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5.湧き出る希望

ご覧いただきありがとうございます。

 その後もアランとジェレク、イステンド大公夫人ユミーシェルからの罵倒と暴力は続き、いつの間にか都合の悪いことは全てメイリーアンのせいにされるようになっていた。反論したくても、逆らえば何十倍もの拳と罵詈雑言が返って来るため、堪えるしかない。

 なお、籍を移してから2年以上が経っても、未だアランとは婚約段階であり正式な婚姻には至っていなかった。イステンド家の分家で定期的に不幸が重なったためだ。


(私はどこで間違えたのでしょう)


 カッとなると意識が飛ぶ癖も相変わらずで、頭に血が上ったり想定外のことが起こってパニックになると感情の制御ができなくなり、記憶が抜けてしまうことは多々あった。アランやジェレクの前では萎縮しているためかそのようなことは起こらないが、一人になった際にふとしたことで熱くなり、気が付くと時間が経過していることがある。


(きっと始めから……幼い頃から歪んでしまっていたのです。少しずつ少しずつ曲げられて、狂いが大きくなってしまった)


 この性格を根本から修正しなければ、いくら目先の善行を積んでも焼け石に水だろう。自分というものを一番底から叩き直し、真っ直ぐに矯正する必要がある。だが、それを助けてくれる者はいない。たった一人でできるだろうか。


(ラウ様……あなたの言葉をきちんと聞いていれば、今頃はあなたが一緒に支えてくれていたのでしょうか)


 ラウだけでなく彼の弟や家族たちも。あるいは、ライハルトから新たな教師による再教育を提案された時、素直にそれを受けていれば良かったのか。そうすれば、きっと今頃は正しい姿を取り戻せていただろう。正しい判断ができず、その未来をドブに捨てたのは自分自身だ。


(自業自得……)


 その言葉が一番似合うのだろう。

 傷だらけの体で、ぼろぼろの心で、メイリーアンは日毎夜毎(ひごとよごと)殴られ続ける。


(私にはもう味方はいない。帰る場所もない。愛してくれる人もいない。誰を信じていいかも分からない)


 自分を愛してくれる者が一人くらいいないかと考えても、もう誰の顔も出て来ない。時折、どういうわけかフューイの顔が浮かぶことがあったが、そのたびに頭を振って打ち消した。


(いいえ、信じられませんわ)


 彼はイステンド大公家の身内だ。家族の目を盗んで、治癒霊具や食事、毛布などを持って来てくれるが、きっと気まぐれのお情けだろう。彼が自分の味方になるわけがない。


(私は誰も信じられない)



 ◆◆◆



(だからきっと、これは夢なのです)


 イステンド家主催の宴で、何故か顔面をぼこぼこに腫らしたアランがメイリーアンに婚約破棄をし、代わりにフューイが求婚して来たなど――何かの間違い決まっている。


「フューイ! とにかくメイリーアンは部屋に連れて行く、そこを退け!」


 駆け付けたジェレクが巨躯を揺らして威嚇する。帰って来た返事は、一息の哄笑だった。


「はッ、謹んでお断りいたしますよ」

「貴様、当主たる私の命令が聞けんのか。アランといいお前といい、揃いも揃って家長に逆らいおって」


 会場の真ん中で睨み合う親子は、もはや参加者全員の注目の的だ。興味津々で眺める紳士淑女。上座から注視する、ラウを始めとする帝国と皇国の太子、太子妃。彼らの近くにはライハルトとその息子の姿もあった。


(もう収集が付きませんわ……どうするのですか、フューイ様)


「大公家だけが主催できる千織(サウザンウィーブ)の宴(パーティー)を台無しにする気か! いい加減にしなければ当主権限でつまみ出すぞ!」

「ああ、それは無理でしょうな。先ほども言ったでしょう。父上はもう大公でも当主でもなくなるのですよ」

「は? お前、さっきから何を世迷言を……!」


 激昂しかかっているジェレクに、フューイはさらに突き付けた。


「あなたたちがメイリーアンにして来たことを暴くのですよ。我がイステンド家の者は一人の女性を生贄に、ずっと見せかけの平穏を保って来たのだと」


 そしてよく響く声で、アランを始めとするイステンド家の面々がメイリーアンに対して行って来た暴行や暴言、理不尽な仕打ちについて語り始める。広間に困惑のどよめきが広がるのを聞き流しながら、メイリーアンはふと思った。


(そう言えばいつの頃からか、意識が飛ぶことがなくなりましたわ……)


 今から遡ること2年前弱、帝国と皇国は同時に遷都を行い、国境の間際に帝城と皇宮を移して隣接させた。

 都移りを祝う大饗の宴の際、メイリーアンはいつものごとく無茶な要求をして来たアランに振り回され――その時を最後に、記憶が抜けることはなくなった。こころなしか、精神的な安定も強固になったように思う。遷都で気の巡りが変わったのだろうか。


 などと現実逃避気味に考えるのは、フューイの言葉を聞いた皆の目が一斉にこの身に注がれているからだ。


「大公家の者が、同格の大公家から来た嫁を暴行した……?」

「まさか。大公家は帝家の者が降嫁することもある名門中の名門」

「そのような不祥事があるはすが――」


 人垣の間から様子を伺っていたジェレクの妻にして大公夫人ユミーシェルが、発作を起こしたように胸を押さえている。顔を真っ赤にしたジェレクが歯軋りしてこちらを睨み付けた。


