愚かな聖女ホーリー
息抜きです。
私はホーリー。
今年で21歳になる。
辺境の村に生まれ、小さい頃近くにあった教会で見習いシスターとなり、15歳で王都の教会に入り、18歳で正シスターとなった。
本当ならここで故郷の教会に帰る筈だったが、どういう訳か私は聖女の神託を受けてしまった...
「...ここまでは覚えてるのよね」
護送の馬車、薄暗い車内で1人呟く。
ここから先の記憶が無い。
覚えてるのは3ヶ月前、教会の追っ手と戦いの末、遂に捕らえられた事。
魔力を封じられて、隣国から正教会本部に連行されたのだ。
『私は何をしたというのですか!』
『しらばっくれるな!』
私を連行する人達に何度も聞いたが、答えらしい答えは返ってこなかった。
分かった事は聖女の神託を受けて三年間の時間が過ぎていた事だけ。
「聖女ホーリー・マクドウェルを連行しました」
「ご苦労でした」
「...アマンダ様」
護送の馬車から降りる私の前に立って居られたのは教皇アマンダ様。
彼女なら私の事を教えてくれる筈だ。
「連れて行きなさい」
「はい、来るんだ」
「待って下さい!!」
私の言葉を無視するアマンダ様。
後ろ手に縛られた縄が痛い。
引き千切りたいが、今の私には魔力封じの首輪が掛けられている。
「何も覚えてない?昨日の事もですか?」
「...はい」
尋問が始まった。
毎日の様に昨日の事を聞かれるが、何度聞かれても答えは同じ。
覚えてない物は仕方がない。
そんなやり取りが1ヶ月続いた。
それにしても、何を私がしたのか言うのでは無く、書いてでもくれないと、思い出す切っ掛けにもなら無い。
「時間だ」
「分かりました」
教会内に作られた牢屋を出る。
今日も尋問されるのだろう、同じ事の繰り返し、時間の無駄だ。
「あれ?」
いつもの部屋を素通りする。
一体どこに向かおうというのか?
「入れ」
「...ここは」
そこは教皇の間。
アマンダ様が会議を主にされる大広間だ。
「ホーリー、そこに」
「...は...い」
アマンダ様の言葉に、後ろ手に縛られたまま、大広間の真ん中に設置された証言台に向かう。
中に居た居たのはアマンダ様だけではない、数人の人が居た。
みんな見覚えのある方ばかり。
見習い修道女だった私を最初に教え導いて下さったシスター・アンジェ。
見習いシスタ―時代、共に笑い、泣いた親友達。
そして、私を聖女と宣告し、暖かい言葉と共に送り出して下さった教皇アマンダ様と幹部のみなさん...
みんな大切な人達。
私は愛されていた、それなのにどうして冷たい視線を私に向けるの?
そんな中、一人だけ呆れた視線を送る女性がいる。
切れ長な瞳、腰まで伸びた艶やかな髪、女の私でさえ魅力を感じずにいられない容貌。
あれは確か...
「カリーナ?」
そうだカリーナだ!
なぜか彼女の瞳を見ると思い出す事が出来た。
しかし、カリーナが何者なのかは分からなかった。
「ホーリー・マクドウェル、聖職者にあるまじき行為の数々により、聖女の力を封じ、神の祝福は取り上げ、放逐とす」
「は?」
アマンダ様の言葉が理解出来ない。
あるまじき行為とは一体何の事?
聖女の力を封じるって、魔法が使えなくなるの?
それに神の祝福を取り上げるって...私は全ての生き物から忌み嫌われてしまうって事?
「待って下さい!」
「何か?」
「私が何をしたというのです!」
私は思わず叫んでいた。
あまりに酷いではないか、理由すら言わないでこの処分は。
「...やはり何も覚えてないのですね」
「何をですか!」
だから何をだ?
「この1ヶ月、ずっと言いました」
「え?」
「貴女は記憶封じの魔法を自分に掛けたのです。
都合の悪い事は全て忘れる魔法を」
「...まさか」
そんな馬鹿な?
「おそらく明日になれば、また忘れてしまうでしょう。
貴女がした数々の罪、紙にも書いて貴女はサインしました。
1ヶ月分貯まってますよ」
「...そんな...私は...覚えて無い」
アマンダ様が束になった書類から1枚差し出す。
そこには、
[上記の罪状を全て認めます。
ホーリー・マクドウェル]
確かに私の字で書かれている。
力が入らない。
頭が真っ白になり、何も考えられない。
「シスターアンジェ、ホーリーの過去と罪を一部だけ言ってくれますか?」
「畏まりました」
シスターアンジェが私の前に来る。
相変わらず冷たい瞳で...
