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不幸になる人達

 第二次世界大戦後、日本が丁度高度経済成長期に入った頃、世界に未曾有の危機が訪れた。


 怪獣。

 詳しいことは専門外なのでわからないが、そいつらが人類が闊歩するこの地球に出現したのは、実にそんな時期。今からおおよそ五十年ほど前の出来事だった。


 つい十年ほど前までいがみ合っていた人類は、自らの危機に初めて手を取り合うことが出来た。人類史二千年以上の長い歴史で初めて、忌み嫌い合うことなく、互いの存続のためだけに手を取り合ったのだった。


 そうした経緯を経て、人類は対怪獣兵器として戦闘用人型ロボットを発明した。そのロボットの攻撃力はすさまじく、次々と迫りくる怪獣達を屠り続けた。


 しかし、当時からそのロボットは一つの欠点を抱えていた。

 当時から現在に至るまで、人類はセンサー周りの技術力の発展が遅れていた。その結果、そのロボットは有人型ロボットとして世に放たれることになるのだった。


 最初のロボットの操縦士に選ばれたのは、僕の祖父だった。

 戦争により土地を焼き畑にされ路頭に迷っていた祖父にとって、明日を生きるために操縦士になることは、一世一代の賭けだっただろう。


 ロボットのパイロットは、以降世襲制として僕の家系に代々受け継がれていた。


 といっても、祖父、父、僕の……まだたった三代の歴史である。


 ロボットのパイロットの仕事は、過酷を強いられていた。

 そもそもまずもって、怪獣と戦うこと自体命がけの戦闘になる。それに加えて、日中夜問わず怪獣は自由勝手に僕達の世界を襲撃してくる。


 激しい訓練による疲労。

 極限状態の強い緊張状態。

 睡眠不足からくる眠気。


 そんな逆境と、日々戦い続けなくてはならなかった。まあ、僕の代になれば訓練の度合いも相当軽くなったそうだが。


 ただ、祖父も父も最後は怪獣により殺されてきた。

 祖父が死んだのは、二十五年前。父が死んだのは、五年前。


 僕がロボットのパイロットとして操縦士になったのは、まだ小学生の頃からだった。


 周囲は小さい頃から怪獣と戦う僕を、いつしかヒーローとして称えるようになった。

 そんな操縦士としてのこの仕事を、僕は誇りに思ったことはまだ一度もなかった。だけど、ふとした時、ぼんやりと眺めた空に青い空と白い雲が巡っていた時、自分がまだ守ってこれていることを実感させられていた。


 ロボットの操縦士は、国からいくつかの特権が与えられていた。命をかけて国を、世界を守るのだから、それは当然のことだと周囲は僕を諭していた。


 国が操縦士に与えるもの。

 それは、衣食住の完備。操縦士の仕事は、何より体が資本の仕事だから。とりわけ僕は、幼い時に両親ともに失った過去があるから、国が保護してくれないとまともな生活は出来てこなかっただろう。


 そして、もう一つ。

 それは好きな女性と結ばれる権利。

 

 家系を根絶されないように。

 そして、世界のため命をかけて戦ってくれていることへの謝礼を込めて、そんな権利が国から僕達には与えられていた。

 それを破ることは、相手側に重罪が課されるシステムとなっていた。

 

 そうして、今。

 高校二年になり、僕は一人の少女のことを好きになった。


   *   *   *


 眠たい朝だった。

 どれだけあくびをしても、その睡魔から解放される気配はまるでなかった。

 昨晩、大体深夜の一時頃だっただろうか。いつものように怪獣が僕達の世界に現れた。僕がいつも眠りにつく時間は、大体夜十時頃。昨日もいつも通り、眠りについていた。そんな時間に起きた出来事だった。


 政府の人間に叩き起こされ、睡魔から霞む目を擦りながらロボットに搭乗して、発進したのが大体一時半くらい。

 昨日の怪獣は中々に粘り強い奴で、実に三時間を超す長期戦となった。


 その結果、今日が平日であるにも関わらず、僕は夜更かしをした時のような、ふとした拍子に眠ってしまうような、そんな強い睡魔に襲われたまま学校に向かうのだった。


「おはよう、ヒデオ君」


 誰かが僕に声をかけてきた。

 それからもしばらく色んな人に声をかけられた。

 昨日の戦いを労う言葉や、ただの挨拶。とにかく、色んなことを朝から話された。ロボットの操縦士と言う仕事は、それこそこの世界に生きている人で知らない人はいない仕事。つまり、この世に生きている人であれば、誰もが僕のことを知っているのだった。