「でたらめを言うな! そもそもお前は何故……何故っ」

「何故暴露できたのか、ですか? ええ父上、あなたはとても狡猾でした。暴行の現場を記録できないよう、邸内には何重にも結界を張っていた。遠視や過去視をも跳ね返す高度な結界を。また、邸内で行われている悪事が露見しないよう口封じをしていた」


 背後に庇っていたメイリーアンの腕を持ち上げ、手首のブレスレットを見せ付ける。


「これは装着者の発言を制限する霊具です。この霊具のせいでメイリーアンは助けを求められなかった」

「そ、それは大公家の嫁として任意の着用を依頼していただけだ!」


 反射的に返したジェレクの主張は、十分に頷けるものであった。機密を扱うことが多い高位の家の家人や使用人には守秘義務がある。ゆえに、迂闊に情報を漏らしてしまわぬよう、自主的または契約、合意などの下でそのような霊具を付けることはある。


「そうですか。今は具体的な反論は控えますので、次に進みます。……邸の者は皆、メイリーアン一人に全ての泥をかぶせることで均衡を保っていました。アランを始め、父上も母上も使用人も全員が」


 一瞬だけ視線を向けられたアランは、反論もできぬまま蒼白になって目をそらす。弟の萎れた姿など意に介さず、フューイは冷然と微笑んだ。


「一人の生贄を犠牲にすることで他の皆が結束し、邸内の平和が保たれるならば、その方が楽ですからな」


 鋭さを帯びた瑠璃色の双眸がジェレクを射抜き、大柄な体が怯んだように揺れた。


「だが、私はこの状況はおかしいと思い、改善を求めて父上に直談判いたしました。今後も現状が続くならば帝家やしかるべき機関に告発すると言ったところ、父上は私を止めるために何をしたと思いますか。何と大量の起爆霊具を作り、帝国各地にあるイステンド家の別邸に設置したのです」

「やめっ……!」


 言いかけたジェレクが何故か急に黙り込み、目を白黒させたまま固まった。


「すみません、少し黙っていていただけますか。恐れながら金縛りをかけさせていただきました」

 にこりと笑って告げたフューイは、すぐに話を再開した。


「その霊具は非常に厄介なものでしてな。私の気の情報が記録され、それと連動するように作られていました。私が直接的・間接的などの手法は問わず、僅かでも作為性を持って家の内情を外に漏らそうとすれば、その精神波を察知して広範囲に大爆発を起こすのです」


 普通の者であればまず取らない非常識な方法だが、ジェレクに関しては若い頃より精密な回路の組み立てや複雑な霊具の作製に秀でていた。祝賀行事で使用する花火霊具や大砲霊具の製造においては第一人者の地位に君臨しており、起爆霊具はまさに己の得意分野(テリトリー)であったのだ。

 実際、下手に中途半端な手段を取るよりもその効果は絶大だった。無辜の平民が無差別に巻き込まれかねない型破りな霊具を前に、フューイは動きを封じられてしまったのだから。


「なっ……」


 広間のあちこちで息を呑む音が響く。話に耳を傾けていた皆が、扇子や手のひらを口元に当ててひそひそと囁き合った。


「むちゃくちゃだ……。そんな危険なもの、違法霊具だろう」

「イステンド大公家の別邸は街中にも多くあったはず」

「霊具が一斉に爆発すれば周囲に甚大な被害が出るぞ」

「待て、霊具があるのは別邸だけか? まさかこの本邸にも仕掛けられているのではないか!?」

「――!!」


 誰かが告げた言葉で、場の空気が瞬時に凍った。しまったと顔を歪めたフューイが口を開きかけるが、恐怖は一瞬で伝播した。


「ここにも爆弾があるの!?」

「冗談ではない!」

「に、逃げろ!」


「――落ち着け」


 だが、涼やかな声が発せられると共に、全員の動きが止まった。熱した鉄板が一瞬で冷まされたかのように、心がたちまち平静を取り戻す。皆が姿勢をただして仰ぎ見た先には、上座に腰かけた帝国と皇国の太子、太子妃の姿があった。その中でひたと参加者たちを見据える蒼穹の双眸。


(ラウ様)


 久し振りに聞いたかつての婚約者の声に、メイリーアンは目の奥が熱くなる。


「爆発物があったとて何だという。我が前でむざむざと民を傷付けさせると思うか」


 朗々とした声に、緊迫した空気があっさりと安堵を帯びて緩んだ。


「そうですわ、こちらには太子殿下方がいらっしゃいますのよ」

「殿下方のお力ならば起爆霊具など発動前に無効化してしまえる」

「仮に爆発しても、被害が出るより早く結界を張っていただけますな」


 見る間に落ち着きを取り戻した参加者たちを見て、フューイがほっと肩の力を抜いた。


「感謝いたします、太子殿下」

「イステンド大公子フューイ。周囲の不安を増長させる台詞を容易く口にしてはならぬ。今後は留意せよ。――さて、そなたの話は興味深い。真偽は公正に調査せねばならぬが、ひとまず先を聞きたいゆえ、続けよ」

「ありがたき幸せ」


 太子のお墨付きを得たことで自信を強めたフューイと対照的に、アランとジェレク、ユミーシェルの顔色は悪くなっていく。

 メイリーアンはじわじわと希望が込み上げるのを感じた。


(帝家が興味を持って下さった)


 自分は本当にこのまま助かるのかもしれない。

ありがとうございました。

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