6.発想の転換
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上座に一礼したフューイが、改めて会場を見回した。
「それでは続けます。悔しいことながら、起爆霊具を盾に脅された私は見事に動きを封じられてしまいました。何らかの形で外部に内実を知らせようとすれば、その瞬間に霊具が一斉に作動してしまうのですから」
念には念を入れ、霊具のことを話そうとしても爆発するように設定されていた。いわば、起爆霊具の周囲の家や人々を人質に取られたようなものだ。
「さらに、起爆霊具の最も厄介な点として、神器の力を浴びせて強化されていたのです。それもミラクル・オラクルの力で」
「何だと!?」
「奇跡の御子の神器を?」
神がその神威を用いて創り出す神器は、加護を与える者に下賜されることがある。中でも四大高位神全柱の神威を注がれた神器は奇跡の御子にのみ授けられる物で、赤、青、緑、黄の四色に輝き、ミラクル・オラクルと呼ばれ尊ばれていた。
メイリーアンもかつてその神器を賜ったものの、失寵と同時に色を失って透明になってしまった。力自体はまだ残っているようだが、それとていつ消えてもおかしくはない。
フューイが参加者に向かって頷き、説明を続ける。
「我がイステンド家は過去に一定数の奇跡の御子を輩出しています。その内の幾人かが、後代のためにと神器を遺していました。父上はその中の一つを用いて霊具を増強し、別邸に設置したのです」
神器を下賜された者は、それを持ったまま昇天することもあれば、地上に置いていくこともある。歴代奇跡の御子の中には、後進の役に立つことを願ってミラクル・オラクルを遺した者が何名かいたのだという。
「ならばと私もイステンド家にある別のミラクル・オラクルを持ち出し、起爆霊具の無効化を試みたものの、神器同士の力が反発し合って危険な状態になってしまい、断念せざるを得なかったのです」
起爆霊具の強化に用いられたミラクル・オラクルがあれば何とかなったかもしれないが、そちらに関してはジェレクが握り込んでおり、奪取することは不可能だったらしい。
「私はあくまで御子が遺した神器を使わせていただいているだけにすぎない。そこまで繊細な制御はできませんでした。かといって、最高神の神器で強化された霊具に独力で太刀打ちできるはずもなく、打つ手を失くしてしまったのです」
悔しさをにじませるフューイの言葉を聞きながら、メイリーアンは胸中で密かにひとりごちた。
(私が口封じのブレスレットを外せなかった理由も、もしかしたら同じなのでしょうか……)
ブレスレットを付けられた後、自身のミラクル・オラクルで解除できないか試したのだが、弾かれてしまった。いよいよ神器に残っていた力も消えかけているのかと暗澹たる気持ちになったが、ブレスレットもイステンド家のミラクル・オラクルで増強されていたのかもしれない。同じ四大高位神の神器であれど、失寵で色を失ったメイリーアンのものは威力も格も一段劣るだろう。
参加者の一人がおずおずと声を上げた。
「し、しかし、貴殿はイステンド邸で起こっていたことを暴露されたではありませんか。今頃、別邸で起爆霊具が作動してしまっているのでは?」
「ご心配なく。起爆の霊具を無効にする目処がついたので、今回事実を公表したのです」
「目処とは……ミラクル・オラクルで強化されたものをどうやって?」
「ちょっとした発想の転換ですよ。起爆霊具にばかり目を向けて頭を悩ませておりましたが、ある時ふと気付いたのです。私の方をいじれば良いのだと。霊具は私の気を記録されており、それと連動して作動する。ならば私の気を変質させ、霊具が憶えているものと変えてしまえばいい」
(気を変質させる?)
