進路相談
二年生になってほどない時期に、進学校である我が校では親を含めた三者面談が実施される運びになっていた。一年時の成績の振り返りをし、将来の夢を明確にし、今年二年になって何をするのか。それを早い内から定めて、より良い未来を築いていきましょう、という信念の元の行事だった。
『残念だけど、こちらのスタッフも人手が足らなくてね。あたしも今日は、ずっと現場を駆けずり回ってる。だから……その、ごめんね』
「いいえ、大丈夫です。わかりました」
政府にいる僕の監視役の涼子さんとの電話は、その返事を最後に途切れた。
最早言うまでもない周知の事実だが、僕は天涯孤独の身だった。だから、三者面談には通例として、政府のスタッフの……涼子さんに出席してもらっていた。
涼子さんは、最近ひっきりなしに現れては消えていく怪獣のせいで、僕の監視……とは名ばかりの世話にまで、手が回らなくなっていた。どの業界も、人手不足は深刻な問題だった。
そういうわけで、僕は今日、一人で三者面談で先生と相対すことになっていた。まあ、先生側としても下手な発言が出来ない政府の人間が出席しないことはありがたいことだろう。
僕としてもそうだ。
所詮他人である涼子さんに出席されるよりかは、先生と二人きりで濃密な進路相談をしたい。そう思っていた。
僕の面談の時間まで、図書館で時間を潰すことにした。
人によっては、一旦家に帰り、親の運転する車でもう一度学校へ、なんてこともするそうだが、親もいなければ免許も持たない僕ではそれは叶わなかった。
僕の今の自宅からこの学校までは電車で三十分くらい。移動するには少々骨が折れる距離となっていた。
この学校への進学は、当時中学生だった僕が自分で決めたことだった。
ロボットの操縦士、もしくは操縦士見習いの進路は、当人達がこれまで口を出したことがないことだったそうだ。まあ、対象者は父だけだから、前例がないのも無理はない話ではあった。
当時はこの学校への進学を、政府からも住民からも、この学校のOBからも結構非難された。
理由は様々。
ロボットの操縦士という仕事の時間が読めない人が普通科の学校に入れれるのか、とか。
単位はキチンと取得出来るのか、とか。
アルバイト禁止が校則にあるのに最早仕事をしているじゃないか、とか。
父は通信制の政府主導の学校に進学しただろ、とか。
あたし達の税金をこの子の進学のために使うな、とか。
本当に様々あった。
そう言った非難は、全てが全て解決されたわけではない。今でも宙ぶらりんのままな内容だってある。
だけど最終的には、当人の強い意思を政府は尊重してくれた。
だから、政府に恩義はある。
結局僕は、一人では生きていけないんだなと思わされる出来事でもあった。
……え、どうしてこの学校を選んだのかって?
そんなの簡単だ。
電車通学に憧れていたから。
ただ、それだけ。
僕の面談の時間の五分前になった。
読んでいた大衆小説を棚に戻して、廊下に出て、しばらく歩いて教室の前に辿り着いた。
教室の中から、女の人の捲し立てる声が聞こえていた。どうやら前の人の面談が押しているらしい。
廊下に置かれていた椅子に腰かけて、窓の外に映る青い空を眺めていた。これからどんな話を先生にしようか、そんなことをぼんやりと考え始めていた。
ガラガラ、と教室の扉が開かれた。
「あ」
出てきたのは、新垣さんとその母親だった。
「あらぁ?」
新垣さんの母は、僕を見つけるなり露骨な顔をした。近寄ってきて、体から香る香水の香りは、少しだけ鼻が曲がりそうだった。
「どうも操縦士さん。世界の平和も守らず、進路の話をしに来たの?」
時々、こういう人はいる。
僕をヒーローだと称える人もいれば、僕にヒーローを常に演じろ、という人もいるのだ。
まあ、彼女らの支援がなければ、今僕は生きることすらままならない。だから、そう言われれば謝罪以外返す言葉はありはしない。
「ごめんなさい」
苦笑しながら、頭を下げた。
「もうお母さん、みっともないから止めて」
「……ふんっ」
「……じゃあ」
「うん」
少し気まずそうな新垣さんに微笑んだ。彼女達は、そのまま廊下を歩き去って行った。
「おう、来てたか」
「あ、先生」
担任である須藤先生が、教室の入り口から顔だけひょっこり出してきた。
「大丈夫か。何か新垣親から言われたか?」
「いいえ、何も」
「……そっか。まあ入れよ。保護者は?」
「いつも通りいません。お手柔らかに頼みます」
「はあ、政府の人も大変なんだなあ。こっちもずっと人手不足がどうのうるさいよ。まあ、お前はしっかりしているし、大丈夫って判断なんだろうな」
呑気に笑う先生が、少しだけ憎たらしかった。
僕は苦笑をした。そして、先生に促されるまま教室に入った。
教室の中は、生徒の机が三つくっついて並んでいた。一つの方に先生。二つの方に僕。もう片方は空席。いつもの馴染みの景色だった。
「お忙しい中、ご足労おかけ致します」
「それはこっちの台詞ですよ、先生」
かしこまりお辞儀する先生に、苦笑した。
「いやいや、俺の仕事なんて所詮、命がけじゃないからな。昼夜問わず、命をかけて戦う……忙しなく仕事をするお前には、本当に頭が上がらない」
「今の僕は、ロボットの操縦士じゃなくてただの高校生ですよ」
「そうだったな。これは失敬」
先生は気でも済んだのか、ようやく手元の用紙に視線を落とした。
「えぇと……ヒデオは、大学進学希望、か」
「はい」
先生が小さく唸った。
理由はわかっている。結局これも……前例がないからだ。
「……お前の父さんは、高卒だったか」
「はい」
「おじいちゃんは……?」
「祖父は中卒です。時代ですね」
「そうかそうか……うーむ」
先生は腕を組んで再び唸った。
難しい顔をしていることに気付いて、先生はこちらを見て、わかりやすく咳込んだ。
「ああいや、お前のおじいちゃんお父さんが大学進学していないから、お前が大学進学しちゃいけない、というわけではないんだぞ? ただまあ……ウチに来ることさえ中々色々言われたんだ。大学進学となれば、な」
「そうですよね。わかってます」
思った通りのことを言われ、俺は苦笑した。そして続けた。
「そもそも、そこまで生きていられるとも限らないですしね」
茶化すように言ったのだが、先生には受けが悪かった。深刻そうに黙ってしまった。
「……どうして大学に進学したいと思ったんだ?」
「え?」
「いや、お前が真面目なことは知っている。俺以外の先生方も、お前についてはずっと感心しているんだぞ? 命をかけて戦って、昼夜問わずで戦って、寝る間も惜しんで戦って、それでも欠席した日は数えるほどしかない。授業中、たまにうとうとしているのは知っているが、そうじゃない日はまるで模範生だ。そんなお前のことが、先生は自慢でもあるんだ。
でも、辛いだろう?
合間を縫って登校して、寝る間を惜しんで勉強して、命がけの後にテストに出る。
そんな生活、楽なはずないじゃないか。だったら、学校を諦めようと思うものじゃないのかなって思っているんだよ。
高校で大変な思いをして、それでも大学にまで進もうとするのは何故なのかなって。ごめんな。単純な疑問なんだ」
どうして大学に進学したいと思ったんだ、か。
そんなの……。
「簡単なことですよ」
僕は微笑んで続けた。
「ただ、キャンパスライフを味わってみたい。それだけです」
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