97話 ピンラルの街を出るぞ、オイ
翌朝。
俺が目覚めると、ブルーネルは既に起きていた。
俺のベッド脇に椅子を持って来て座っていたのだ。
「おはよう旦那様。良く寝ていたな」
優しい笑顔だった。
どうやら俺の寝顔を眺めていたようだ。
俺も彼女の顔を笑顔で見返した。
「・・・おはよう。ネルは早いんだな」
俺はブルーネルの事をネルと愛称で呼んでいた。
一晩一緒に過ごしただけだが、随分と仲が深まったものだ。
俺達は新婚初夜を過ごした。
と言っても、キス以上の事はしなかった。
それは逆に言うと、ずっとキスばかりしていたという事だ。
ネルの体力の回復治療。
そしてキス。
その繰り返しだった。
話もした。
お互いの話を。
俺は日本での事を話した。
そして仲間の事。
ネルは滝座瀬と三津島の事は知っていた。
そりゃ自分が勇者を教える筈だった訳だからな。
驚いてはいたけど、あの2人に特に思う所は無いようだった。
ホッとしたよ。
もしネルが騎士団長をクビになった事を恨んでいたなら、今後の関係が思いやられる所だったからな。
ネルも自分の事を話してくれた。
ネルはS級冒険者であり、つい最近までスピーリヒル帝国の騎士団長を1年程務めていた。
そこまでは知っていた。
ネルは元々、モリッツァの庶民の家庭で生まれ、両親と妹の4人暮らしで幸せに育ったのだそうだ。
そんな中、彼女は冒険者に憧れ、両親の反対を押し切って家を出て冒険者として頭角を現した。
ネルの実力はやがてモリッツァ王家の目にとまり、騎士にスカウトされた。
そして騎士として目覚ましい活躍を見せた彼女は、ついには火騎士団長にまで上り詰めたのだ。
そしてネルはホリーの事も知っていた。
それどころか、ホリーの必殺技『斬導』は、なんとネルが伝授した技だったのだ。
昨日の俺との戦い。
俺が『炎脈』の網に絡め取られた時、ネルの斬りつけた大剣が網に触れた途端、網全体が斬撃の性質を纏って俺を締め上げると同時に斬り刻もうとして来た。
あの時の技が『斬導』の原型らしい。
ホリーがまだ騎士団長になる前、請われて伝授したのだそうだ。
その後すぐ、ネルはある男によって追い出される様に騎士団長を辞任し、モリッツァを出た。
そしてスピーリヒルで冒険者をしていたが、1年前の魔王誕生に伴い、騎士団長の経験があり勇者の指導を任せられる人材として、スピーリヒルの騎士団長にスカウトされたのだという。
「そうか、ネルはホリーの師匠だったのか!」
「ああ。まさか旦那様とホリーが仲間だったとはな。何という巡り合わせだ!」
俺達は互いに、より一層の絆を感じたのであった。
俺とネルは宿を出るとギルドハウスへ向かった。
冒険者ギルドマスターに会う為だ。
昨日、結婚式の後、ギルドマスターとは一度挨拶していた。
その際に、アポイントを取っていたのだ。
話は勿論、ドバシェック事件の事だ。
元々、俺自身は関わり合いになる気は無かったのだが、ネルとは結婚して既に身内だからな。
どんな面倒事でも首を突っ込んでやるさ。
ギルマスは、テッサリという顔に大きな傷を持ついかにも歴戦の強者っぽい厳つい風貌のおっさんだった。
元A級冒険者らしい。
はっきり言って、顔が怖い。
そしてこの男はそれだけじゃ無かった。
「さて、ブルーネル、話を聞こうか・・・
・・・初夜はどうだった?」
「は、は、はあああぁぁぁ???そそそんな事、教える訳ねえだろ!このエロオヤジが!」
「がっはっはっはっ!まさか慌てふためく『炎眼』を見れる日が来るなんてな!眼福眼福!」
只のセクハラオヤジでもあったのだ。
・・・もう帰ろっかな。
その後、テッサリが怒るネルを宥めてやっと話が始まった。
話す内容は事前にネルと口裏を合わせていた。
今回、俺が称号を剥奪された『元勇者』というのは秘密にする事にした。
なぜなら『元勇者』とはイコール『落勇者』だからだ。
