82話<『元』委員長こと初瀬綾音の視点5>
王女様との舌戦、私は王女様を責め立てるが、彼女はその悉くをスルリと躱してゆく。
王女様は
『自分は善かれと思ってやった』
との主張を崩さない。
そして挙句には、
『海月君はどこかの街で穏やかに過ごしているのだから今更蒸し返すな』
などと、まるで臭いものに蓋をするかの様に、幕を引こうとさえしてきた。
でもまだ終わらせる訳にはいかない!
「海月君は契約破棄され『落勇者』となりました。『落勇者』は無意識に『匂い』を発していて、隠れ住んでいようと周囲の人にバレてしまうと授業で習いました。『落勇者の匂い』と言うそうですね?それなら、海月君は決して穏やかになど過ごせない筈です。王女様はそれを知っていて彼に契約破棄をさせたと言う事ですよね?」
「先程も言いましたが、海月様は自ら契約破棄を申し出たのです。私が意図的に破棄させたというのは初瀬様の決め付けでは?」
「しかしギボルグの証言で…」
「無礼者!!」
王女様が突然声を荒げて私の言葉を遮った。
「私を誰と心得ますか?世界に冠たる大国、スピーリヒル帝国王女、フアナ・ファルガ・スピーリヒルですよ?貴女はその私が発した言葉よりも、そこに無様な死体を晒す不埒者の世迷言を信じるというのですか?!」
「それは・・・」
部屋全体に緊張が走った。
王女はさっきまでの冷静な姿からは想像出来ない程、豹変していた。
その顔は憎悪にまみれ、私を睨みつけていたのだ。
周囲の騎士団からも強烈な殺気が放たれた。
特にラクロア・スラバント騎士団長の殺気は別格だった。
私と冷膳さんは思わず身構えた。
私達は2人共、S勇者だ。
潜在能力ではここに居る誰にも負けないだろう。
しかし、まだ基礎訓練から抜け出せてすらいない只のひよっ子なのだ。
今戦闘になれば、ラクロア団長には到底敵わないだろう。
これは・・・死んだかも・・・
そう覚悟した瞬間、王女の顔が冷静さを取り戻し、それと共に騎士団の殺気も消え去り、部屋の空気が元に戻った。
しかし、私の体中に走った緊張感はすぐには消えなかった。
王女はさっきとは打って変わった落ち着いた表情で語り出した。
「そもそも貴女達、今更、海月様の身を気遣うなど、どういう風の吹き回しですか?貴女がた勇者はこれまで散々彼を迫害してきたでしょう?・・・私は海月様に宿ったSSS勇者の称号を見たとき、これまで感じた事の無い、それはもう天よりも高い希望を海月様に見出しました」
王女は悲しげに目を閉じた。
感慨に浸っているような間が空く。
そして目を開けた時、その瞳には怒りが宿っていた。
それはさっきの憎悪に満ちた目とは違う、静かなる怒りの眼差しだった。
「しかし、貴女がた勇者が寄ってたかって彼から称号を剥奪してしまったのです。あの時、私は嫌で嫌で仕方なかったのに、勇者が決定した事には逆らえず、了承せざるを得ませんでした・・・それでも私はただ1人、海月様の味方であろうとして破損した称号の修復を試みました。しかし、彼を迫害している皆様がその事を知れば、さぞかし機嫌を損ねるだろうと思って仕方なく内密に事を進めたのです・・・そんな私の気持ちを知りもせず、今更、正義ヅラして偉そうに私を責めるなど、とても許せるものではありません。それならなぜあの時、彼の称号を剥奪したのですか?・・・貴女は言うでしょう。あれは多数決で、私は手を上げていないと・・・私からすればそのような事は関係ありません。多数決に参加した時点で貴女がたは責任を負ったのです。そして決定に従った時点で同罪になったのです・・・貴女がたに、私を責める資格はありません」
私は何も言えなくなってしまった。
明らかに王女は嘘をついているにも関わらずだ。
王女の言葉には、嘘に紛れて真実が含まれていた。
私達が海月君を地獄へ落とした、という真実を。
私はその事に責任を感じていたし、言い逃れする気は無かった。
だからこそ、反論出来なくなってしまったのだ。
しかし冷膳さんは違った。
彼女は王女の言葉に対して自分の感情をぶつけたのだ。
「アンタ何言ってんだ?!そもそも勝手にこんなロクでも無い世界に私たちを連れて来たのはアンタらだろう?!私はあの時、自分の置かれた状況が理解できなくて、頭が完全にフリーズしちまってたんだよ!六条が話を進めた時も、ロクに聞こえてなかった。全部後から教えて貰ったんだ・・・称号の確認だって三太刀が手伝ってくれたらしいんだ・・・それを後から聞いた。それに海月が酷い目に遭った事だって後で知ったんだ。確かにあの場に居たけど、頭真っ白でなにも覚えて無いんだよ!・・・でも、海月の事に関しちゃ、覚えてないじゃ済まされない。だから、今になって責任感じてんじゃねえかよ!それの何が悪い?・・・私にアンタを責める資格が無いだと?資格なんてどうでも良いんだ。私は海月に酷い事をした。そしてアンタはもっと酷い事をした。なら私もアンタも他の奴らもみーんな引っくるめて海月に罪を償わないといけないって事なんじゃないのかよ?・・・だから私は罪を認めないアンタを責めてるんだよ!」
