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4.一筋の光

ご覧いただきありがとうございます。

(そのような中、お父様がお亡くなりになられました。風邪をこじらせたのか、体調を崩してあっという間の最期でした)


 神の寵を受けていた父は神格を賜っている。死後は天界に行き、その神の眷属として神族の列に加わっただろう。メイリーアンとて、寵は失ったものの神の声を聞く力自体は残っている。そのような者は、死すれば神の使いとして天に招かれる。いずれ神となった父に再会した時、どんな顔をして会えばいいのだろうか。

 だが、今考えねばならないのは何十年も先の話ではなく、目下(もっか)の自分の立場だ。


(ノルギアス家は、お父様の従弟であったユールス公ライハルト殿が継承されました。生存しているノルギアス一門の中で最も力が強いのが彼だったから)


 新たな大公となったライハルトはモンザート侯爵を遠ざけ、使用人を一新した。また、貴族たちの訴えに応じて賠償や詫びの品を迅速に手配し、さらに直筆で謝罪の手紙をしたため、時には直接相手の家に赴いて頭を下げ、真摯な対応を行った。加えて、神官および貴族の職務の中で危険を伴うものや過酷なもの、負担が大きいもの、皆が敬遠するものは積極的に引き受け、全てを完璧かつ誠実にこなした。

 それらの対応が効いたらしく、ノルギアス大公家への非難は瞬く間に収まっていった。


 また、ライハルトとその息子はメイリーアンに対し非常に冷淡であった。元々、父とライハルトは折り合いが良くなかったという。互いに接触を避けていたため、メイリーアンも数えるほどしか会ったことがなかった。一門の参加が義務付けられている祭祀、それにライハルトの妻の葬儀に関する報告の際に少しだけ顔を合わせたくらいだ。

 それでも社交界で流れる噂を聞いたのか、幾度かは子どもの教育について意見を申し立てていたようだが、父は聞く耳を持たなかった。


(私も今まで通り大公邸に住んでいましたけれど、身から出た錆とはいえやはり居心地が悪いものでした)


 自分の存在感を示し、立場を固めなくては今後の安全すら保証されない。焦りが募ったメイリーアンは、15歳の生誕祭を開催してくれるようライハルトに掛け合った。だが、婚約解消と失寵から間もない時期であること、加えて父の喪中でもあるこのタイミングで華美な宴を開くのは不適切だと却下された。

 まさしく正論であったが、諦め切れないメイリーアンは、ならば自分が個人で開くと言い張った。準備自体は、失寵する前に父があらかた進めてくれている。

 そうなると、ライハルトも止め切れない。当主であれど、成人した者が私的な領域で行うことに関してはあまり強く出られないのだ。時期的な面で好ましくなくとも、貴族の子女が生誕祭を開くこと自体はごく当たり前のことなのだからなおさらだ。


 結局、生誕の宴はノルギアス家の催しではなくメイリーアンの私事として個人的に主催すること、それに係る責任はメイリーアンが負うこと、という約定を書き、会場と人手は必要なので邸と使用人だけは借りて開催することになった。


 ノルギアスと並ぶイステンド大公家の当主ジェレクが訪ねて来たのはその頃であった。


『貴家の令嬢メイリーアンを我がイステンド家の次男、アランの嫁に迎え入れたい。貴家も我が家も喪中であるため、正式な婚姻は先になるが、先に籍をこちらに移して欲しい』


 大柄な体を神経質に揺らしながら、ジェレクはライハルトに打診した。家格がつり合う家同士、ノルギアスとイステンドは過去に幾度も縁組みを取り交わしている。また、当主同士の合意により、嫁または婿が婚約段階から婚家に所属を移す制度も、法により認められていた。

 ライハルトから意思確認をされたメイリーアンは、迷わず受諾すると答えた。せめて後2年か3年、こちらが手配する教師の下で一から教育を受け直し、その後婚約しても遅くはないと提案されたが、焦るあまり辞退した。この機を逃せば自分にはもう良縁は望めないと思っていたのだ。


