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リミット24――死が見える男――  作者: 瀬ヶ原悠馬
第一章 誰か、中にいる。
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11.決行

 朝八時。

 最悪の気分、最悪の目覚め。今までに感じたことのない体のだるさと頭の中の霧。体を起してベッドの上で座っていても、これ以上体を動かす気力もない。上体が崩れ落ち、横になってしまった。


 寝に入ったかどうかは第三者から見て正確にわからない。そのため、目を瞑って横になっていたとしても、寝に入ってようが関係なく首を絞めては起こされる。


 それは香奈も当然のことだろうが、浅霧も例外ではなかった。結局のところ御札は破られることなく落とされ、どちらだか判明しない焦燥感を抱く結果となった。


 頭は思うように働かなく、微妙な眠気に苛まれて今まで以上に重力を感じることができる。

(ふざけんな。こんな状況で助けられるのかよ)


 二度寝を希望したいが、そんなことも言っていられない。タイムリミットも近づいているため、半ば無理矢理体を動かして浅霧の元へ歩を進める。


 リビングにあるソファーに背中を預けていた浅霧の姿があった。髪が静電気で弾けているのか、寝ているときに暴れでもして乱れたのかはわからないが、背後からでもわかる疲労が見てとれた。


「浅霧さん?」

 体を捻られ、浅霧と目があった。

「大丈夫ですか?」

 と言って近づく。

「大丈夫に見えますか?」


「そう、ですよね。ごめんなさい。どう会話を続ければいいのか」

「気にしないでください。お互いに散々ですから」

「数えきれないですよね」

「えっと、起こされる数ですか?」

「はい」

「そうですね、数える暇もないです」


 懸命にビデオの状況を思い出す。

(えぇっと、包丁を持ってるわけだから、キッチンに来るはずで)

 キッチンに視線を向けたまま、浅霧と会話を続けた。


「ほんと、そんな感じでした」

「寝れました?」

 

「いえ、それどころじゃないですよ。怖いし」

 浅霧に視線を戻して話すと、表情はくしゃっと微笑みがこぼれた。

「寝る前は大丈夫って言ってたのに」


「そこ突っ込まれると痛いですけどね」

 また、浅霧に笑顔がこぼれる。

「私だって、こんなことは初めてですよ」

「そうなんですか?」

「はい。避けられることを抜かしたら、こんな変な依頼はないですから」


 そこに触れてはいけないと注意していたが、また触れてしまった。

「誰にでも話せることじゃないですから、聞いて下さい」

 どんな顔をしていたのだろうか。思わず、自分の口元を手で触る。浅霧は口を開いた。


「行列とかそうなんですけど、ああいう密集してるところって、無理にでも近づくことになるじゃないですか。時間が経つと、人が痙攣して泡吹いちゃうんですよ」

「ええ、それは怖いですね」


「なので、慣れっこですね」

 浅霧のこちらを見られている視線を感じられなかったので、その先を追った。どうやらそれはリビング入り口の方らしい。帆野と同じように、香奈の存在を警戒していたのだろう。


 予知ビデオの予言がついに的中する。

 二階から降りてきた香奈と思われる姿。帆野や浅霧に目もくれず、やつれた様子で目的地へとしっかりと一歩ずつ前に進んでいく。キッチンに入ったその背中に思わず声をかけた。


 返事はなく、金属がなにかと擦れる音。直観した。『未来にとられた映像』に写った、あの包丁。


 すぐさま向かうと、手元には予想したそのものが握られている。とうとう断頭台に立つ瞬間が来たようだ。


 それを察した浅霧は帆野と交代し、テーブルの上に置いてあるレジ袋ごと持って二階へ行く。香奈の部屋の扉は廊下側に開いており、隙間を増やして中に入った。


 三脚と共にビデオが入って入口にあるので、鈴や赤外線センサーの関係上で窓側に再設置する。ここまでなにもかも映像の通り。ただ、浅霧のやることを帆野がやっているだけの事。


