53話 <ドバシェックの陰謀1>
カガリ達が、目的地の街ドバシェックに到着するよりも数日前・・・
この街には異変が起こり始めていた。
その日の早朝から街の人々が次々と倒れ始めたのだ。
初めは少数だった。
しかし、時間を追うごとにその数はうなぎ登りに膨れ上がって行った。
ドバシェックは国境沿いの大都市だ。
その人口は5万人にのぼる。
しかしその日の夜には、実に5万人全員が倒れてしまったのだ。
あまりにも被害の進行が早過ぎた。
倒れた人達は、急に力が抜けてその場から動けなくなる。そして、徐々に生気が失われていき、最終的には命を失ってしまうのだ。
真夜中になった。
街は家の明かりも街灯も領主の屋敷の篝火も何もなく、その真っ暗闇をただ月明かりが照らすだけだった。
文字通りゴーストタウンと化したこの街に、足を踏み入れた集団があった。
魔族である。
「ヒットハイド様、うまく行きましたな」
ヒットハイドと呼ばれた男はニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
「長い時間をかけて仕掛けを施したのだ。我が大魔法陣に抜かりは無い。あとは獲物を誘き出すのみだ。いよいよだ。いよいよ我が君の悲願は近くなった。皆の者、ぬかるでないぞ?」
「ははっ!」
部下達は、ヒットハイドへ頭を下げると、それぞれ持ち場へ散って行った。
1人残されたヒットハイドは満足げに呟いた。
「この街に住む5万の人間共、その命を残らず食らいつくした時、この大魔法陣の第1段階は完了する。その瞬間があと一歩にまで迫って来た」
夜が明けた時、ついに5万人の市民の命は残らず潰えてしまった。
彼等の命は、魔将軍ヒットハイドがこの街全体に施した大魔法陣を起動させる為の糧となったのだ。
街の中心にある何の変哲も無い家。
その中にヒットハイドはいた。
目の前のテーブルには、カゴが置いてあり、その中には、小さなドラゴンがスヤスヤと眠っていた。
「ふん、間抜けな龍王め、貴様の奔放さがドラゴンの破滅を招く事になるとは思ってもいまい」
この小さなドラゴンは、龍王ヴァルグリッドの子供である。
しかし、正妻との子供では無い。
ヴァルグリッドが旅の途中に出会った行きずりのドラゴンとの間の子供である。
ヴァルグリッドは一晩過ごした後、飛び立ったので、その後、彼女が身籠り、女の子を産んだ事は知らない。
もしもこれが男の子であったならば、跡継ぎ候補として、ヴァルグリッドの耳に入れるのが掟なのだが、女の子の場合は、母ドラゴンの裁量によって、龍王に告げられない場合もある。
この赤ん坊の場合は告げられなかった。
それがまさか運命の分かれ道になるとは、誰にも予想は出来なかっただろう。
不幸な事に、この情報をある男が知ってしまったのだ。
魔将軍、ヒットハイドである。
ヒットハイドは、長年計画を進めて来た罠を実現させる為に、ヴァルグリッドの行動を追っていたのだ。
この母娘はその過程で目をつけられてしまった。
そしてヒットハイドは遂に長年の計画を実行する事になる。
きっかけは、スピーリヒル城に潜入させているスパイから、帝国が勇者召喚を行ったという情報がもたらされた事に始まる。
時は満ちた。
そこでヒットハイドが兼ねて目を付けていたドラゴンの赤ん坊が人質に使われる事になった。
龍王ヴァルグリッドの娘、つまり王族ならば『龍召声』が使えるからだ。
ヒットハイドは、山奥でひっそりと暮らす母ドラゴンを不意打ちで殺し、赤ん坊を奪った。
その場で泣かれるのは都合が悪いので、睡眠魔法を使い眠らせたままここまで運んできたのだ。
ヒットハイドがスッと赤ん坊へ手をかざすと、赤ん坊は目を覚ました。
赤ん坊が周りを見回すが母親はいない。
しかも目の前のヒットハイドは、赤ん坊にとってあまりにも邪悪に見えた。
命の危険を感じる程に。
そして・・・
おぎゃああああああ!!!
