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8.イステンドの未来

ご覧いただきありがとうございます。

 フューイが僅かに言い淀んだように見えた。アランの前では強気の姿勢を保っていたが、内心は同じ懸念を抱えていたらしい。


「……率直に言えば難しいだろう。この点に限っては、悔しいが愚弟の言葉は間違っていない。私はノルギアス大公閣下のような優れた手腕は持っていないからな」


 落ち込んでいたノルギアス大公家の評価を瞬く間に立て直したライハルトの実力は圧巻の一言だった。通常はそのような偉業は起こせない。信頼を回復させるには長い時間がかかるだろう。


「……だから、ユジェールに頭を下げようと思っているんだ」


 場にいる者たちがそろって上座に視線を向けた。帝家と皇家の者たちの側に控えるライハルト。そしてその横に佇むのは、ライハルトの息子ユジェール。


「確かに、ノルギアス大公子ユジェール殿ならば不足はない」

「ノルギアス家とイステンド家は代々婚姻を重ねている。ノルギアス大公子はイステンド家の家督継承権も持っているはずだ」

「だが、彼はノルギアス大公家の跡取りだぞ。イステンド大公を兼任するのか」


 かしましく声を交わし合う人々をよそに、メイリーアンは目の前にある瑠璃色の瞳を見つめた。アランよりも濃く落ち着いた色のこの目が好きだった。


「それでは、実質的にイステンド家はノルギアス家に吸収されることになりますわ。悔しくはありませんの?」


 ノルギアス家はメイリーアンの生家だが、もう心残りはない。秘宝の件で最後まで迷惑をかけたライハルトには大きな申し訳なさを感じているものの、愛着や感慨は皆無だ。戻りたいとも思わない。嫌な思い出しかない所なのだ。


「……」


 フューイが唇を噛み締めた。彼とて悔しくないはずがない。イステンドはノルギアスと並び、約三千年前の建国時より帝城に仕えて来た名門だ。それがこのような形で幕を引かれてしまうとなれば、忸怩(じくじ)たるものがあるだろう。


「……だが、他に良案はない」

「私はフューイ様を好ましく思っております。あなたは私を気遣い、寄り添ってくれましたもの。どこの家の者であっても関係なくお慕いしておりますわ」


 多くの者がメイリーアンを(てい)のいい道具扱いする中で、彼だけは一人の人間として接してくれた。彼の所属がどこにあろうと関係ない。


「ですから、私はイステンド家のフューイ様をお慕いし、婚約したく思います。フューイ様はイステンド家を離れる必要はございません。どうか今後長きに渡って当主として邁進なされ、家門の復権に注力なさって下さいまし」

「メイリーアン……お前はそれでいいのか?」

「はい」


 従来は、ずっと父とモンザート侯爵に言われるままに行動するだけだった。だが、今後は世界を知り常識と良識を知り、自分自身で物事の善悪を考え、判断していかねばならない。変わっていかなければならない。今までの自分から。


「私もフューイ様を支えるつもりでおりますが、なにぶん世間を知りませんので……ご迷惑をおかけすることもあるかもしれません」


 幼い頃から周囲の大人に囲い込まれ、思考を歪められて成長して来た。ラウが歩み寄ってどうにか軌道修正しようとしてくれたものの、その手を振り払ってしまった。そうしてついにラウに捨てられた時――ようやく今までの世界にひびが入った。


「それに、私もまたかつての行いを清算しなくてはなりませんわ。そのためにはやはり数年以上がかかるでしょう」


 イステンド大公家の中では、メイリーアンは被害を受けている立場であった。しかし、過去においてはノルギアス大公家と奇跡の御子の権威を傘にきて理不尽な言動を繰り返し、加害者の側に立っていた。償いはしなくてはならない。虐げられる者の気持ちが分かった今、その思いは日増しに強くなっている。


(更正施設に入ることになるかもしれません。それでも、フューイ様は待っていて下さるでしょうか)


「誰かを愛するということも、相手を傷付けない愛の伝え方も、上手な愛の受け取り方も……私は未だによく分からないのです」

「そうか。だったら一緒に学んで行こう。お前が私を支えてくれるように、私もお前の再生を全力で支援する。一人では難しくても二人なら直していける。ゆっくりでもいいから」

「……はい……」

「ま、待ってくれリーア!」


 四方八方から白い目を浴びせられていたアランが叫んだ。ジェレクは観念したのか、がっくりと下を向いたまま動かない。


「その、あれだ、ちょっと悪ふざけがすぎただけじゃないか。痴話げんかだよあんなもの。お前が可愛すぎて、ちょっと遊び半分で小突いただけなんだ、調査などする間でもない。なぁ、そうだろう。お前がそう言ってくれれば殿下方も誤解だと分かって下さる」