それは冷膳さんの心からの声だった。
私には彼女の後悔と懺悔の想いは伝わった。
けれど、
「私に罪はありません」
王女は平然と言ってのけた。
さらに、
「貴女がた2人には失望しました。魔王討伐を一刻も早く成さねばならない中、そしてそれに向けて全員心を一つにせねばならない中、いつまでも居なくなった者の事ばかりをぐちぐちと。魔王討伐の意思があるのかすら疑問です。ですので2人にはクエストを与える事とします」
王女は天に向かって両手を広げると、
「勇者と契約したる聖王女フアナ・ファルガ・スピーリヒルの名により、クエスト『魔王討伐へ繋がりし試練』の発動を請求する。勇者初瀬綾音には魔族に落とされし街パルチの奪還を、勇者冷膳菜綱には魔族に落とされし街リンケルの奪還を命じる!」
すると、私の目の前に、ウインドウ画面が浮かび上がった。
そこには、
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
クエスト発生!
以下の試練を乗り越えよ。
クエスト名:
『魔族に落とされし街パルチの奪還』
内容:
魔族によって占拠されているスピーリヒル帝国の街、パルチを奪還する事。
達成条件:
パルチの街を魔族から解放した後、初瀬綾音がパルチの教会で祈りを捧げる。
成功報酬:
『聖剣パルチの光』の獲得
失敗ペナルティー:
落勇者への転落
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そう書かれていた。
隣では冷膳さんが酷く動揺していた。
「何だよクエストって!どう言う事だ?!」
彼女もおそらく私と同じウインドウ画面が現れているのだろう。
「言葉の通りです。貴女がたに魔王討伐の意思があるのかを確認致します。各々直ちに城を出発し、クエストをクリアしなさい。期待していますよ?」
王女はそう言うとニヤリと笑った。
『王女にしてやられた・・・』
クエスト内容を読む限り、失敗すれば落勇者へ転落してしまう。つまり、契約は破棄され、日本へ帰る事が出来なくなってしまうのだ。
まさかこんな奥の手があったなんて・・・これまで一切、そんな説明はされなかった。
これはまさしく勇者を思うままに動かす為の脅しではないか?
ペナルティーが『落勇者への転落』という所に深い悪意を感じた。
もはや抗議しても無駄だろう。
私は覚悟を決めた。
「分かりました。では、勇者の中から討伐メンバーの編成を行います。帝国からは騎士団員の助勢をお願いします。詳細はまとまり次第…」
しかし王女は私の言葉を遮ると、
「何を言っているのです?貴女がたは1人でそれぞれパルチとリンケルの街を奪還するのです。他の勇者を連れて行く事も、騎士団を連れて行く事も拒否します」
「そんな!私達はまだ基礎訓練段階でレベルだって低いのです!それをたった1人で戦えだなんて、死ねと言っているようなものじゃないですか?!」
「何の為のS勇者ですか?そのような弱音を吐いて、魔王討伐が成功すると思っているのですか?試練を乗り越えてこそ勇者は光り輝くのです。ここで死ぬのならそれが貴女がたの運命という事です。私が関知するところではありません」
この言葉で、王女の意図はハッキリと分かった。
『死ね』
そう言う事だった。
私達は、騎士団によって問答無用でお城から退去させられた。
準備すらさせて貰えず、まさに着の身着のままで放り出されたのだ。
冷膳さんとも引き離された。
彼女は、
「ごめんな。委員長を巻き込んじまった。生きて帰れたら、借りは返すから!」
「良いの。私はやりたい事をやっただけだから。また生きて会いましょう!」
それが別れの言葉だった。
片山さんも、隙をみて小声で言葉をかけてくれた。
「こんな事になって残念だわ。とにかく生きて頂戴。最悪『落勇者』に落ちてでも生きて。私が必ず日本に帰る方法を探し出すから!」
「ごめんなさい。片山さんもあの王女にはくれぐれも気をつけて!今までありがとう。また会いましょう!」
こうして私は、たった1人、異世界に放り出されたのだった。