俺の場合、称号自体がバグってるので厳密には『落勇者』じゃないのだが、それでも知られる事で生じるリスクを避けたのだ。
話す内容は、心を通わせる前のネルに説明した事と似ていた。
纏めるとこんな感じだ。
俺ことカガリは旅の大魔法使いであり、空飛ぶ馬車や空飛ぶ船を操って旅をしている事。
ふと冒険者になる事を思い立ち、たまたま近くにあったドバシェックの街を目指した事。
途中、魔族と龍人族との戦闘に遭遇し、魔将軍のガージャックを倒した事。
生き残った龍人族に話を聞き、魔族の罠とドラゴン達の危機を知った事。
ドバシェックに着くと、既に街の人間と引き寄せられたドラゴン達は死に絶え、龍王は魔将軍ヒットハイドの魔法陣で縛り付けられていた事。
ヒットハイドは龍王からSSS勇者の力を奪い取った事。
ヒットハイドがコンコルディアスと呼ばれるボスらしき魔族にその力を渡した事。
コンコルディアスの能力でヤツの眷属達にSSS勇者の力を共有されてしまった事。
俺と仲間達はそこでヒットハイドとネフェクティプラゾーマという2人の魔将軍を含め、多くのSSS化した魔族達を倒した事。
亡くなった街の人とドラゴンは残らずゾンビになったので、全員、俺の魔法で跡形もなく火葬にした事。
その場には六条優馬というSS勇者もいて、今話した内容の殆どを目撃している事。
「とんでもねえ話だな」
それがテッサリの感想だった。
俺はテッサリからの質問に、支障のない範囲で答えた。
俺の話を聞いてギルドがどう動くのかは知らない。
それはもう俺の範疇じゃないしな。
話した以上はもうテッサリに、つまり冒険者ギルドに丸投げで良いだろう。
最後にテッサリが、
「ブルーネルには、スピーリヒル城へ行って王様達にもこの事を伝えて貰いてえな」
そう言って来たが、俺は断った。
「もうギルマスに内容は伝えたんだ。これから先はギルドの仕事だろ?」
「けどブルーネルにはスピーリヒルとのパイプがあるしだな…」
「ダメだ。ギルドとしての報告って事で、あんたらで動いてくれ」
「・・・分かったよ。仕方ねえな」
ギルマスとの話はこれで終了した。
あとはそっちで良い様にしてくれ。
ただ、魔族とは、俺個人の動きとして、これからも戦っていく事になるだろうけどな。
でも、ギルドや国の要請で動く気は無かった。
第一、あのクソ王女が、自分がクビにしたネルの話をまともに聞くとは思えない。
俺が出て行ったとしても同じだ。
むしろ余計に話がややこしくなるだろう。
それに俺がネルについて行ったとして、俺は大人しくしていられる自信が無かった。
あの城をぶっ壊すくらいの事はやるだろうな。
ついでに、協力を仰ぎに行った筈の勇者共を半殺しにした上で刑務所へぶち込んでしまうかもしれない。
いずれ復讐はするつもりだけど、今は大切な仲間がいる。
そして妻も出来た。
後先構わず復讐って訳にはいかない事くらい、俺でも理解できるのだ。
ギルドハウスを出て、いよいよネルとは一旦お別れだ。
俺は街の防壁にあるゲートまで彼女を送った。
「じゃあ行ってくるぞ、旦那様」
「ああ。またすぐ会おうな!」
・・・名残惜しい。
俺はネルが見えなくなるまで見送った。
そして次はブラボンヌの屋敷へ行った。
そこにアールとミミが泊まっていたからだ。
それに解放した元奴隷のみんなもいる。
屋敷に入ると、アールとミミ、それに元奴隷達、更には本物と入れ替わった偽ブラと偽部下たちも総出でお出迎えされた。
「大げさだってば!」
「いえいえ、カガリ様は最早、我らが主人です。大げさな事はありませんぞ!」
そう偽ブラが言えば、元奴隷達の取りまとめを頼んでいる紅髪赤眼の美女、ミラも、
「カガリ様は私達の命の恩人です。ですので礼節を尽くすのは当然の事です!」
そんな事を言ってきた。
彼らの俺への態度は、そりゃ彼らからすれば当然の事なんだろうけど、俺にはなんだか重く感じてしまった。
だって俺はたかだか16歳の元一般庶民だぞ?
