4:規則・光速それを拘束
「それで、ついて来ちゃったんだ? 」
マニーを困り顔で見ながらバルカーノがぼやくように言った。
「まさか、研究費の実態が家の修繕費用とはね。確かに、その名目じゃ借りられないからって、詐欺よね? 」
呆れたようにマニーも返す。
「いや、詐欺じゃないさ。君も見たんだろ、桐生の腕輪の凄さを。あれは研究対象として申し分ないと思うけどな。」
「うっ… そ、それは認めるわ。ちょっと電信借りるわよ。」
マニーは徐に通信機を取ると話し始めた。
「あぁ、国立機械研究所? そう、私。マニーよ。バルカーノの所に着いたんだけど、早速やらかしちゃって。分かったわよ。始末書なんて何枚でも書くから。早いところ研究所の修繕班を寄越して。大至急よ。」
「ほぅ。珍しく協力的じゃないか? 何か桐生に弱みでも握られたかい? 」
「そ、そんな訳ないでしょっ! わ、私に弱みなんて、あるわけないでしょっ! 私はあの腕輪の研究がしたいだけよっ! 」
分かり易過ぎる態度だが、バルカーノは敢えて突っ込まなかった。返済の先延ばしや追加貸付など利用出来そうだと考えていた。暫くすると修繕班がやって来た。
「マニーさんがやらかしたって聞いたんすけど、これ中からじゃなくて外からっすよね? 破損の具合からして虫っすか? 」
「そ、そうね。」
現場を見ていないマニーには説明のしようがない。幸いなのは桐生の運転が上手かった所為で壊れた箇所がマニーが来る前か後かバレなかったところか。
「いやぁ、何をどうしたのか知らないが、彼女の実験が虫を引き寄せてしまってね。」
こうなれば、バルカーノは徹底的にマニーの所為にするつもりだ。上手くいけば研究費とは別に修繕費用がふんだくれると思っている。
「取り敢えず、応急修理はしましたけど、ちゃんとした研究するなら本格的にやらないと老朽化も進んでるし、一部腐食もしてるっすよ。」
「あぁ~分かった。徹底的に修繕… いえ、改築よ。今回の研究には、グリシア(と私)の未来が掛かってると言って過言じゃないの。宜しくね。」
「は、はい… じゃまた明日。」
今日のところは修繕班も帰っていった。
「しかし、グリシアの未来とは大きく出たな? 」
バルカーノは、そんな大事とは捉えていなかった。
「何言ってるの? あの光の速さで現れる鎧と武器は一企業の秘密にしておいていいものじゃないわ。この国の人たちが虫に怯えずに生活できるのよっ! 」
マニーの鼻息は荒いが正確には機装に掛かるのは千分の一秒。光なら300㎞は進む。この設定を作った桐生からすれば物差しで時間を測るように聞こえた。勿論、速さを強調したいのは分かるのだが。
「取り敢えず、規則としては、桐生とあの腕輪がグリシアにとって安全である事も証明しなきゃいけないの。そうしないと司法庁に拘束される事になっちゃうのよ。」
「なんか必死だねぇ? 」
「そりゃそうよ。桐生が拘束されたら私の… じゃない、私が研究出来なくなるじゃない。」
実際問題として桐生がこの国にとって安全である事を証明しないといけないのは理解出来た。街の中で天鎧を使ってしまった以上、他に単独で大型の虫に対応する術を持たない世界では虫以上の脅威になりかねない。ここは今後の自分の為にもある程度、協力はした方がいいとは思った。問題はノゥレッジについて桐生は設定を作っただけで設計をした訳ではない。つまり構造については説明のしようがないのだ。
「… 今日のところは研究施設も使えない事だし、ゆっくりしようじゃないか。」
「私、買い物に行ってきます。桐生さん、虫が出るといけないので、一緒に来て貰えますか? 」
ブリギッテとしては、二度も大型の虫に遭遇してしまったので不安なのだろう。
「なら、私も行くわ。自分の食費ぐらい、出すわよ。」
マニーも立ち上がった。
「あ、助かります。人数が倍になったんで、遣り繰りどうしようかと思ってたんですよ。」
「はぁ… なんで、あなたみたいな娘がついていて借金まみれになるかな? 桐生さんと二人で研究所来ない? お給料もちゃんと貰ってないんでしよ? 」
「私、研究員じゃなくて弟子なんで。」
ブリギッテは当たり前のように答えた。
「この時代に師弟制度なんて流行らないでしょ? 生活費の代わりに身の回りの世話させられて碌に技術も教えてくれないんじゃ、まるで家政婦じゃない? 」
「でも、先生は他とは違う独創性が在って、先生でないと学べない事も多いと思うんです。」
呆れているマニーにブリギッテは笑顔で答えた。
「そうそう。さすが私の弟子だ、いい事を言う。既存の改良だけでは新しい物は生まれない。それは桐生を見ても分かるだろ? 」
「桐生は分かるけど、あなたのはただの変態発想。あの車だって桐生さんがたまたま運転出来たから良さが出たけど、一般人が扱えないような代物じゃ、皆の役に立たないでしょ? 」
「試作品とは、そういう物だろう? いくらデザインを発表してもモックでは絵に描いたパンも同然だ。」
これは開発者としての二人の認識の違いなのだろう。