30:レイカーからの遺言
「あらあら、逃げ足の早い。そんな1分、2分でドカンといく代物の訳、無いのに。あのレイカーが、わざわざ残した遺言が人目に触れないうちに消し飛ぶような仕掛け、作るわけ、ないでしょ。」
そう言いながらマニーは再生ボタンを押した。
【おやおや、この映像が再生されているって事は私は敗北したようだね。バルカーノ、マニー、それに桐生君。君たちの勝利だ。おめでとう。同然、ここの起爆装置も解除するつもりだろうね? 一応、私の研究成果を負の遺産として消し飛ばすだけの火薬量は仕掛けたつもりだ。下手にデータ消去しても桐生君ならサルベージしそうだからね。お願いなんだが、起爆解除が出来てしまったら代わりに私の研究を処分してもらえないかな? 私は今でも世界中の人類が1つに纏まる為には目に見える共通の敵が必要だと思っている。だが、それを否定した君たちが勝ち残ったという事は、世界がそちらを望んでいたのかもしれないな。私の方法以外で人と人が争わない世界が築けるか、この眼で検証出来ないのが非常に残念だ。それと桐生君の腕輪。あれも解析しきれなかった。あの物質を転送する理論だけでも解明できていれば違う結果になっていたかもしれないんだが… 全てはタラレバだ。私の資産はバルカーノとマニーと桐生君で分けてくれたまえ。物事を正しく理解しようともしないグリシア評議会に渡すのは宝の持ち腐れ。君たちの方が有意義に使ってくれるだろ? あまり長々と話していると起爆解除の時間が無くなるから、この辺でさよならするとしよう。】
ここで画像は消えた。再生を終えようとしたマニーの手をバルカーノが止めた。そのまま30秒ほどして再び音声だけが流れ始めた。
【ここまで聞いていると云う事は起爆装置を解除してようだね。どうやって、この短時間で私の遺作ロジックを解いたのかは知らないが、コウガ・キリュウ。つくづく忌々しい男だよ、君は。】
そして今度こそ音声も終了した。
「何、今の? 」
「遺言を聞かせるだけ聞かせて我々を片づけるつもりだったんだろう。マニーの言うとおり残したファイルは目的の相手に見せたい。だが、その相手とはレイカーにとっては自分の仇という事になる。だから、再生が一端終了してから十数秒後には爆発するようになっていた。」
マニーの疑問にバルカーノは淡々と答えた。
「な、何それ!? 」
「でもレイカーは桐生君が解除するところまで読んで音声を残していた訳だ。」
「何かレイカーの掌の上みたいで面白くないわね。」
マニーも自分で幕引きまでを想定していてのはレイカーらしいとも思った。その後、レイカー自身は国際的反逆者であり狂気の科学者として反レイカー派を自称する評議会議員たちによって本人死亡のまま弾劾された。その私財については国家が没収しそうなものだがレイカーの遺言通りに履行された。1つは表向き、人型昆虫や機生虫や機甲虫の製作で資金を使い果たしていたという事、もう1つはレイカーの研究結果が評議会には難解過ぎた事である。それでも表向きは研究資料及び施設についてはグリシア評議会が預かり、その管理をグリシア評議会新議長のマニー・ハーデッドとグリシア国立機械研究所新所長のバルカーノ・ハーデッドが引き受ける事になった。
「それじゃマニーさん… じゃなかった、マニー議長。不束な先生ですが、宜しくお願いしますね。」
深々とブリギッテが頭を下げるとマニーの横でバルカーノが頭を掻いていた。
(マニー、補正やめたのか? )
マニーのスタイルを見てこっそり桐生が声を掛けた。
(そりゃ3ヶ月って言われたら、あんなに締め付けておくわけ、いかないもの。)
言われてから桐生はマニーのお腹に視線を落とした。
(3ヶ月前って言うと… )
「ンなもん、計算すんじゃないっ! 」
思わずマニーが大声を出したものだからブリギッテが驚いてしまった。
「ど、どうしたんですか? 」
「な、何でもないわ。それより、本当にこんなデリカシーの無い男と出発するの? 貴女なら研究所職員でも評議会議長秘書官でも雇うわよ? 桐生だって、その腕輪ごと居なくなるのは惜しいわ。何とか置いていけないの? 」
「俺は腕輪のオマケか? 」
「うん。私は研究対象にしか興味無いの。」
ここまでハッキリ断言されると笑うしかない。
「まぁ、資金難になったら連絡ちょうだい。この世界を救った英雄として、格安の超低金利で貸し付けてあげるわよ。」
「そこは無償提供じゃないのか? 」
「そりゃそうよ。国民の血税をホイホイあげる訳、いかないでしょ。それで、何処に行くの? 」
ちゃんと、この国の元首として自覚しているようで桐生も安心した。
「最初は隣のイズミールからだ。スミュルナ公国のフェルト太子からも呼ばれてるしな。」
「そう… 。世界中で活躍する事を祈ってるわ。」
「あんまり俺が活躍しない方が平和じゃないのか? 」
「・・・それもそうね。」
桐生の言葉にマニーも納得した。
「行くぞ、ブリギッテ。」
「ハイっ! 」
「機装、天鎧っ! ノゥレッジ、飛竜転送っ! 」
『飛竜、転送します。』
桐生の足元に幾何学模様が現れると、一度頭の高さまで上がり、再び足元まで降りた。時間にして千分の一秒。肉眼で捉えられるものでは無いが、その間に桐生の周囲は一度、デジタイズされ、グリーンメタルのドラゴンを彷彿させる鎧と成った。そしてブリギッテと共に飛竜に乗り込むと、あっという間に飛び去って行った。
「行っちゃったわね。」
「あの速度なら、この星の裏側からでも半日あれば帰ってこれるだろ。」
「それ言ったら旅立った感が無いでしょ。でも、まぁ… 次に帰って来るのは、この子が生まれた頃かしらね。」
マニーはお腹を擦りながら飛竜の飛び去った空を見上げていた。