 だから、まあそれが理由かは別として、皆が僕に声をかけてくれるのだった。


 優しい言葉を、僕に与えてくれるのだった。


「おはよう、ヒデオ」


「おはよう、新垣さん」


 唐突に、背後から声をかけられた。その人は、僕が今好意を寄せている人、新垣満さんだった。


「昨日は大変だったね」


「そんなことない。皆の笑顔を見れるだけで、大変なんて気持ちすっ飛ぶよ」


 それは、偽りない気持ちだった。本心からそう思っていた。


「アハハ。カッコイイ。ヒデオ、まるでこの世界のヒーローだね」


 僕は、苦笑した。

 彼女にそう言ってもらえるのは嬉しいような、少しだけ違和感があるような、とにかく素直には喜べなかった。


 朝の行事も終えて、授業が始まった。

 だけど、どうしても今朝がたまで続いた戦闘のせいで、僕は中々授業に集中することが出来なかった。


「こら、ヒデオ」


 それを見兼ねた先生に頭を叩かれた。

 クラスが静まり返った。


「今朝がたまで戦闘が続いて眠いのはわかる。だけど、ここで寝るのは止めなさい。保健室に行きなさい」


「……はあい」


 本当は授業をなんとか受けたかったのだが、このままでは確かに邪魔になると思ったので、僕は仕方なく教室を後にした。

 保健室に着くと、先生の許可を得てベッドに横になった。その時も、保健室の先生は俺を叱責するどころかむしろ労い、ベッドを快く貸してくれた。


 平和な一日が過ぎようとしていた。


 空は青く。雲は白く。

 人々が生きる声がするそんな平和な一日。


 いつの間にか僕は、夢を見ていた。

 まだ小さかった頃、父から聞いた母の話だった。

 母は、僕が生まれてほどなくして死んだそうだ。


 そんな母との思い出を、父は時々俺に語ってくれた。


『俺とあの人みたいになるなよ』


 苦笑交じりにそう言いながら、教えてくれた。

 ……父曰く、母は父が告白したその時、その場で泣き崩れたそうだ。

 それを笑うことも出来ず、曖昧な笑顔で返したことを、僕は未だに覚えていた。


 カーテンが開く音がして、僕は目を覚ました。


「……あ、ごめん。寝てた?」


 新垣さんだった。


「大丈夫」


「具合はどう?」


「……ボチボチかな」


「アハハ。そっか」


 そう言って、新垣さんはパイプ椅子に腰かけた。


「休み時間?」


「昼休みだよ。ぐっすりだったみたいだね、ヒデオ」


 新垣さんは微笑んだ。


「新垣さんはどうして保健室に?」


「そりゃあ、ヒデオの様子を見に来たからに決まってるじゃん」


 少し、心臓が高鳴った。


「クラス委員だからね」


「……そう」


 僕は眠りすぎて訛った体を覚醒させるために、ベッドから降りた。背筋を伸ばしながら窓際に近寄ると、新垣さんが隣にやってきた。


「今日も、空は青いね」


「そうだね」


「君が守ってくれたおかげだ」


「……そうだね」




 少しだけ。

 少しだけ、変な気分になっていた。


 彼女に褒められることがむず痒くて、隣にいる彼女の匂いが鼻を伝って脳を揺さぶって。


 僕は、少し変な気分になっていた。


「……家に帰ると、父さんも母さんもいないんだ」


「え?」


「父さんも母さんもいなくて……一人で料理して、風呂に入って、トイレに行って、歯を磨いて寝る。怪獣がいてもいなくても、大体いつもそんな感じ。

 いつも一人で、国から与えられた広い部屋に一人でいる。時々、わからなくなる。誰を守るために戦っているのか、わからなくなる」


 漠然とした不安を口にすると、途端視界が滲んだ。


「だから、出来れば……」


 彼女の方を見て、言いかけた言葉をつぐんだ。


 彼女は、顔を真っ青にして取り乱していた。

 いつも可憐な笑みを見せる彼女なのに、まるで大罪でも犯して、罪の意識から解き放たれたくて、言い訳をしようとする人のように……取り乱していた。


「あ、あたしは……あたしは…………っ」


「冗談だよ」


 僕は茶化すように微笑んだ。

 全てを察してしまった。いつも優しく声をかけてくれていた。それが本心ではないとわかっていたのに、いつの間にか僕は誤解をしてしまっていたんだ。






 彼女は、僕のことなど好きではなかったのだ。






「冗談だよ、全部。少し……からかってみたくなったんだ」


 本心を伝えるのも、嘘をつくのも、どうしてか胸が痛かった。理由はわからない。……わかりたくもなかった。


『俺とあの人みたいになるなよ』


 いつか父は、僕にそう言った。

 ……まるでそれが失敗であったように、悔やむようにそう言った。


 母は、父の告白に涙を流した。恐怖の涙を流した。

 周囲に何を言われるかわからないロボットの操縦士の妻になることを恐怖したのだ。


 皆の笑顔を見ると、ホッとする。

 周囲の人が、怪獣に伏して死んでいった祖父や父を……負け犬と罵っているのを僕は知っていた。

 だから笑顔でいる内は、まだ良いのだ。


 もし僕が怪獣に敗れたら、周囲は僕のこれまで残してきた功績を忘れて、僕をなじることだろう。負け犬と罵ることだろう。


 ……もし。

 もし僕が死んだ時。


 僕の伴侶がまだ生きていたら。


 その人は多分、売国奴としてみすぼらしい生活を送る羽目になるだろう。


 だから、僕や父に愛されることを……望む人は誰もいない。


 それでも世襲制を継続するために、国は操縦士に好きな人と結ばれる特権なんてものを授けたんだ。


 ……でも。

 果たして今の時代に、そんな人権を無視した制度が存続されていていいのだろうか?


 結果的にその制度が行きつく先は……、母のように、僕が生まれてすぐ自殺するという、そんな結末だけなのに。


 誰かが不幸になるだけなのに。




 午後の授業が始まろうとしていた。

短編より恋愛要素を強めた一話。

本当はもうちょいストック貯めたかったが、短編が忘れられない内に。

ロボットは設定でありバトルシーンはほぼない。

よってジャンルは現実恋愛(正しいのかな?)


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