『私は先方の申し出をお受けいたしますわ。15歳の生誕祭が終わればイステンド家に移ります』


 ノルギアス家の娘としては最後の催しになるであろう生誕の宴には多くの高位貴族を招待し、伝手を辿って皇家に連なる者まで招き、料理を追加し、成功に躍起になった。


 しかし、その宴でメイリーアンは失態を犯した。少しでも箔を付けるために、ノルギアス家が帝家から貸し出されている秘宝を無断で持ち出したのだ。その秘宝は邸の祭壇にて保管されているが、周囲に張られている結界はノルギアスの血族ならば通り抜けることができる。

 ライハルトに黙って秘宝を取り出したメイリーアンは、宴でそれを飾り――あろうことか盗まれてしまった。秘宝の周囲には結界霊具で防壁を張っていたが、霊具の動力となる力の充填を失念しており、途中で結界が切れていたのだ。

 幸か不幸か、秘宝がなくなっていることに気が付いたのは自分が最初であったため、使用人にはもう祭壇に戻したとごまかした。

 とんでもないことになってしまったと震え上がり、誰にも言わぬまま内密に探したものの見付からない。きちんとライハルトに報告しなくてはと思うものの、あの冷たい目を思い出すと身がすくみ、どうしても告げられなかった。


 ――そもそもメイリーアンは、幼い頃からただ肯定されるだけの日々を送り、神の加護を失った後は逆に全てを否定されるという両極端な扱いしか受けて来なかった。いわば、7歳の時から精神面における成長を止められていた状態である。それゆえに、自身や周囲の状況、一般的な常識といった諸々の要素を勘案しながら物事を考え決定するという能力に乏しかったのだ。


 結局秘宝がなくなった事実を言い出せないまま、メイリーアンはイステンド家に移ることになった。出立の日、門まで見送りに来てくれたライハルトの青玉の瞳は、やはり最後まで冷ややかなままだった。彼の後ろに控える息子も、同じ目をしていた。


(本当のことを言えないまま逃げ出したことを心から悔やみました。そして……本当の地獄が始まったのはここからでした)


 イステンド家の次子アランは、外では人当たりのいい好青年を演じているが、一歩家に入ると野蛮な猛獣と化す男だった。少しでも気に入らないことがあれば家人にも使用人にも容赦なく手を上げ、怒鳴り散らし、到底こなせないような無茶苦茶な命令を課し、隙あらば厳罰を与える。

 その息子にほとほと手を焼いたジェレクが、生贄役としてメイリーアンに矢を立てたのだ。由緒正しいノルギアス家の娘であることから、嫁として不足はない。一方、世間での彼女の評は底辺をさ迷っており、現大公とその息子との仲はお世辞にも順風満帆には見えず、他に有力な後ろ盾もいない。それゆえに、常ならば許されないような粗略な扱いをしやすい。

 かくしてイステンド家に移ったメイリーアンは、アランの暴威を一身に受けることになった。だが、それでも最初はまだましだった。ライハルトの動向を気にしていたことから、アラン以外の者は最低限の配慮やフォローをしてくれていたのだ。


 状況が変わったのは、あの宴から半年弱が経った頃だった。秘宝がなくなったことが、ついにライハルトの知るところとなったのだ。メイリーアンの宴で秘宝が持ち出されていたことも。

 いつまでも隠しおおせるはずもなく、いつかは露見することであった。

 緊急で呼び出されたメイリーアンは、当然ながら厳しく問い詰められ、叱責された。秘宝を勝手に持ち出したこと、不十分な警備を敷いたこと、すぐに報告しなかったこと。


『本件に関しては私の方で対応する。罰としてお前とは縁を切る。お前は二度とノルギアス家に戻ることはできない。相続権なども剥奪する』


 青玉のごとき双眸に何重もの怒りを滲ませて厳命され、メイリーアンは完全にノルギアス家における居場所を失った。

 そのことを知ったジェレクは、もはやメイリーアンへ配慮しなくなった。妻ともどもメイリーアンを見下すようになり、イステンド家の使用人にまで無下にされるようになったのだ。

