13.自己顕示欲
歩いて七分ほどのコンビニで、二人で昼食を買う。帆野は唐揚げ弁当、浅霧はカツ丼。飲み物は事務所にあると言うことで、そのまま買わずに向かった。
生暖かい空気を含んだ部屋に入り、目標のソファー以外に目もくれずに歩く。やっとの休息にぐったりと背にもたれかかった。
疲労と戸惑いの嵐。未だ抜けない寝不足の後遺症は残っているものの、それから解放されるこのひと時は些細な休憩なのに関わらず、言葉に言い表せないほど心地の良い物だった。そんなことも束の間、弁当を口にする間もなく「なんでしょう」と浅霧が言う。
なにか嫌な予感がするも、声のするキッチン側へと顔を向ける。どうやら固定電話の画面を覗いているようだ。気になってそちらの方へ歩みを進めた。
「非通知からの電話が三件」
こちらの存在に気づいて、一瞬だけ浅霧が見遣った。留守番電話が登録されているかを確認するも、すぐに切られているために内容を窺い知れない。しかも二分や三分おきと、どうやら急ぎの用事があるようだ。
「なんか変じゃないですか?」
「はい。普通、留守電残しますよね」
「嫌がらせとか受けてます?」
「そんなことはないですよ」
気味悪く感じている中、固定電話のディスプレイを凝視していると明るく光りだした。非通知が表示されている。恐らく、前三件をも掛けてきた人物と同じだろう。浅霧は震えの一切を見せずに受話器を取る。
顔からリアクションを把握しようとしてもできないため、受話器に戸惑いながら耳を近づけるも、あまり声が聞こえない。
すると、浅霧は受話器を離してスピーカーに切り替えた。声を探られないようノイズで隠した奥から、悪意の籠った嘲る声が音声口から押し出してきた。
「どちら様ですか?」
と、浅霧が言った。
「貝塚愛実はどうだ。元気か?」
その一声ですべてを察する。
「元気ですよ?」
浅霧は冷静に対応する。
「私が誰か言わないのか?」
「わかっていればいいので」
「答え合わせは必要だ」
「透明人間ですか?」
再び、不敵に笑いだす。
「なにがおかしい!」
我慢できずに今まで抑えていた気持ちが声に乗っかった。
「そうかっかするなよ。こっちだって抑え気味に話してるんだ」
「で、どうなんです? 答えてもらえませんか?」
浅霧が答えを急かす。
「まぁ、お前らが思ってる通りだけど、透明になったとでも思ってるのか?」
「そうですね」
「馬鹿。なんかの薬でも飲んだのかよ。もっと頭を働かせろよ」
「違うっていうんですか?」
「そうだ。あいつをやったのは、私で間違いないけどな」
黙り込んでしまう。帆野も考えるが、透明人間だと思い込んでいたせいか、まるで思いつきもしない。
「そんなに馬鹿だと人が死ぬぞ!」
「なんとか言ってください」
あっても幽霊という説。議論という規模でもないが、二人で話した時のことを思い出される。
「早くしろ! 話したくてうずうずしてんだこっちは!」
「勝手に話せばいいだろ!」
「ゲームする相手に教えろってか?」
「ゲーム? ふざけるな!」
「あぁ、ふざけてるさ。そんなことより早くしろ」
「幽霊」
「死んでるわけないじゃないですか!」
帆野は慌てて、小声で否定した。
「ほぅ、私は死んでいると?」
「生きてる」
「もっと明確な答えは出せないのか?」
「そういうの、得意じゃない」
「そこのお前。助手なんだろ?」
「俺?」
「お前以外誰がいる。さっさとしろ」
(浅霧さん以上の答えは出せないぞ。無理だ。透明人間でもなく、幽霊でもない。じゃあなんだ)
「答えられないのか?」
「俺も、浅霧さんと同じ」
「ふん。まぁ、良いか。良しとするよ。そのうちわかるだろ。貝塚香奈がどうなったか調べろ。今日の夜、二十二時まで」
「え?」
外れていたらと肝を冷やしていたが、寛容だったことや、ゲームという体ではあるのの頼まれたのが意外だった。
「聞こえなかったのか? 貝塚香奈を調べろ。これがゲームの内容だ」
「もし勝ったら?」
と、浅霧が言った。
「植物人間を生き返らせてやる」
頭に電流が走る。
「全て?」
帆野が聞き返す。
「まぁ、一応な。だけど、私が勝ったら」
「待って」
浅霧が言葉を遮った。
「一応ってなに? ちゃんと断言して」
「わかったよ。早海ちゃん以外は返してやる」
「は?」
憤りを隠せない。何故、早海だけは返さないのか。
「お前の大切な友人なんだろ? 彼女だけは特別だ」
「喧嘩売ってんの?」
「なんでゲームとか言ってんだ? あん?」
抑えきれない憤りに舌打ちをしたが、その様子に電話の相手はあざ笑う。なにもかもこちらの思い通りにはいかない。
「そんな条件で受けると思いますか?」
「じゃあ、愛実を貰ってもいいんだな? これは私が勝った場合の条件だ。条件を受けない場合でも、ゲーム放棄ということで愛美をいただく」
「仕方ありません。わかりました」
「よし、じゃあそういうことだ。くれぐれも頑張れ。ああちなみに、お前らを寝かせることはしないからな」
ブツっと電話が切れる。
「どうするんですか? あと十二時間しかありませんよ?」
「そうですね」
体力も気力もない。その上タイムリミットがわずかしかないので、寝る暇も無い。
「ビデオをどうやって手に入れましょうか。復元できれば、確実なんですが」
「もしそれじゃなかったら? 見てから考えましょうじゃ済まされませんよ」
「わかってます。どうも苦手ですね。こういうのは」
「考えるのが? それで調査なんてよくやってましたね」
「私に当たらないでください。わかってることを元にしない限り、考えられないんです」
焦りから苛立ちを沸き立たせる。犯人のペースに乗せられ、心が揺さぶられた。不安などが入り混じっている。
「さっき考えられたでしょ? あいつを捕らえるために、いろいろ考えてくれたじゃないですか。鈴とか」
「あれは、帆野さんが言ってくれたから」
「霊能者の件だって」
「だから煽らないでって!」
怒られて初めて、我に返る。こうして争っていたところでどうにもならない。無駄な時間を過ごすだけだ。申し訳無さから謝罪を入れるも浅霧は答えることもなく、入って右手のテレビに備え付けられたテーブルに戻ってしまった。
ぐちゃぐちゃな感情の中、絞り出した意識で依頼者と話したテーブルに戻って、唐揚げ弁当に手を出した。