操縦士の派遣
あの日の一件以降、僕は新垣さんとの会話をする機会を未だ築けていなかった。かれこれ一週間もそんな時間が過ぎていた。
彼女は、覚悟が決まったと言っていた。
何に対する覚悟なのか。それを口に出してくれることはなかった。何故なら、僕がまず本心を口に出さなかったから。だから彼女も、折角覚悟を決めたのに、それを明言する機会を奪われたのだ。最低な行為をしたのだ、僕は。
あの日から今日まで、彼女との会話の時間は築けていない。
それなのにも関わらず、どうしてか僕はあまりそのことを深く後悔したり、懺悔したり、そんな時間を送らずに今日を生きていた。
それは何故かと言えば、あの日を最後に僕は学校に登校をしていないから。
なにも不登校になったわけではない。不登校にならずとも、僕には嫌が応にも学校に通わなく出来る……というか、なる術があったのだ。
今週はずっと怪獣がひっきりなしにこの日本めがけて出現、屠られを繰り返していた。一日二匹は最低出現しているし、多い時なんて一対三の乱戦になることだってあった。
珍しくロボットが一部損壊する結果となったのに、涼子さんが僕を咎める言葉を述べることはまるでなかった。
この異常な怪獣出現の状況に、操縦士を責めるのは酷、という判断だったのだろう。
というわけで僕は、あの日以来新垣さんと会えていないというのに、そんなことを気にする時間もなく辛い戦闘を繰り返す日々を送っていた。
正直僕は、この度重なる連戦に、精神的に参り始めていた。彼女にした仕打ちに対する懺悔も忘れるくらい、憔悴し始めていたのだ。
五十年という長い怪獣撃退の歴史において、日本地区を襲ったこの怪獣大発生は、観測史上最大のことということで、今度栄誉か不栄誉なのか、ギネス記録として登録される運びになるそうだ。
そうなれば、あなたの名前も記録に残る。
人によれば栄誉に思える功績のため、周囲は僕を奮い立たせようとしていたが……ロボット半壊、操縦士である僕も右腕亀裂骨折という惨事のせいで、政府は重い腰をようやく上げたのだった。
代替操縦士とロボットの要請は即日実施され、要請から三十分後にはアメリカ支部から一人の操縦士とロボットを派遣するという快い返事をもらえたと速報が流れることとなった。
今日未明、操縦士とロボットは成田に降り立ったと涼子さんから連絡をもらった。僕は三日だけの休暇をもらえた。
『ゆっくり休みなさい』
涼子さんにそう言われたから、僕は翌日学校に向かった。
もしかしたら本格的に僕の不要論が政府から流れるかもしれない。だから勉強でもして気を紛らわせようと思ったのか。はたまたただ現実を直視したくなかったのか。
とにかく家にいるよりはマシだと思って、僕は学校に行った。
「ヒデオッ」
腕にギプスをし、首から包帯をかけて、学校に行った。いの一番に悲痛な声で僕に駆け寄ったのは、新垣さんだった。
「だ、大丈夫なの……?」
「うん。別の操縦士が入ったからね、怪獣もなんとか撃退出来るんじゃないかな」
「そうじゃないよ……」
よくわからず、僕は新垣さんに向けて首を傾げていた。
……思えば、つい先日彼女に何か酷いことをしたような気がするが、どうしてか記憶が酷く不鮮明だった。
「腕も酷いけど……目の下にも隈があるじゃない」
「アハハ。腕が痛くて中々眠れなくてね。散々だよ、もう。アハハハハ」
眠気はあるが、どうしてかいつもより気分が良かった。爽快感すら感じていた。不思議なものである。直前に投与された痛み止めが効いてきたのだろうか。
「……保健室、行こ?」
「大丈夫だよ、多分。大丈夫大丈夫」
「……気を付けて見てるから。何かあったら言ってね」
「うん。ありがとう」
新垣さんはどうしてか、教室の僕の席に着くまで、僕の傍を離れようとしなかった。椅子に座ると、一気に眠気が襲ってきた。
朝のショートホームルームが始まる前に、既に睡魔は限界を迎えつつあった。
「おはよう」
遠くから微かに、先生の声が響いた。
それを最後に、意識はパタンと途絶えた。