メイリーアンは驚いてその言葉を反芻した。周囲の者たちも戸惑ったように視線を交わし合っている。ここに至るまで一切表情を変えていない太子たちだけが、一貫して平然とした様子を保っていた。
「そのようなことが可能なのですか? 気は魂に直結するもの。よほどの出来事がない限り変質などしないはずでは」
「その通りです。ですので、神のお力をお借りしました」
そう告げたフューイは、己の胸をトントンと指でつついた。何でもないような顔で言う。
「イステンド家のミラクル・オラクルを飲み込んだのです」
一瞬の静寂の後、今までとは種類の異なるどよめきが場を満たした。
「な、何ということを……」
メイリーアンは血の気が引く感覚と共に声を絞り出す。
「そのような危険なことをなさるなんて!」
神器は基本的に体外にて装着あるいは所持するものだ。身の内に取り込むことも可能ではあるが、その神器を賜った当事者以外が行えば体に多大な負担がかかる。
「私も一応は奇跡の御子の血族だ。短時間ならば何とかなる」
こちらを振り向いた瑠璃色の瞳が、安心させるような気配を滲ませている。
「己の内に神器を取入れた影響で、私の気は常とは異なるものになった。これで起爆霊具には連動しない。父上に容易く金縛りをかけられたのも、神器を直接自身の中に取り込んで力を増幅させていたためだ」
ジェレクはそこまで危険な賭けはできないだろう。彼は良くも悪くも己を大事にする男だ。
「どうしてそこまでなさるんですの……?」
「お前を助けたかった、どうしても。落ちても落ちても必死にもがき、自分を変えて這い上がろうとしているお前を」
言い切ったフューイは、いつかの記憶を辿るように眼差しを遠くに馳せた。
「ーーイステンド家でのお前の扱いが悪化した頃、邸の庭で怪我をしていた鳥を治療し、パンを与えてやったことがあるだろう。貴重な治癒霊具を使い、決して多くない自分の食事を分けてまで」
「ええ、そんなこともありましたが」
あの鳥はきちんと巣に戻れたのだろうか。パンを食べるとすぐに飛び立ってしまった大型の鳥を思い出していると、フューイは瞳を和ませた。
「実はあれは私が飼っているヴィックなんだ。アランに石を投げられて怪我を負ってしまったところを、お前が治療してくれた」
「そうでしたの!?」
虫の居所が悪かったアランに、自身の飼い鳥が傷付けられる場面を目撃したフューイは、弟と激しい口論になった。その後、ヴィックを探して邸を見回っていたところ、メイリーアンが介抱しているところを見かけたのだという。
「不器用な手つきで包帯を巻き、重症箇所は治癒霊具を使い、食事を抜かれた時のために取り置いていただろうパンまで与え、懸命に手当てをするお前は美しかった。老人や子どもを助けていた時もだ。過去のお前の言動に問題はあったのだろうが、必死に変わろうとしているのだと感じた」
メイリーアンの緑色の目を真っ直ぐに見つめて微笑んだフューイは、上座を仰ぎ見ると話題を戻す。
「ーー尊き方々よ。自身の気を変容させる手段を思い付いた私は、告発の成功率を上げるために時期を見計らっておりました。父は大公であり高位神官。その権限で握り潰されてしまえば最後、今度はさらにおぞましい方法で口封じをされるかもしれなかったためです」
(ええ、私もそれを恐れて動けなかったのです)
メイリーアンは、外せないブレスレットを――口封じの枷を見る。これを付けている状態でも、きっと取れる手段はあっただろう。だが、もしそれを行なって失敗してしまえば、メイリーアンは現状の何倍、いや何十倍も凄惨で苛烈な報復を加えられるかもしれないのだ。そのリスクを考えると、思い切って実行に移すことができなかった。
「好機は一度。いつどのような場面で行うのが最適か検討していたところ、本日の宴を思い付いたのです。大公家のみが主催可能な、格式高い千織の宴。国中の貴族ならびに太子殿下方までもがご臨席なされる場で起きたことは、いかに大公といえども握り潰すことはできません」
訴え出るならばここしかない。そう決断したのだという。
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