人から傅かれた経験なんてある訳ない。
≪この先、仲間が増える度に、こういうのは当たり前になっていくわよ?慣れていかないとね≫
・・・六条なら、さも当たり前みたく振る舞うんだろうな。ある意味羨ましいよ。
気を取り直して、俺は偽ブラに尋ねた。
「本物達は大人しくしてるか?」
「はい。皆に手鏡を渡しました所、美女に変身した自分に見惚れている者が多数おります。それに女性化に伴って攻撃性も薄れている様ですな。オークションに出しても問題無いでしょう」
今夜、ブラボンヌ主催の闇オークションが開かれる予定になっていた。
俺としては、そんなモノに関わりたくはない。
今のうちにこの街を出よう。
早速、俺、アール、ミミの3人で解放された60人を引率して屋敷を出た。
城壁のゲートでは門番が検問を行なっていた。
ドバシェック事件の影響だろう。
これだけの大所帯だと怪しまれそうなものだが、そこは偽ブラが俺達を引きとめないよう門番に手を回してくれていたので、なんのお咎めも無くすんなりゲートを通る事が出来た。
無事に街を出た俺達は、飛空挺を隠している林へ向かった。
飛空挺があった場所は一見、ただ草が生えているだけの空き地だったが、俺が近づくと、迷彩が解除されて飛空挺が姿を現した。
驚くみんなを促して、全員飛空挺へと乗り込んだ。
飛空挺の中は、馬車より広くなっている。
60人程度増えた所で全く問題無かった。
部屋の広さと豪華さに固まったまま動かない60人。
アールとミミが部屋の説明をしておいてくれるらしいので、任せる事にした。
俺は1人、ソファーにもたれ、ロイヤルミルクティーを飲んでいた。
「あー美味い!」
最高級茶葉と最高級ミルクを惜しげもなく使っていて、日本ではちょっと飲んだ事が無いレベルの味だった。
今ではすっかり俺のお気に入りなのだ。
しかも、以前よりも更に美味しくなっていた。
「お褒めに預かり光栄です!」
目の前のソファーテーブルからシブいオヤジの声がした。
飛空挺備え付けの全自動料理テーブルの『ザ・料理長3号』だ。
『ザ・料理長3号』は、鉱山のセーフハウスにある1号、馬車にある2号より更にバージョンアップされていた。
料理の美味しさがもう1段階アップしたのは勿論、飛空挺にある全てのテーブルが『ザ・料理長3号』と連動しているのだ。
つまり、どのテーブルからでも注文出来て、そして品物を受け取れる。
わざわざメインテーブルまでロイヤルミルクティーを取りに行く必要は無く、目の前のソファーテーブルから品物を受け取る事が出来るのだ。
・・・いや、そりゃ褒めるよ。だって最高だし!
さて、一息ついた所で・・・
俺は鉱山の偽スパを呼び出した。
「はい。カガリ様、ご用でしょうか?」
「今、そっちに向かっているからな。昨日話した、元鉱山奴隷達を集めておいてくれ」
「承知致しました」
・・・これで良し。
俺は、再び因縁の地、スチル鉱山へと向かったのである。




