80話 <『元』委員長こと初瀬綾音の視点3>
少しだけ残酷な描写があります
早朝7時。
今日は訓練は休みだ。
訓練は日増しに激しくなるが、日本での生活に合わせて、休日は設けられていた。
場所はスピーリヒル城、広大な敷地内の一角にある古びた塔。
その近くにある井戸を私は見張っていた。
隣には片山クリスティーナさん。
彼女は私の手をギュッと握っている。
「これで・・・私の姿は見えなくなるの?」
「ええ。私のスキル『隠密』は手を繋いだ相手にも効果を及ぼすの。これで誰にも見つからず動けるわよ」
「凄いスキルね」
「でも六条には通じなかった。多分、格上の称号持ちだからだと思うけど。だからあなたがアイツを追い払ったのは本当にファインプレーよ」
そう、今は六条君が居ない。
そのアドバンテージがある間に、私達は積極的に動いているのだ。
「来たわよ」
みると、遠くから1人のクラスメイトが歩いて来た。
冷膳菜綱さんだ。
彼女の姿は・・・相変わらず、学校の制服姿だった。
なんでも、お城のメイドに頼んで、制服と全く同じ服を何着も作って貰っているらしい。
それだけ制服が気に入っている割には、胸元を大きく開けているわ、スカートの丈は物凄く短いわ、校則違反だらけだった。
私は日本に居た頃、冷膳さんとは面識らしい面識が無かった。
委員長としてクラスメイトのみんなを見ていた筈なのに恥ずかしい限りだ。
彼女を初めて意識したのは、訓練初日、六条君達がボイコットした中、一緒に残って訓練を受けた時だ。
その時は、制服の着こなしに加え、ショートヘアを金髪に染めていたり、肌を少し焼いていたり、いかにもギャルという印象で、ハッキリ言ってそれ程良い印象は受けなかった。
男子達から『2大エロス』などと呼ばれていた事も理由の1つかも知れない。
呼んでいた男子達には呆れるが、はだけた胸元や、短すぎるスカートを見る限り、そんな彼女の隙が、いかがわしい呼び名を付けられた原因だと思わざるを得なかった。
けれど、片山さんの意見は違った。
『確かに2大エロスなんて酷い呼び名よね。でも、ただエッチなイメージだけで付いた訳じゃ無いと思うわよ?』
片山さんの言う通り、冷膳さんは、もの凄く綺麗な子だった。
それこそ四大美人にも負けていない位に。
彼女は、目下、私達の同盟に誘う最有力候補者だった。
目をつけたのは片山さんだ。
冷膳さんを選んだ理由。
それは、
・海月君が称号を剥奪された多数決で、彼女は賛成に手を上げていなかった事。
・六条君達がボイコットした中、六条君に追随せず自らの意思で訓練に参加した事。
・訓練に参加した理由が『団長の心意気に惚れたから』という事。
団長は、私達が海月君1人を犠牲にした事を露骨に嫌悪し、それが原因で六条君と対立した。
そこに惚れたという所に、彼女の意思が現れているのだと片山さんは言う。
・食事中に宇土君が暴れた時、場を収める為に六条君が入って来た後、成り行きを見もせずに、すぐ部屋から出て行った事。
それらの理由に加えて、もう一つ大きな決め手があった。
それは、冷膳さんも海月君が不気味な男に連れて行かれた時の事を調べている節があったのだ。
それは片山さんが、ギボルグという男を探し当てる過程で判明した。
今はまだ『その節がある』というだけで、確証には至っていない。
けれど、もしそれが本当だったなら、冷膳さんは、確実に私達の仲間になってくれるだろう。
それを確かめる為に、冷膳さんには悪いのだけれど、策を講じて彼女の真意を探る事にしたのだ。
現れた冷膳さんが井戸の前まで来た。
「ったく、いくら人目につかないからって、こんなややっこしい場所で告るんじゃないっての!」
そう、私達は、ニセのラブレターで彼女を呼び出したのだ。
片山さん曰く、冷膳さんは、相当モテているらしく、この世界に来てからも、クラスの男子に何度か呼び出され、告白を受けていた。
片山さん曰く、自分なら呼び出しなんて鬱陶しくて殆ど行かないのだという。
しかし冷膳さんは相手からの呼び出しには必ず応じていた。
現状、全て断ってはいるのだが、断り方一つにも相手への気遣いが感じられるらしい。
なので、呼び出しには必ず応じると踏んだ。
そして案の定、姿を見せたのだ。
彼女は愚痴を続けていた。
「だいたい何でこんな朝早くなんだよ?それに呼び出しも急すぎるし。さっき手紙を見つけたばっかだぞ?もし読むのが遅れてたら間に合わなかったし。告りに来たときにちゃんと指摘してやらないとな」
呼び出しが早朝でしかも急だったのは、作戦が上手くハマるようにタイミングを合わせる必要があったからだ。
単純に仕掛けた私達の都合である。
「冷膳さん、ごめんなさい」
「謝罪は全てが終わった後にいくらでもすればいいわ」
「そうね・・・」
片山さんはクールだった。
この作戦だって殆ど片山さんの案だし。
私は冷膳さんを見た。
待ち合わせの時間は過ぎてしまった。
「はあ?信じらんない!呼びつけといてこれって、あり得ないんだけど?・・・もしかしてビビったとか?臆病ものだなあ、優しく断ってやるのにさ・・・だいたい、こんな異常な状況で恋愛なんかする気になる訳ないっしょ?うちの男子ときたらサカり過ぎだっての・・・まあ、アイツならお詫びに付き合ってやっても良いけどさ・・・ホント、どこ行ったんだよ?」
え?『お詫びに付き合う』って、『どこ行ったんだよ』って、もしかしてそれって海月君の事じゃ?
