海にもっと具体的に話せば、それなりの回答が返ってくるだろう。だが、やはり喉から先に出てくることはなかった。


「ありがとう。ちょっとすっきりした」

「よかった。元気出してよ? そうじゃなくちゃ、こっちだって困るんだから」

「わかってる。本当にありがとね」

「うん。次の就職先はどうするの?」


「どうしようかな。出来るだけ早く決めたいな」

「うちの上司に掛け合ってみようか?」

「いいよ、自分で探す」

(琳には迷惑かけられない)


「そう?」

「うん」

「わかった。そうそう、この前さ」


 早海が話を切り替えて別の話になった。そんな時、目の奥を突き刺すような感覚。体中の穴が広がった気がした。早海の体から抜け出した霊体が、懸命にその死を演出する。カメラ越しでも関係なく、それを鮮明に彩った。


 早海が手を前に出し、駆け出しているような様子。誰かに握られている手が見えているため、引っ張り回されているという状態だろう。一気に力が抜け出し、手だけが浮いて体が倒れる。


(まさか、そんな)

 霊体はすうっと何事もなかったかのごとく、早海の体に戻っていく。例の現象だ。金輪際、関わりたくもないと思った代物。悪口を言われていたからその時に話しかけ、なんとか助けようとしたその時に見たあの現象。


「ごめん。話しすぎちゃった。ちゃんと聞いてるよ」

「え? あっ、いや、そういう意味じゃなくて」

 先ほどの現象のせいで、上手く頭が回らない。


 恐らく、空気が重くなってしまったから和ますために話題を提供してくれたのだろうが、帆野が黙っていたためにそれがまずかったと思ったのだろう。

「ほんと?」

「ほんとほんと」


 早海は視線を画面左下の方に向き、正面に戻した。

「そろそろ、良い時間だね」

「いやだから、大丈夫だって」

(違う! そうじゃない!)


 特段その会話が嫌だった、面倒だった、疲れているから早く切りたいと思って黙っていたのではない。

「気にしないで。ゆっくり休んでね」

「琳!」


 通話が終わる。帆野の能力については、以前早海に相談しているために知っている。この事を伝えるべきか否か、頭の中で巡る。

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