 レジ袋から鈴を探すが、どうやら昨日のうちに開封していたらしい。中から両手いっぱいに埋められるようすくい、扉の前にばらまく。鈴の音が鳴り響いた。


 次に床に落ちていた御札を念のために扉の内側につけ、香奈の布団を掛けられやすいよう両手で持ち、しめ縄を腕にかけ、赤外線センサーを扉の縁に設置して準備をする。


 胸の高鳴り、未だ変わらない霧の中に包まれた思考。そこから自分の意識を呼び起こすかのように布団を掛けるところを何度も頭の中で繰り返し、意識を無理に振るい立たせてその時を待つ。


 やがて、浅霧と香奈が中に入り、テーブルの上に座った。通った時に甲高い高音が鳴る。

(しまった! 映像でも見ただろ! 馬鹿!)

 これで気づかれでもしたら中に入ってこないのではないかとも考えたが、そうも言ってられない。


 浅霧は体を傷をつけないよう必死で介抱する中、帆野は扉を閉める。

「もう無理。こんな生活続けられない。恨んでやる!」


 言葉が変わってる事にも驚いたが、そんなことよりも扉に意識を集中させる。

「やめて! 死なせて!」


 視界の端には映っているが、恐らく浅霧が止めているのだろう。二人が均衡しあっている最中、扉が開いてセンサーと鈴の音が鳴る。


 刹那、合図とともに布団を目視できる存在が誰もいない空間に思い切りかけ、全体重を掛けてのしかかる。


 すると、布団の奥で何者かが蠢く感触を全身で味わう。必死に抵抗し、波に乗るかのように上手く歩調を合わせ、持っていた縄で上手く括るように丸まった縄を伸ばしていく。


 しかし、首元に強い圧迫を感じる。

「そんな!」

 苦しい。息が出来ない。上手く力も入らない。段々と力が緩んでいき、腹に強い力で蹴りを入れられて吹き飛ばされた。


 未だ首の苦しみからは解放されない、視界がグラグラと揺らいでいく中、途切れ途切れの僅かな呼吸だけが残る。その苦しみからあっという間に解放されるが、せき込んでしまって起き上がる気力もわかない。


「帆野さん」

 遥か彼方から聞こえる声のように感じた。左手がひんやりと冷たいものに包まれる。そのまま引っ張り上げられると、視界の左側に写るテーブルの上で力が抜けた香奈の姿。その時、すべてを察した心がざわついた。

「すみません」


「なにがあったの?」

「浅霧さんの言った通りですよ。二人います」

「えっと」

「首絞めた人と、愛実さんを襲った人」

「かたや幽霊、かたや透明人間ってことですか?」

「はい」


 浅霧は俯いた後、テーブルの上で倒れた愛実に体を向ける。感傷に浸る様子がとても痛々しく感じた。そのまま頭側へと移動して、愛実の頭と体を持ち上げようとしている最中、愛実はすっと体を起こした。


 これは浅霧が持ち上げたのだろうと思っていたのだが、自立している動き方で察する。死んでいなかった。その現実が不謹慎にも受け入れられない。なんの夢かと疑った。帆野と浅霧に視線を向けるや否や、表情はやがて歪んでいく。


「姉さんは? 姉さんは!」

「あ、え? えっと」

 帆野はもはやリアクションすら取れない。

「守ってくれるって約束しましたよね?」

「え」


「しましたよね?」

「はい、しました」

「帰ってください」

 何も答えられない。

「帰ってください! 二度と近寄らないでください!」


 なにがなんだかわからない。浅霧に視線を向けるもなにも答えず、そのまま部屋を出て行ってしまった。逃げるかのようにその後を付いていく。


 死の予言がされ、死なない人間はこの時初めて知る。偶然なのか、能力にミスという概念が存在しているのか、戸惑いを隠せず貝塚家を後にした。

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