「ホーリー、貴女は三年前聖女として勇者アラン・マクドウェルと魔王討伐に行きました」
「魔王討伐?」
僅な記憶が甦る。
そうだ、私は確かに魔王討伐に参加した。
勇者と剣士、私と賢者の4人で...
「二年後、勇者アランは魔王討伐の任を忘れて悪逆の限りを尽くしました。
貴女も一緒となって」
「まさか!?」
そんな!私が悪逆の限りを?
だいいち、勇者アランなんて聞いた事が...
聞いた事が...
『お前の身体は最高だせ...』
『ああアラン...気持ち良い...』
「ゲエエ...」
頭に浮かぶアランとのセックス。
私はアランと身体を...
「思い出しましたね」
嘔吐する私を冷たい瞳でアンジェ達が見つめる。
どうして?なんで私は?
「行く先々で金銭を奪い、時には町の人達に暴力を」
「そんな事は...」
『まだ金があるだろ!!』
『早く出さなきゃ町ごと丸焼けよ』
脳裏に火炎魔法で町の人を脅す私と聖剣を突き付け笑うアランが...
「イヤァァ!
そんな本当に私は...」
「全て真実です」
アマンダ様がうつむく。
私がそんな事をするなんて。
「魅了や洗脳は否定出来ませんが、聖女の貴女なら掛かる筈がありませんね?
つまり貴女は自分の意思で悪に染まり、堕ちて行ったの」
「カ...カリーナ」
どうして彼女はそんなデマカセを?
「ホーリー、最後の情けよ。
私は貴女に魔法を掛けてあげる」
「...魔法?」
「貴女の記憶封じを解除するの、今の貴女なら私の力で出来るわ。
その為に今日は呼ばれたから」
「止めて!!」
本当ならこれ以上は堪えられない!
「リフト」
「アアァ!」
次々と甦る悪夢...いや、実際にしてきた悪事の数々。
気が狂いそうだ!!
「出て行きなさい」
「...はい」
追い立てられる様に教会を出る、道行く人達が私を見た。
私は聖女として活動していたから?
違う、神の祝福は誰からも愛される加護。
それを取り上げられた今は、逆に誰からも愛されない。
忌避の対象なのだ...
「見ろよ、あれが淫売聖女だぜ」
「違うぜ。姦女ホーリーだ」
「なんで死なねえんだ?アランは死んだのによ」
私を蔑む言葉を否定出来ない。
全て真実なのだ。
アランと一緒に多数の女達と淫らな行為に耽った。
そしてアランは無理矢理襲った女の恋人に、寝込みを襲われ、殺されたのだ。
私達は酒で泥酔していた。
アランは両目をくり貫かれ、切り取られた陰部を口に押し込まれて...最後は燃え盛る火の中に突き飛ばされた。
火達磨で飛び出すアランを周りの人達は再び火の中に叩き戻す。
みんながアランに注意を取られていた隙に私は逃げた。
『ホーリー!ヒ...ヒールを!!』
アランの叫び声が頭を離れない。
「...なぜ逃げたの?」
国からの追っ手に捕まるのは時間の問題だったのに。
カリーナによって解除された記憶が徐々に思い出される。
アランに愛想は尽きていた、それなのに一体なぜ行動を共にしていたの?
「今からでも遅くは無いか」
街の外れにある沼の前に腰を下ろす。
この沼に足を踏み出せば、願いは叶うだろうか?
「...よし」
服を脱ぎ捨て、沼に足を浸す。
足先から伝わる冷たい感覚、一気に身体を沈めた。
前が見えない、鼻や口に入って来る泥水。
息が苦しい...目が痛い...死ぬってこんな感じか...
「ガハッ...ゴボ...」
一向に訪れない死に、沼から這い出し両手を着きながら激しく噎せる。
一時間は沼に沈んでいたと思う。
本当なら間違いなく死んでるのに。
「まさか...これって?」
『簡単に聖女は死なない』
勇者もだ、アランが燃え盛る火の中で完全に息絶えたのは1ヶ月後だったと噂で聞いた。
私の聖女の力は封じられている、死ににくい運命だけ残された。
あのまま沼に沈んでいても、底で蠢くだけ。
死ぬまで一体何ヵ月掛かるのか?
気を失いでもしたら、途中で浮いて来るの?
「そうだ石を」
石を身体に巻き付ければ浮いて来ない。
それなら確実に死ねる筈だ。
近くにある石を服の中に詰める。
これならきっと...