 己より力も立場も弱い者を痛め付け、踏みにじる。かつてメイリーアンが周囲にしていたことが、そのまま自身に跳ね返って来た。


(こうなって初めて、私は今までの自分の行いがどれだけ罪深いことであったのかを理解しました)


 また、ライハルトから絶縁されると同時に、かつて後見であったモンザート侯爵もメイリーアンを利用し始めた。侯爵はジェレクと交流があり、少し前にイステンド家を訪れた際にメイリーアンが不当な扱いを受けていることを見抜いていた。

 しかし彼はジェレクを諌めるどころか、内密にする代わりに自分にもメイリーアンを貸してくれと持ちかけ、了承が得られると様々にこき使った。時には危ない橋を渡るようなことも行わせ、泥かぶせ役として矢面に立たせたこともある。人格を否定するような発言や、尊厳を踏み砕くような態度を取られたりもした。

 メイリーアンに拒否権は無かった。そもそもモンザート侯爵に逆らうという発想に至れなかった。幼い頃から自我が確立する年齢までずっと、第二の父として実父と同様に依存していた思考は、そう簡単には変えられない。失寵後の掌返しを目の当たりにしてもなお、長年かけて脊髄まで刷り込まれた信奉と服従はメイリーアンを縛り続けていたのだ。


(けれど、そんな地獄の中でもフューイ様は違いました)


 誰も味方がいない中、イステンド家の長男フューイはメイリーアンに横暴な振る舞いをしなかった。アランの使い走りで幾度か買い物に行かされた際、道に迷って泣いていた子どもを家まで送り届けたり、重い荷物を抱えて難儀していた老人を手伝うところを見られていたためだ。

 イステンド大公家にきてからすぐ、メイリーアンはそのことを指摘された。


『社交界の噂とは随分違うのだな。自分勝手で傲慢だと聞いていたが、子どもや老人を助けたせいで帰りが遅くなり、アランに殴られても言い訳一つしなかった』

『行きがかりの者を手伝ったのは私が自身で判断したことですので』


 きっぱりと言うと、フューイは数回瞬きした。そして視線を動かし、やや気まずそうに言う。


『実は……人助けをしていた場面は、偶然見かけたのではない。父上から、お前が逃げるかもしれないから遠視(とおみ)の力で見張っておけと言われていたんだ』

『……』


 監視付きだったのかと、メイリーアンは俯いた。確かに、たまたま使い走りに行かされた自分を二度も見かけるのは、いささかタイミングが良すぎる。


『逃げたところで、私に戻る家はありませんもの。自活する技術もないのですから、どこかで野垂れ死ぬだけですわ。ですからどれほど逃れたいと思っても、どこにも行けませんのよ』


 それに、と続けて自身の腕を軽く持ち上げる。青や赤の痣が散る肌と、手首に付けられた金細工のブレスレット。


『それにこの通り、口封じの霊具を付けられておりますの。誰にも助けを求められませんわ』


 この家の内情を外部の者に伝えようとすると、言葉が出て来なくなってしまうのだ。字を書いたり、身振りで伝えることもできなくなる。力や通信霊具を使い、声を出さずに念話することも不可能だ。


『……父上が付けたのか』

 顔を歪めるフューイに無言の肯定を返す。これがあるせいで誰にも自分の状況を訴えられず、助けを求められない。


『……お前のことを勝手に覗き見てすまなかった。本来は私たちが対処しなければならないアランへの対応を、お前一人に押し付けていることも……』


 目を逸らして早口で告げられた言葉を遮るように、怒号が響いた。


『リーア! どこにいる、呼ばれる前にさっさと来いよ役立たず!』


 びくりと身を震わせたメイリーアンは慌てて身を翻す。

『アラン様がお呼びですわ……早く行かないと』


 遅れればその分だけ暴威が増すのだ。


『……いつか助けてやる。きっとだ』


 邸内であることを気にせずに走り出すメイリーアンの背後から、ぽつりと小さく呟く声がした気がしたが、急ぐ余り聞き流していた。

ありがとうございました。

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