彼女に抱くこの想い
あの日、僕が言おうとしたこと……。
『今日も、空は青いね』
『そうだね』
『君が守ってくれたおかげだ』
『……そうだね』
彼女に褒められることがむず痒くて、隣にいる彼女の匂いが鼻を伝って脳を揺さぶって。
少し変な気分になっていた僕が、言おうとしていたこと。
『……家に帰ると、父さんも母さんもいないんだ』
『え?』
『父さんも母さんもいなくて……一人で料理して、風呂に入って、トイレに行って、歯を磨いて寝る。怪獣がいてもいなくても、大体いつもそんな感じ。
いつも一人で、国から与えられた広い部屋に一人でいる。時々、わからなくなる。誰を守るために戦っているのか、わからなくなる』
漠然とした不安を口にすると、途端視界が滲んだ。
その時のことを鮮明に覚えている。
止めることが出来なかった。止まることが出来なかった。
あの時、僕が言おうとしたこと。
『だから、出来れば……』
君を守らせてくれないか?
どうしてそう思ったのか。
それは今、彼女に抱き、正体がわからなくなったこの想いがあったから。だから、彼女に当てられて僕はついそんなバカなことを口走りかけたのだ。
あの日の僕はおかしかった。
今ならはっきり、そうだと言えた。
だって、そうだろう。
そんなの。
そんなのまるで……。
「ヒデオ、大丈夫?」
ハッとして、新垣さんの顔を見た。気付けば随分と放心していたらしい。これまで一度だって、今日ほど狼狽えた日はない。本当に、僕は今おかしい。
「……多分、大丈夫じゃない」
「そっか。珍しいね」
……彼女は。
僕の体を気遣う言葉は言わなかった。それはつまり、言え、と言っているのだろう。
あの時、何を口走りかけたのか。あの時、何を思っていたのか。
彼女をどう思っているのか。
言え、と言っているのだろう。
「べ、別に大層なことをお願いしようと思ったわけじゃない」
「そうなの?」
「……そうだよ」
「じゃあ、どんなことをお願いしようと思ったの?」
……逡巡した。
なんと言うか。なんと言って誤魔化すか、逡巡した。
「応援してほしかったんだ」
「……応援?」
「君だけでなくてね。色んな人に。最近皆、怪獣に対する恐怖心に慣れが生じている気がしているんだ。それだけ僕を信頼してくれているのかもしれないけど、僕はまだ子供だから……時々、どうして自分が頑張っているのか、わからなくなる」
新垣さんの顔をチラリと覗いた。
新垣さんは……。
寂しそうな顔をしていた。
「……ごめんね」
謝罪したのは、新垣さんだった。
「あの時は、覚悟が決まらなかったの。だから何も言えず、君を傷つけた。だから、ごめん」
……僕の口走った願いに対する言葉のはずなのに、まるでそうは聞こえなかった。
「……覚悟は、決まったから」
新垣さんは微笑んだ。
「だから……いつでも、待ってるから」
気付かれている。
いいや、そんなことは初めからわかっていたことじゃないか。
あの時、保健室で真っ青な顔をされた時点で。
彼女が……あの時僕が何を言おうとしていたか、勘づいていたことはわかっていたじゃないか。
誤魔化せるはずなかったんだ。
なのに彼女は……誤魔化されてくれたんだ。
僕の意思を尊重してくれたんだ。
いつかの政府のように。
僕の……まだガキな僕の意思を、尊重してくれたんだ……!
新垣さんが去っていった。
彼女を追うことは出来なかった。彼女に待ってくれと言うことも出来なかった。
『俺とあの人みたいになるなよ』
父が言う。
この気持ちは結ばれないと言う。
この気持ちは過ちだと言う。
この気持ちは彼女を不幸にするだけだと言う。
だから……いいや違う。そんなのは言い訳だ。結局僕は、ガキなんだ。
悔しかった。
言い訳とわかっていながら、何も出来ない自分が悔しかった。
昼休みが終わるチャイムが鳴り響いた。
目指せ日間ジャンル別十位以内!
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一章っぽい話も終わりです!