猛烈な勢いで泣き出したのである。
その声には『龍召声』と呼ばれる、ドラゴンの王族のみが発する事の出来る特殊な音波が含まれていた。
この声は、ドラゴンの王族が、眷属である全てのドラゴン対して招集を命令する声なのだ。
しかも今、赤ん坊が発しているのは、命の危機を伝える、特に緊急性の高いものだった。
これを聞いたドラゴンは、我を忘れて声のする方向へ飛び立ち、声の主を助けに行くのだ。
眷属の中でも位の高いドラゴンや、王族に類するドラゴンは、我を忘れる所まではいかないのだが、それでも助けに向かう事に変わりはない。
そしてドラゴンの血が薄い龍人族やハーフドラゴンにも、効き目こそ薄くはなるが、やはり影響を与えた。
彼等も、我を忘れる事こそ無いが、声の主を助けに行くという衝動が抑えられなくなるのだ。
ヒットハイドは、同志である魔将軍のガージャックに依頼して、この声をより広範囲に広める為、拡声石をばら撒かせた。
ガージャックは自分の部下達と手分けして石を撒く為に飛び立って行った。
「そのうち、ドラゴン達が全国各地から押し寄せて来るであろう。その時こそ、我が大魔法陣の第2段階が発動する時だ」
拡声石によって龍召声が広範囲に広がりつつあった頃、街にドラゴンの第1陣が飛来し始めた。
ドラゴン達は、赤ん坊を取り戻そうと、躊躇なく街へ乱入し暴れ回った。
・・・が、すぐに体が何かに縛られた様に動けなくなり、次々と沈黙していった。
それでもどんどん街へ突撃してくるドラゴン達。
その勢いは止まらなかった。
そしてその全てが、街へ入ってすぐに動けなくなっていった。
それは、第2陣、第3陣、第4陣と、次から次へと続いていった。
そしてドラゴン達の命を次々と食らい尽くしていったのだ。
これがヒットハイドが仕掛けた大魔法陣の第2段階である。
まず、人間の命を吸って魔法陣を本格起動させる。
命を吸うごとに、魔法陣の効果はブーストされ、最終的に5万人の命を吸い尽くした。
これが第1段階。
次に、襲い来るドラゴン達を縛りつけ、命を食らい尽くす第2段階へと突入。
ドラゴンはその1匹1匹が人間の比ではない強さと生命力を持っているので、縛り付けるのは至難の業だ。
しかし、弱い人間とはいえ、5万人もの命となれば、それは計り知れない力となる。
その力の前では、例えドラゴンといえども罠からは逃れられなかったのだ。
ドラゴンは次々と命を吸われていった。
そしてドラゴンの膨大な生命力を食らって、大魔法陣は更に強力なものへと進化してゆく。
なので後から街へ飛び込んだドラゴン達は、そのブーストされた力によって、あっという間に命を食われて行ったのである。
数日後、大量のドラゴンの命を食らい尽くした頃、遂に、目的の大本命、龍王ヴァルグリッドが姿を現した。
絶好のタイミングだ。
実は、ヴァルグリッドが現れるタイミングも計算されていた。
ヒットハイドは、さらに同志の1人である魔将軍、ベズブブズス率いる魔王軍1万に、ヴァルグリッドの住処を攻めさせていたのだ。
ヴァルグリッドは圧倒的な力を持つ為、ベズブブズス程度では全く歯が立たないのだが、元々、足止めの為の攻撃だったので、挑発しては守備を固め、また挑発しては再び守備を固めるという風に、時間稼ぎに特化した戦いを行う事によって、充分な時間を稼いだのである。
ベズブブズスと軍勢1万は、最終的にヴァルグリッドによって壊滅させられたのだが、それは計算通りだった。
ベズブブズスは命を捨てて役目を果たしたのである。
姿を表したヴァルグリッドは、ドバシェックの街を覆い尽くす程の巨体であった。
しかしそれでも、5万人の人間と、3千匹のドラゴンの命でブーストされた大魔法陣の前には手も足も出ず、街へ降り立った瞬間に、ヴァルグリッドは大魔法陣によって拘束されてしまった。
遂に大魔法陣の第3段階、龍王を捉える為の仕掛けが発動したのだ。
「う、うぐぐぐぐぐっ!」
龍王は全力でもがくが、大魔法陣による縛りはビクともしなかった。
それでも流石は龍王、動け無くなっても、生命力を奪われる事は防いでいた。
「うぐぐぐ・・・この程度で最古の龍王たる俺様を殺れると・・・思ってやがるのかよ!」
次の瞬間、ヴァルグリッドの体が金色に光り出した。
「うおおおおおおおおおりゃあああああああ!!」
ヴァルグリッドは自らの力を爆発的にブーストして縛りを破った。
しかし・・・何かがおかしい。
その様子を見ていたヒットハイドは、満面の笑みで不気味な高笑いをはじめた。
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!・・・遂に、遂に罠に掛かったな、間抜けな龍王よ!これで、これで我等の悲願が達成されるぞ!!」
ヴァルグリッドがブーストしたのは金色の力、それは、カガリから奪ったSSS勇者の力だった。
この力は、とんでもないパワーを龍王にもたらしたが、あくまで他人の力であって力の性質が龍王の物とは根本的に違っていた。
人間の、しかも勇者の性質を持つ力なのだ。
ヒットハイドはそこに目を付けた。
長年に渡り研究を重ね、この勇者の力を操る事に成功した。
その技術を、魔法陣の中に組み込んでいたのだ。
それによって、ヴァルグリッドがブーストした金色の力は、そっくりそのまま、魔法陣を強化する側の力に反転してしまったのだ。
「うぐぐっ!」
金色の力による逆ブーストによって大魔法陣は究極の域にまでその力を高めた。
ヴァルグリッドを縛る力が一気に高まり、今まで防いでいた生命力の流出も始まってしまった。
ヴァルグリッドが金色の力を消そうとしても、一度暴走したSSSの力はヴァルグリッドのコントロールを受け付けなかった。
ヴァルグリッドから流れ出す生命力もどんどん加速していった。
こうなるともはやジリ貧だ。
いずれヴァルグリッドは力尽きる。
ヴァルグリッドの決断は早かった。
「うぐおおおおおおおおおおお!!」
ヴァルグリッドは絶叫すると、その口から光る玉を吐き出した。
光る玉はヴァルグリッドの口からある程度離れると、その輝きを失った。
無理矢理ヴァルグリッドとの力の連結を引きちぎる事で、金色の力の暴走を強制的に停止させたのだ。
その瞬間、ガクン!と、魔法陣の威力は弱まり、ヴァルグリッドから生命力の流出が止まった。
しかし、ヴァルグリッドにとってはただ振り出しに戻っただけで動けない事には変わりなかった。
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!・・・遂に手放したか、勇者の力を!この瞬間をどれだけ待った事か!・・・貴様は勇者召喚の度に勇者の力の一部を奪い取って来た。毎度毎度、同じ事の繰り返しゆえ、計画も立てやすかったぞ!しかも今回はなんとSSS勇者の力をそっくりそのまま奪い取ったと言うではないか!これは愉快!これは通快!間抜けな龍王が我等の悲願を最高の形でアシストしてくれるとはなあ!!」
「うぐぐ・・・それが・・・目当てだったのかよ・・・」