「出来ないよ」
恐怖で足が前に進まない。
一時間であれ程苦しかったのだ。
それがずっとなんて、途中で逃げる事も出来ない。
結局は無理だった。
簡単に聖女を殺せるのは魔王、または勇者の使う聖剣なのだ、今はどちらもこの世に存在しない。
魔王は賢者と剣士に封印された。
私達と袂を分かった賢者と剣士。
賢者は勇者に負けずとも劣らぬ力で魔王を封印したのだ。
魔王の恐怖から逃げ回る私達と違って...
魔王の封印は徹底的に行われた。
現在は王都の地下にバラバラの状態で封印されており、世界中の魔術師が協力して徹底的に監視している。
『下手に倒して復活されるより、この方が安心です』
賢者の言葉に世界は歓喜したそうだ。逃亡中に噂で聞いた。
どうして賢者と剣士について行かなかったの?
今さらながらの後悔が胸を締め付けた。
「...苦しい...死ぬのはこんなに苦しい物なんだ...」
石を全て投げ捨て、大の字になった私は空を見る。
「きれいな青空...」
絶望しているのに、美しいと感じてしまう自分が嫌だった。
街を出る。
行く宛てなんか無い。
ただ足の向くまま歩き続ける。
お腹が空くが、お金なんか無い。
それに食べなくても痩せる事も無い、死なないから当然だ。
「あ」
街道の外れに居た1頭の猛獣。
思わず身構え、魔法を...
「そっか、力は封じられていたんだ」
前に出した腕を下に下ろす。
魔法なんか発動しない、魔力が身体を巡って来る感覚も無い。
「食べたいの?さあどうぞ」
身体を獣の前に投げ出す。
こんな私で良かったら食べてお腹の足しにでもすれば良い。
念入りに食べてくれたら死ねるかもしれないし。
「食べないの?」
鼻先を近づけただけで離れる獣は後ろ足を上げ、尿を掛けられてしまった。
まさか人間だけじゃなく、生きる物全てから忌み嫌われるなんて。
街道を歩く人は泥だらけの服で彷徨う私から目を逸らす。
時折聞こえるのは侮蔑の言葉、誰も近づいて来ない。
とにかく話をしたい。
少しでも良い、気を紛らわしたいんだ、そうじゃないと、甦る記憶が苦しくて...
「お願い、話をして」
「ふざけるな!」
すれ違う1人の旅人は後退りながら離れていく。
「ねえ...なんでもするから...」
胸元を少しだけ露にする。
忌まわしい記憶だが、こうすれば大抵の男は...
「嫌なこった!こっちまで呪われちまう!!
何万人にも抱かれたお前の身体なんか冗談じゃねえ」
唾まで吐きながら旅人は行ってしまった。
「何万人か...」
一体どれだけ数は膨れあがってるんだ。
私が抱かれたのはアランだけなのに。
「そう言えば私の最初はいつだったの?」
下らない事を、そんな事をしたらまた記憶が...
『最高だぜホーリー!』
『アアア!素敵よ』
『見ろよアイツの間抜け顔をよ』
『ざまあ無いわ』
「...え?」
アイツって誰の事?
漠然と頭に浮かんで来るが、どうしてもその先が思い出せない。
いつも寂しそうな笑顔を浮かべながら討伐の旅に...
剣士?
そうだ彼は剣士で、私と一緒に勇者パーティーに参加したんだ!
剣士...ダメだ名前だけじゃない、顔や姿、どんな人だったかも思い出せない。
でも、私は彼に酷い事をした気がしてならなかった。
「...どうせ死ぬなら故郷で」
気持ちは折れた。
このまま過ごしても意味は無い、せめて生まれ故郷で死のう。
忌み嫌われている私だから、歓迎はされないだろうが、陰からでも良い一目だけでも、見ておきたい。
疲れきった身体を引き摺りながら僅かな記憶を頼りに故郷を目指す。
馬なら1ヶ月程の距離が、徒歩では遠い。
結局半年以上の旅となった。
「...見えて来た」
高台から見える懐かしい村。
もう着ていた服は破れ、殆ど肌を隠せてない。
靴も既に無くなり、裸足だ。
ずっと飲まず食わず、それなのに生きている...
街道を転げ落ちる様に走る。
陰からなんて言わない、どんな酷い言葉を受けても良い、唾を吐かれても。
お父さん...お母さん...トーマス...?
「トーマスって?」
自分で呟いた名前に思考が止まる。
道端に座り、頭を巡らした。
「...思い出した」
トーマスは私の幼馴染み。
恋人だった私とトーマスは将来を誓う仲だった。
王都の教会に行く事が決まった時もトーマスは一緒だった。
『トーマス一緒だからね』
『もちろんだホーリー』
優れた剣士のトーマス。
彼はずっと私と一緒で...
