7:異見・危険な実験
「なるほど、分かった。報告ありがとう。」
マニーからの報告を受け終えて、レイカーは通信を切った。
「議長、あの男を何故、バルカーノなどに任せておくのですか? 」
「Ms.リー。君は秘書官としては優秀なのだが観察力に欠けるな。バルカーノの発想は我々の常識の範疇の外にある。桐生君の持つ未知の技術を研究するには、変わったアプローチが必要だろう。それに大型の虫を一撃で倒すような相手を拘束出来るような施設も無い。今、彼を敵に回すのは得策ではないのだよ。」
リーは無言で無表情に一礼すると議長室を出ていった。
「フッ、技術者としては桐生君の腕輪は興味深いのだろうな。だが、政を興味本位で行う訳にはいかんのだよ。」
自嘲するようにレイカーは呟いた。そして立ち上がると内ポケットから黒い機械を取り出し、何やらスイッチを押した。
「だが、実験は続けさせてもらうよ。桐生… 君。」
レイカーは普段、他人には見せない怪しげな笑みを浮かべた。
「議長っ! サンプル捕獲してあった蜘蛛が脱走しましたっ! 」
「慌てるな。捕獲隊と追撃隊を編成。それから念のためバルカーノにも連絡を。場合によっては桐生君に出撃をお願いします。」
レイカーの命はただちに実行された。誰からも反問も反目も反論もない。レイカーは圧倒的な国民の支持と絶対的な議会支持に支えられた絶大な権力を持っていた。議会制政治の中で有権者の支持率の高さは安定統治に必要だった。者によっては依存、者によっては信頼。理由はどうあれ、今の支持率のレイカーに反旗を翻す勇気のある者はいなかった。通信を切るとレイカーも身仕度を始めた。
「実験結果をたまには自分の目で見ておかないと… 私もまだ研究者の血が騒ぐのかな。」
***
「桐生君、レイカーから虫退治の依頼なんだが、どうするかね? 」
議会からの通信を切ると、バルカーノは面倒臭そうに桐生に声を掛けた。
「バルカーノ、正確に伝えなさい。議会からは、念のため準備をして欲しいって言ってたでしょ。」
マニーが呆れたように訂正を入れた。
「結果的には同じだろ? レイカーの事だ、一番効率的な桐生君に任せようとするに決まっている。だが、彼は研究をさせてくれる客人だ。被験者ではない。よって選択権は彼に有ると考える。」
マニーはバルカーノがマニーの事は居候扱いなのに桐生を客人と呼んだのが意外だった。マニーが勝手についてきたのだから、仕方のない部分はあるのだが。
「いや、やりますよ。どんな虫ですか? 」
桐生の返答を聞いてバルカーノは、やはり、という顔をした。
「だろうな。」
「え? 」
「レイカーの事だ。桐生君が引き受けるのも見越している筈だよ。」
桐生も見透かされているのは面白くないが、レイカーは云わば桐生にとってのクライアントでもある。見返りは求めない投資だと言われたが、何もしないのも気が引ける。
「議会からの連絡によると今、隣村に巣を作ろうとしてるみたいね。」
「巣? 」
「今回の相手は蜘蛛よ。蜘蛛の巣に捕らわれないようにね。」
マニーの忠告に虫、マルウェアときての蜘蛛の巣に桐生も何だかなとは思ったが、この世界のどんな兵器より自分が戦う事が効率的であるのなら、それも仕方ないと覚悟した。
「ブリギッテ、隣村まで案内を頼めるかな? 」
「はいっ! 先生、行ってきますっ! 」
ブリギッテは張り切って桐生と出掛けて行った。
「わ、私も彼の戦闘記録を取るから、行ってくるわね。」
そう言うとマニーも慌てて後を追った。秘密を握られていると思っている桐生から、出来るだけ目を離したくないのが本音だが。
「戦闘記録ねぇ… 。後で彼の腕輪に尋ねた方が正確なデータが得られると思うのだけどね。」
三人を送り出すとバルカーノは一人、自分の部屋に戻っていった。三人はバルカーノの造った大型武装車に乗り込むと桐生が運転し、道順はブリギッテがナビゲートした。
「こんな変な構造の車を普通に運転するなんて、やっぱり変態としか思えない。」
巧みに大型武装車を運転する桐生を見て、マニーは呆れるやら、感心するやら忙しい。桐生にとっては普通のマニュアル車なのだが。きっと、この世界の車に桐生が乗ったら変な構造だと思うかもしれない。
「二人とも、車から出るなよっ! 機装、天鎧っ! 」
桐生は大型武装車から飛び出すと同時に天鎧を纏った。まるで変身の掛け声のようだが機装天鎧はノゥレッジに対する天鎧を転送するための命令文である。毎回、天鎧を纏う度に音声入力する仕様にしたのは失敗だったと桐生は後悔していた。
「ノゥレッジ。転送、フロードっ! 」
『フロード、転送します。』
フロードとはフローティング・ボードの略称であり造語である。板状の浮遊システムに立って載る。サーフボードよりは小さく、スノーボードやスケートボードよりは大きい。そのフロードに立つと蜘蛛の巣の上に乗った。フロード自体が浮いているため蜘蛛の糸の粘着性を気にする必要はない。
「さぁて、蜘蛛の巣サーフィンといきますかっ! 」