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大人はそれを許さない

 新垣さんとトランペット練習に励むようになってそろそろ一週間が経とうとしていた。遠くから聞こえる合奏の音色をバックにしながら、窓の外の景色を覗きながら彼女の隣でペットボトルを潰す日々にもそろそろ馴染み始めて、僕達の関係も前より少しだけ気軽なものになりつつあった。


 彼女は、今日も眠るヴィシュヌの木のトランペットパートを隣で吹いていた。


「ねえ、一ついい?」


 その様子を見ていた僕は、ふと気になったことがあった。


「なあに?」


 可愛らしく小首を傾げる新垣さんに、


「どうして、その曲を練習するの?」


 僕は尋ねた。

 尋ねた後に俯いた新垣さんを見て、僕は後悔していた。親の介入により望む結末を得られなかった彼女にそれを聞くのは、酷なことを強いたと気付いたのだ。


「ねえ、ヒデオ?」


「……ん?」


 彼女の声は整然としていた。


「別に、悪感情からじゃないからね?」


 その声は少しだけ怒っていた。

 多分、そのことを聞いたことにではなく、聞いた後、僕が彼女の顔色を窺ったことが気に入らなかったのだろう。


「あたし、この曲好きなの」


「へえ」


「本当だよ? 古代インド神話のヴィシュヌって、悪魔を滅ぼす正義の神じゃない。近くにそんな正義のヒーローがいるから、なんだか気になって。聞いている内に好きになった」


 それは多分、僕のこと。僕のことをなじっているのだろう。さっきのお返しとばかりに。


「でもその曲、全てはヴィシュヌの夢の中って曲だよね。……これ、全て現実だよ。僕なんかが見せている夢なら、どれだけ気楽なものか」


「アハハ。現実は辛い?」


 ……喋りすぎた。彼女の問いに、ふと気付いた。


「……まあそうかもね」


 曖昧に言って、ペットボトルを口に加えなおした。さっきまで中々凹みもしなかったペットボトルが、今度は思い切り凹んだ。


 その時。


「うわあっ」


 スマホが鳴り響いた。無機質で不穏な不気味な音。そんな音が、彼女のスマホ。僕のスマホ。校舎の至るところから響いた。

 その音が示すことは、最早誰もが周知のことだった。


「……怪獣」


 彼女の顔が青くなった。

 僕はペットボトルを口から外して、彼女の方に近寄った。


「大丈夫。まだ海だろうしね」


 そう言って安心させようと思ったのだが、どうやら違った。


 彼女が案じていたのは自分の身ではなく……僕の身だった。


「……あの、その……」


「大丈夫」


 本当に大丈夫かはいざ知らず。

 好いた彼女を安心させない選択肢は、僕にはなかった。


「すぐ終わらせるよ」


「……うん」


 まもなく、僕のスマホが鳴った。電話だ。相手は……涼子さんだった。


「もしもし」


『もしもし、今学校?』


「はい」


『じゃあ、屋上にいて。迎えがもう向かっているから』


「わかりました」


 彼女に微笑みかけて、僕は屋上へと歩を進めた。

 この学校に僕が入学するとなった時、国の保全費用から築四十年の校舎は少しだけの改築と、屋上へのヘリポートが設置されたのだった。


 屋上に着くと、丁度ヘリがやってきた。そのヘリに乗り込んで、房総半島の方へヘリが向かっていった。


「怪獣は今どこに?」


『千葉県沖南北五百キロ』


 怪獣は基本、海から攻めてくる。陸に上げなければ人類への被害はほぼ発生しない。だから、これから迎撃を仕掛けて、陸に上げることなくその怪獣を倒す、というのが、僕に課せられた仕事だった。


 一つ身を引き締めて、目をつむった。


 最初に浮かんだ記憶は……新垣さんの顔だった。

 

 大丈夫。

 そんなことを彼女に言った。

 彼女を安心させるために、ここで死ぬわけには、多分いかないのだろう。


「よし」


 再び身を引き締めて、僕はまもなく目的地に到着するヘリから降りる準備、そしてロボットに乗り込む心構えを始めていた。


   *   *   *


 怪獣との戦闘を終えて、陸に戻った頃には外は真っ暗になっていた。

 今回の戦闘は、そう苦戦することもなく終えることが出来た。ただ、少しだけ時間が長引いた。


「お疲れ様」


 定期連絡を行うため、政府の根城に赴いた。赴いたと言っても、ロボットと一緒に回収されることになっていたから、ついでと言えばついでだ。


「お疲れ様です、涼子さん」


 声をかけてくれた僕の世話役、涼子さんに頭を下げた。

 涼子さんは、少し神妙な顔をしていた。


「ヒデオ君。今日は随分、遠距離戦闘だったのね」


 見抜かれていた。


「……そうですね」


「遠距離戦闘が悪いと言っているわけじゃない。ただ銃弾もただじゃないの。遠距離過ぎて、狙いがキチンと定まっていなかったわね。無駄打ちはしないで」


「はい」


「あと、随分と今日は集中が切れるのが早かったわね」


「……っ」


 思わず、俯いて歯を食いしばった。本当、監視役だけあって、僕の戦闘に目が肥えている。そっちにはせめて、気付いてほしくなかったな。


 涼子さんは、恐らくもう悟っている。


 僕の過度な遠距離戦闘。集中力の低下の理由に。


「……学校で何かやってる?」


「何も」


「本当に?」


「……ただ勉強しているだけです」


「そうだと言うのなら……もう、通信制の学校に転入してもらうしかなくなるわよ?」


 僕のしていることは、人類の命を守るための仕事。

 だから、いつだって最善の状態で戦闘に望まなければいけないのだ。最善を尽くさなかった結果、失敗したでは許されないんだ。


 それは何も、人類を守るためという理由だけではない。


 最善を尽くさず、人類に危機をもたらしたとなれば……それは巡り巡って、自分の首を絞めることになるのだ。

 だから涼子さんも、僕のためを思って辛い言葉をかけている。


 それはわかっている。

 ……そんなことは、わかっているんだ。


「トランペットの練習をしています」


「すぐに止めなさい」


「……はい」


 政府の指示であれば……従わざるを得なかった。


 明日、彼女になんと言えばいいのだろう。


 僕は気落ちしたまま、家に戻った。

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