そう思った矢先、片山さんが言った。
「来たわよ」
見ると、ギボルグだ。
間違いない、あの時の男だった。
そして、冷膳さんもすぐに気付いたらしい。
当然だ。そうなる様にこの井戸を待ち合わせ場所に設定したのだから。
片山さんの調べで、ギボルグが毎日この時間にここを通る事が分かり、それをベースに作戦を立てたのだ。
もし冷膳さんがギボルグを探しているのなら、この機会を逃す筈がない。
そして探していないのなら、ギボルグに目もくれず、その場で待ち続けるか、すっぽかされたと思って帰るだろう。
これが私達の作戦だった。
そして、作戦の第1段階はクリアした。
冷膳さんはギボルグに反応して、彼を尾行し始めたのだ。
私達は、冷膳さんを尾行する。
ギボルグはそのまま、古びた塔へ入って行った。
時間を空けて冷膳さんが慎重に塔へ入って行く。
塔の中は地下へと続く階段があった。
コツ、コツ、コツ、
ギボルグが地下へと降りて行く足音が響いている。
冷膳さんは、靴を脱ぎ、足音が出ないように裸足で階段を降りて行った。
かなり深くまで階段は続いていた。
階段の底についた時、
「ぎゃあああああああああ!!」
という凄まじい絶叫が聞こえてきた。
それを聞いた冷膳さんは慎重さを捨て、声の方へ一目散に走って行った。
「マズイわね」
片山さんが慌てた。
今の絶叫はおそらく、誰かが拷問されている声だろう。
「昨夜までは誰もいなかったのに!」
そうなのだ。
私達の作戦では、冷膳さんを拷問現場に遭遇させるなんて予定は無かった。
無人の部屋に置かれた拷問器具の数々を発見させ、冷膳さんの疑いを煽る事が目的だったのだ。
なので、昨夜、事前に、拷問対象が1人も居ない事を確かめた上で作戦に及んでいた。
なのに・・・
冷膳さんは物凄いスピードで駆け抜けると、声がした部屋の扉を勢いよく蹴破った。
「てめえ何してやがる?!」
冷膳さんの声が響いた。
続いて、
「て、てめえ、何を・・・これは・・・何なんだよおおぉぉ!!」
冷膳さんの怒りにも戸惑いにも似た声が響く。
私達が追いついた時には・・・遅かった。
冷膳さんは、ギボルグへ馬乗りになって、顔を殴り続けていた。
そして、部屋の中央には、ベッドに縛り付けられた20代くらいの女性が気を失い横たわっていて・・・その指は・・・ねじ切られていた。
冷膳さんは怒りで冷静さを失っている様で、ギボルグの顔をひたすら殴り続けていた。
このままじゃマズイ!
私は、片山さんの手を振りほどいて冷膳さんを羽交い締めにして止めた。
「ダメよ冷膳さん!これ以上やったら死んじゃう!」
「委員長?は、離せよ!私はコイツをボコらないと気が済まないんだ!」
「もう充分でしょ?とにかく冷静になって!今この男を殺したら何も聞き出せなくなるから!」
それを聞いて冷膳さんは何とか気を鎮めてくれた。
「何で・・・委員長がここに?」
しまった・・・私も何も考えず飛び出してしまっていた。
「お、お散歩していたら、冷膳さんがこの塔に入るのを見かけて・・・」
咄嗟の嘘だけれど、冷膳さんは信じたようだった。
「そうか・・・私も何がなんだかさっぱりなんだけどさ・・・コイツ、あの時、海月を攫って行った奴なんだよ」
「あの時、海月君を?」
「ああ、委員長も見てただろ?あの訓練初日、海月は遠くに居て、一度は私達の方へ向かって来たんだ・・・でも、コイツが何か声をかけて、2人して遠ざかって行った。この不気味な顔は・・・忘れる筈がない、あの時の奴だ!」
冷膳さんは怒りに満ちた目でギボルグを睨んでいた。
私は、全身が熱くなっていた。
そして思わず出そうになる涙を必死に堪えた。
やはり、冷膳さんは、海月君の手がかりを探すためにこの男を探していたのだ。