 舌をもつれさせながら言うアランの世迷言(よまいごと)を遮り、皇国の太子妃の肩に乗っていた桃色の小鳥が羽ばたいて飛び上がった。


「あら」


 軽く瞬きする皇国太子妃に構わず、小鳥は軽やかに翼をはためかせて会場を一周した。


『ピピィ、ピキュイィッ』


 元気な鳴き声が響くと、紅色の光と共に突風が発生し、宴の目玉である色とりどりの織物が翻る。参加者の髪やストールもあおられる中、どよめきと悲鳴が大気をつんざいた。


「ま、まあ……!」

「その痣は……」

「何てひどい」


 メイリーアンのドレスの裾が風でふわりとめくれ上がり、膝まで脚が見えてしまったのだ。


 ――足首やふくらはぎに点々と散る、赤や青の大痣も。


 はっとしたアランが言葉を詰まらせ、ジェレクが頭を抱える。治癒霊具を出し渋り、目に見える場所の傷しか治療させていなかったツケが回って来た。


「皆様、お騒がせしてごめんなさいね。この子ったら、せっかくの宴がこのようなことになってしまったから、せめて参加者に祝福を贈ろうとしたみたいなのだけれど……どうやら大変なものが見えてしまったようね」


 皇国の太子妃が小首を傾げて言う横で、戻って来た小鳥を鷲掴みにして捕らえた皇国太子が、そのつぶらな瞳を正面からじぃぃっと見据えていた。


『キュ……キュィ……』


 気のせいだろうか、小鳥が小さく震えている。女性でありながら騎士服を着込んだ帝国の太子妃が、凛とした眼差しで問いかけた。


「イステンド大公子アラン。遊び半分で小突いただけでそんな痣ができるものなのか。別途メイリーアン嬢の身体検査も行わねばならないな。過去視を行うか、あるいはメイリーアン嬢の体の時間を一時逆転させ、今までどのような傷を受けて来たかを直に確認することも考える」


 場の空気が張り詰めた。時間操作はその性質上禁術となっている。だが、特例で使用することも検討する程、帝家はこの事態を重く見たということだ。


「ノルギアス大公。太子妃サテアーネが命ずる。イステンド大公とイステンド大公子アラン並びにイステンド大公夫人を神官府の取調室に連れて行け。また、神官長フルード・レシスにこの場で起きたことを伝えろ」

「御意に」


 ライハルトが一礼し、ふっとその姿がかき消えた。ジェレク、アラン、ユミーシェルも同時にいなくなる。転移の力で連行したのだ。ラウが静かに場を見渡した。


「もはや宴を続けることはできまい。イステンド大公子フューイ、大公に代わり閉宴宣言をし、参加者の帰りを誘導せよ。ノルギアス大公子ユジェールはそれを補助するのだ」

「承りましてございます」


 恭しく答えたユジェールが瞬き一つで上座から移動し、フューイの近くに来た。そっと囁く。


「言いにくいのだけれど、今はイステンドの使用人は当てにできそうにない。ノルギアス邸に念話して、使える者をいくらか転移で来させてもいいかな」


 アランに乗じてメイリーアンを暴行していたことを暴露された使用人たちは、目に見えて動揺している。本来であれば宴の締めと参加者の帰り支度を手配せねばならないが、今は気もそぞろの状態だ。


「ああ、すまないが頼めるか」

「分かった。使用人が逃げ出さないよう見張りも用意するよ」

「申し訳ない、助かる」


 大公家の次代が息を合わせて動き始めたのを見計らい、ラウが参加者を見回して続ける。


「この場にて告発された件に関しては今後公平に取り調べ、関係者の処遇も含め検討する。適宜報を出すゆえ、皆はそれを待て。まだ大公らの所業が確定したわけではない。くれぐれも憶測で話を吹聴してはならぬ」

「太子殿下の仰せのままに」


 場内の者達がひれ伏し、唱和した。

 凛とした目元が美しい帝国の太子妃が、フューイに顔を向けて言う。


「イステンド大公子。メイリーアン嬢を帝家と皇家用の控え室に移し、ひとまず今残っている傷をあらためさせてもらいたい。私の立ち会いの下、信頼のおける女官のみを同席させる」

「承知いたしました。よろしくお願いいたします。メイリーアン、私は宴を終わらせて来る。殿下方に何か問われたら正直に答えるんだ」

「分かりましたわ」

ありがとうございました。次話で最後となります。

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