275話 覚悟を決めろ俺!オイ!
「綾音!その手を離せ!」
俺はそう言うしか無かった。
・・・ゴメン。俺は君を助けに行けないんだ・・・・・
AIは俺の苦悩なんてどこ吹く風で、綾音に構うそぶりなど微塵も見せずに三太刀と激戦を繰り広げている。
穴の中から綾音の返事が聞こえた。
「ダメよ!天堂さんを・・・助けないと!」
「もういい!離すんだ!お前が引きずりこまれるぞ!」
「絶対・・・ダメ!!」
・・・クソ!助けに行きたいのに・・・・・
自由にならないこの身がもどかしくて気が変になりそうだった。
追いついた真村が綾音の腰を掴んだ。
「うううっ!」
必死に引っ張り上げようとしている。
真村だってDランクといえど勇者に変わりはない。
その力は尋常ではない筈だが・・・ビクともしていなかった。
「海月君!手を貸して!私だけじゃ引っ張り出せない!綾音がどんどん引き込まれるんだよ!!」
・・・分かってる!分かってるんだよ!
ギリリ・・・
歯を食いしばり過ぎて歯茎から血が流れ出た。
三太刀の頭上に浮かぶ四重の堕聖輪・・・その一番上の輪がチカチカと点滅していた。
夜の暗がりの中で黒い輪郭が消えたり現れたりしているのだ。
分かりにくい事この上ないが、それは確かに点滅していた。
それと連動するかのように、三太刀の強さにもかなりのムラがあった。
本気になったナノマシン服を前に、優勢になったり互角になったり防戦一方になったり・・・
だが防戦一方の時でも、折れた刀と脇差の二刀流を駆使して、俺の攻撃をなんとか凌ぎきっていた。
これじゃ埒があかない。
・・・もういい!三太刀の事は諦めろ!それより綾音達を助けるんだ!・・・頼む!助けてくれ!!
俺はピクリとも反応しないナノマシン服に哀願し続けた。
なんでこんな事になっちまった?
『見斬り』は100回に1度、そして『一刀両断』に至っては10回に1度。
それが俺の纏っている最硬度のバリアが破られる可能性だ。
かなり高い確率と言えるだろう。
ナノマシン服が、俺を殺せるだけの力を秘めた三太刀葵をここで確実に抹殺したい気持ちは分かる。
まあ実際、あの大技を10回も食らう事はあり得ないけどな。
ナノマシン服のスペックならば躱すのはさほど難しくない。
今だって三太刀が放った2発とも食らわなかった。
危険があるのはむしろ『見斬り』のほうだ。
この不可視の斬撃は回避が難しい。
まだ100回には達していないものの、既に何発も食らっている。
しかも1度に放てるのは10発。
今はその全てを俺に集中砲火していた。
70%はなんとか回避出来ているが、再発射までのクールタイムが短いので、すぐに次弾が飛んでくる。
バリアが突破されるのは時間の問題だろう。
しかもバリアの二重、三重掛けは構造上できないらしい。
重ねる事でバリア間に『マイナスの共鳴』が起きてかえって弱体化してしまうのだ。
そんな絶望的な状況でも、ナノマシン服は三太刀から逃げだそうとはしなかった。
理由は、今の俺がダミーの体だからだ。
大事なのは俺の本体のみ。
今の体が殺されてもAIには痛くもかゆくもない。
それどころか、この体を捨て駒にして、将来的に俺の本体を殺し得る力を持つ三太刀を今ここで抹殺してしまう。
それがナノマシン服の意思であった。
三太刀葵は、まだ数値化されていない新手のSSS魔将軍や親玉のコンコルディアス、そして特殊な存在過ぎて判断不能なラクロア・スラバントなどよりも遥かに優先度の高い抹殺対象になってしまったのだ
・・・頼む!三太刀は放っておいて綾音達を助けに行ってくれ!!
体じゅうの骨や筋肉が凄まじい悲鳴を上げていた。
レベル15000のフルパワーで足掻き続けているからだ。
・・・アール!頼む!言う事を聞かせてくれ!