『どうしたんだホーリー、最近変だぞ?』
『ううん、なんでもない。ちょっと疲れたみたい』
あれ?なんで討伐隊の記憶が?
そっか、聖女になった私が心配でトーマスは剣士で参加してくれたんだ。
『ホーリー、なんでアランと』
『別に良いじゃない、聖女が勇者と行動を共にするのは当然でしょ?』
「あああ...」
アランからたくさんのプレゼントを贈られ、いつもまにかトーマスからアランに靡いてしまった。
勇者の強さ?世界中から勇者に下賜される大金?
「...分からない」
考えるな!
これ以上の悪夢はダメだ!
私はトーマスを愛していたんだ!
『...ホーリー...なぜだ...』
「止めて!」
遂に記憶の蓋が外れて...
宿で激しく抱き合う私とアランをトーマスが...
『最高だぜホーリー!』
『アアア!素敵よアラン!!』
『見ろよアイツの間抜け顔をよ』
『ざまあ無いわ、もう手遅れなのに...もっと...もっとよ...』
「ゲボオォ...」
またあの記憶か、死にたい...こんなの...地獄じゃないか...
「あらホーリー」
名前を呼ばれ、顔を上げる私の目には一人の女が立っていた。
「貴女は...カリーナ...賢者カリーナ」
そうだ、カリーナは賢者だった!
彼女が魔王を封印したんだ、トーマスと一緒に。
「凄いわね、そんなになっても死なないなんて」
「...うるさい」
カリーナはいつもアランと私を見下した目で見ていた。
「発狂もしない、本当ならとっくに狂い死にして楽になれるのにね」
「黙れ!」
「汚いわね、胃液がつくでしょ」
必死で立ち上がる私をカリーナが躱した。
「お前がトーマスを!!」
そうよ、トーマスは魔王を封印する時に負った怪我が元で左足の自由を失ったんだ!!
コイツを庇ってトーマスは!
「助けに来なかったのは誰?」
「な?」
「トーマスが怪我をしたのを知ってて、サル勇者との逃亡を止めなかったのは誰かしら?」
「止めろ!!」
私は行こうとしたんだ!
でもアランが今更だろって...
「本当、愚かよね。
良い事教えてあげる、貴女の故郷は誰も住んで無いから」
「...なんですって?」
誰も居ない?
「あんたの故郷なんて誰が住むの?
悪評に堪えかねて、みんな故郷を捨てたの。
散り散りにね」
「...アア」
「せいぜい世界中を探して回りなさい、時間は十分にあるし」
「ト...トーマスは?」
「黙れ」
「...カリーナ」
カリーナの態度が急変する。
嘲る笑みは消え、冷えきった目で私を...
「お前なんかにトーマスの名を呼ぶ事は許さない」
「そんな...せめて彼は無事なの?」
「今更よ、スコーチファイヤー」
カリーナが地面に向けて魔法を唱える。
私の前に灼熱の炎が立ち上った。
「トーマスの今は教えない、生きてるか、死んでるかもね」
「そんなの酷いよ」
「酷い?恋人を裏切り、聖女の期待も裏切った貴女がそれを言うの?」
「...そうね」
その通りなんだけど...
「この炎なら死ねるわよ。
聖女の加護より強力だから」
「本当に?」
確かにこの炎ならそうかも...
「ゆっくり考えなさい、トーマスが死んでたら向こうで会えるかもね」
そうよ!トーマスに会えるなら早速!!
「じゃ私は行くわね、愛しいあの人と子供が待ってるから」
「え?」
今カリーナは何て言ったの?
「待ちなさい!愛しい人って誰よ!!」
「さあ?逝くなら早くしなさい、一年しか炎は持たないから」
「答えろ!」
「バイバイ」
「あ!」
カリーナの姿が消える、転移魔法か?
「どうしよう?
...トーマス怖いよ...会いたいよ...」
どうして良いか分からず、ただ踞るしか出来ない。
気づけば半年が過ぎた。
炎は相変わらず燃え盛っている。
街道の脇でただ一人、私は座っていた。
誰も通らない、ただ一人...
「え?」
炎の中に見えるのはトーマス?
ああトーマスは死んでいたのね!!
私を待って炎の中に現れたんだ!!
「アアアアアア!!」
身体を焦がす炎、凄まじい熱さ、これなら間違い無く...
『...ホーリー』
頭に響く私を呼ぶ声、やっとだ。
「トーマ...」
『ホーリー...ヒールを...』
「イヤヤアァ!!」
...焼け爛れ、涙を流すアランの姿に絶叫した。
ありがとうございました。