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リミット24――死が見える男――  作者: 瀬ヶ原悠馬
第零章 プロローグ
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葬式

 脳裏に過る、嫌な光景。見てしまった。見たくないものを見てしまった。


 帆野(ほの)(しゅん)は、葬式の受付で会社関係の列に並んでいた。薄くなった線香の香りが、生暖かい無風の空気に埋もれてここまで彷徨ってきていて、砂利の上を踏みしめている。


 ご家族や友人の列は左隣に並んでおり、自身の名前を書くまでにあと三人というところ。書き終わって右に流れた神妙な(おもむき)の人は、帆野の上司である。前にいる人は、同じ環境にいるものの、接点のない人だった。


 そっと胸を撫で下ろした。悪口を言っていた相手の後ろになど並びたくもない。帆野の番になる。目の前に座っているのは、会社で見たことのある女性。左隣は、帆野の年齢の倍はあるであろう四十代後半から五十代前半の男性。


 名簿欄の中辺り、先ほど書いた人の下に胸ポケットにあるペンを取り出して自分の名前を書く。それが終わり、寺の入り口まで続く中央の石造りの地面に列ができていたのでそこに並んだ。

「自殺なんだって? なんで?」


 二人先くらいの距離はある声量。一人の女性が誰かに話しかけている。車通りもなく、人の声も虫の羽音と同じくらい。やけにそこだけ大きく聞こえた。

「そうそう」

 聞き覚えのある声。心が緊張の糸に締め付けられた。


「どうも恋愛の縺れらしいよ。彼女がいるのに、いないと嘘をついて近づいて、告白したんだって。日向(ひゅうが)さん、それで心を病んじゃって」

「えー最低。その男、誰なの?」

「ここで聞かないでよ。本人がいるかもしれないのに」


(違う、そうじゃない)

 日向(ひゅうが)彼方(かなた)。帆野の同じ図書館で働く社員で、一人真面目に働いていただけで、なにかしたように見えなかったのだが、必要以上にとある二人の女性から陰口を言われていた。


(俺は、ただ助けたかっただけで)

 脳裏に焼き付いている、日向の自殺する光景。

 その現象が始まったのは、五年も前のことだった。専門学校に上がった時、あるいは高校卒業の一ヶ月くらい前だろうか。


 人の死が見える、という現象に苦しめられていた。

 具体的な背景があまりはっきりせず、本人に重なって死ぬ瞬間がくっきり映るというもの。よく心霊写真などであるダブるとかブレるというが、あれに近い。


 今まで幾人か実際に目にし、その中の一番印象に残っているとある人は炎上している中で焼け(ただ)れていた家族だった。痛ましい傷跡と口をパクパクと動かして悲痛を訴え、助けを求めている様子。


 見た当初でもかなりの衝撃で、つい足を止めて通り過ぎたその愛らしい子ども連れの三人の家族の背中を見つめてしまったほどだった。明後日になり、それがまさかの形で判明する。


 高速道路で夜間バスに車が突っ込み、炎上したという痛ましい事故がニュースでやっていた。仲いい人ならなにか出てきたであろうが、名前も知らぬ通行人ではどうしようもない。


 ただ、助けられなかったという後悔と痛ましい悲劇が帆野の全身にこびりつくのみ。今回は近くにいながらも、助けられなかった。これほど悔いが残るものはない。


「日向さん、真面目な人だったよ。だからなのかもしれない」

 この女性、悪口を言っていた主犯格に乗っかっていた人である。

「あぁきっと、ショックで立ち直れなくて?」

「そうそう。ほんと可哀想」

(今更なんだよ)


 他人事のように葬式で話す内容とも思えない、極めて不愉快で不謹慎な内容を平気で話す二人。警察の捜査はもう行き届いており、自殺ということで処理された。


 どう言った理由で自殺したということはわからない。親族に、どれだけの情報が流れたのかもわからない。


 当然、会社に親族から抗議があり、内部調査も行われた。しかし、それが社内の人間全員に具体的な内容として伝わることなく、ただパワハラやセクハラなどはなかったと発表される。


 つまり会社が残業を強要したり、定時に終わらないほどの仕事を毎日押し付けた、時間外の説教などといった事実が判明したわけでもなく、また誰かがお尻や胸を触ったり、酔った後連れ込んだというわけでもない。


(なら、わかるだろうが)

 葬式に来てまでイライラしなければならないとは、思いもしなかった。


 遺族はそれだけで納得するはずもなかったが、会社に責任はないため、プライベート上でなにかあったのではないかという事になる。悪口を言っていた、と当然調査があった時に話している。


 しかし、それも会社で行われていることとは言え、仕事上でなにかしら気に食わないことがあった、業務上のやり取りで発生したトラブルからあったわけではないということで、上は関与をしなかった。


 遺影と対面することになる。腰の高さくらいまでのところに灰と線香三本がたかれ、正面には御経を読む住職がいた。


 青空と原木を使った柵に、木々が左右から生い茂っている風景を背後にして、幸せだったあの頃の味を残した写真に視線を合わせる。


 帆野自身が出来ることを、最大限までやった。それでも、どうにかしたかった気持ちが残る。灰を摘んで額に持っていく。その後、手を合わせた。


 外に向かって歩こうと周った際に遺族が見えるが、顔を向けられなかった。素っ気ない態度に見えても仕方ないくらいだっただろう。睨まれているような気もしたが、その確認も当然ながら出来るはずもない。


 外に出て、列ができている横――先程、名前を記入した近くの場所で直属の上司を見つけたので、そちらに近づく。


 悪口を言っていた首謀者の女性ともう一人男性が近くにいて、なにやら三人で話しているようだった。心臓が(しぼ)む思いをしたが、上司に意識を固定した。


花外(はながい)さん」

 ポニーテールの三十代後半の女性に声を掛ける。悪口を言っていた首謀者のきつい顔をしたポニーテールの女性はこちらを見て、すっと避けるようにして男女はどこかにいった。


 コソコソと陰口を叩かれているのではないか、と窒息する思いをしたが、無視をする努力をする。

「どうしたの?」

 胸ポケットから、辞表を出す。


 あからさまな衝撃と落胆を見せる。

「どうして今なの?」

「すみません」

「話、聞かせてくれる?」

「受け取ってください」


 背中の方に視線を向けた後、視線が交差する。

「彼女となにがあったの?」

 この会社は信用できない。上司にも話したくない。

「お願いします」


 渋々という表情を見せて、そのまま受け取った。帆野は、その場から後にする。

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