≪ごめんなさい。AIは評議会の意思を最優先にしているの。その意思に従った上での緊急フェイズなのよ。こうなったら私の命令も受け付けないわ。人間の私なら幾らでも解釈を都合良く変えられるけど、AIに融通なんて存在しないから。今はカガリの命が何よりも優先されているのよ≫
・・・にしてもこれはやり過ぎだろ!せめて綾音達を助けてくれ!
≪無理よ。言ったでしょ?カガリの命が何よりも優先だって。三太刀葵が不意打ちや意味不明な力じゃなく『直接的な攻撃力』で、そうさせるに足る可能性を示してしまったの。こうなったらもう、三太刀を殺すまでナノマシン服は暴走を続けるわ≫
・・・そんな事情なんて知るかよ!
俺はかろうじて自由になる顔と首を動かして綾音達を見た。
綾音の体はさっきより更に次元の穴へ引きずりこまれており、腰を掴む真村の腕も穴へ入りつつあった。
「カーくん・・・」
「海月君!早く!!」
「綾音、真村、すまん!もう少しだけ頑張ってくれ!!」
・・・くそっ!動けよ!!助けに行かせてくれよ!!!
戦いはナノマシン服が徐々に優勢になっていた。
いくら強かろうと力が不安定な三太刀よりも、安定して最強であるナノマシン服の方が優位に立ち始めたのだ。
三太刀は防戦しながら、しきりに次元に穴を開けて逃げようとしているが、ナノマシン服が何度もそれを阻止していた。
だが決定打までには至らない。
しかも『見斬り』でバリアが破られ逆転負けする可能性も常に秘めているのだ。
結局、決着はつかなかった。
膠着状態の中・・・
堕聖輪が三重に減る度、三太刀は辛うじて本来の意思を取り戻し始めていた。
「海月・・・くん・・・お願い・・・私がこの力を抑えているうちに・・・みんなを・・・助けて」
無表情で感情の見えない三太刀の顔。
その中で唯一、片目だけが光を帯びて俺に訴えかけ、無理やり歪めた口が微かに言葉を紡ぐ。
・・・三太刀の心はまだ生きてる!
絶望的な状況の中、暗闇に灯るほんの僅かな希望だった。
「分かってるさ!絶対なんとかしてやる・・・三太刀、お前の事もな!」
そう強がった。
でも今はとにかく、綾音達をなんとかする事が最優先だ。
三人はもはや穴に飲み込まれる寸前。
一刻を争うのだ。
・・・アール!ランサムでもレッドアイズでも誰でも良い!こっちへ送って綾音達を助けてくれ!そして俺の暴走を止めてくれ!!
≪ランサムもレッドアイズもみんなAIに変わり無いわ。そっちへ送れば緊急フェイズに移行するだけよ!綾音達を放ったらかしで真っ先に三太刀を殺しにかかるわよ≫
・・・じゃあアールが来てくれよ!
≪私の体だってナノマシン集合体なのよ?私の意思で動いてはいるけど制御はAIがやっているの。結局、同じなのよ・・・≫
希望の糸がプツッと切れる音がした。
目の前に助けたい人がいるのに何も出来ないなんて・・・
最早、綾音は足だけになり、真村の上半身も穴に隠れてしまっていた。
このまま落ちてしまえば、みすみす三人をどことも知れない敵の拠点へ行かせる事になる。
そこにはさっき取り逃がした賀港が待ち構えているだろう。
バリアで守られていても、あの婆さんにかかればいくらでも切り崩されそうだ。
天堂の意識を呼び戻して、ワザと彼女の心を壊す為に酷い言葉を浴びせるかもしれない。
もしくは、天堂からの信頼を利用して上手く言いくるめ、人質に取ってしまう事だってあり得る。
そうなれば綾音は何も出来なくなる。
命すら差し出すかもしれない。
綾音が死ねば、真村だっておめおめと自分だけ生きてはいないだろう。
・・・そんな事は絶対にさせない!
俺は覚悟を決めた。
・・・聞け!ナノマシン服!お前が俺の命を優先して俺の命令を無視するなら、俺はお前が後生大事に守っているこの命を捨ててでも、お前に命令を聞かせてやるからな!!
心でそう訴えかける。
そして俺は・・・・・
自らの舌を噛みちぎった。
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