28:機麟Mk-Ⅱ
「お待ちください。そんな小さな機体で、どうなさるつもりですか? 」
レイカーが倉庫で搭乗しようとしていたのは機生虫より遥かに小さな機体であった。それを不安に思ったMs.リーが呼び止めた。
「なぁに、大きければ良いと云うものではないと桐生君が示してくれたのでね。この機麟Mk-Ⅱは搭乗型ではなく装着型だから機体と言われると違和感があるな。これは桐生君の世界とこの世界の技術力の勝負だ。」
実態は桐生の想像力とレイカーの創造力の勝負である。デバッガーは桐生がゲーム内に設定した装備である。ゲームバランスの為に御都合主義な部分まで、この世界では具現化されているのだから、物理的構造やシステムをレイカーが理解出来る筈もない。それでいて、転送以外の機能は虫の部位を組み込み、かなりの代物に仕上がっていた。
「機麟Mk-Ⅱ、出るっ! 」
桐生もすぐに飛竜に近づいてくる小さな姿に気がついた。
「人型昆虫か? 」
『否定』
ノウレッジに即答で否定された。大きさは人間サイズだが、確かに昆虫型ではない。だが、真・人型昆虫ならば、見た目は人間と区別がつかない筈である。もし人型昆虫を機生虫のような半機械化が出来ていれば、もっと早く投入していたに違いない。残る答えは一つだ。
「レイカーか。」
『肯定』
桐生もハッチを開けるとフロードに乗って飛び出した。
「議長、決着をつける… って事でいいのかな? 」
「あぁ。こちらも、そのつもりだよ。君のお陰で技術者として最高傑作を造る事が出来た。君には感謝しているよ。あとは、この機麟Mk-Ⅱで君に勝利すれば、技術者としても政治家としても、この世界の頂点に立てる。」
桐生は無言で腰の後ろの釵型のパーツを外すと、剣の形にした。レイカーの飛び方は機械仕掛けというよりは虫のそれである。高速で飛ぶ虫に殺虫剤が当たり難いように、飛び道具は向かないと判断した。蝿叩きのように止まった一瞬を狙う。レイカーにはノウレッジのような機能は無いが、レイカー自身のずば抜けた知能が桐生の狙いを読み取り静止することなく動き続け、剣の間合いにも入っては来なかった。
「へえぇ。科学者や政治家の他に兵士にも適性があるらしいな? 」
「機麟を造る際に機龍… デバッガーだったね。よく研究させて貰ったからね。その腕に着けているブラックボックス以外の性能は把握しているつもりだ。そして、この機麟Mk-Ⅱは虫を掛け合わせたハイブリッドだ。私の判らなかった部分を君の知らない技術で補っている。いい勝負になると思わないか? 」
実のところ、虫は桐生が知っている虫と大きさ以外に差は感じていなかった。ただ、都会で生まれ育った桐生は虫に、そこまで詳しくもなかった。
「その速度で、この距離じゃ、そっちも攻撃出来ないんじゃないか? 」
通常型の機麟ならば先端がドリル状の銛を積載し射ち出す処も見ている。だが機麟Mk-Ⅱには装着型の為、積載スペースが無い。外部装着用のコネクタらしき物も在るが回避速度を優先したのだろう。そして、何よりも機麟Mk-Ⅱの中は人間であるレイカーだ。人型昆虫であれば毒や酸、針を飛ばしたり体液で発電する事も出来たかもしれないが、レイカーのほぼ等身大とも云える機麟Mk-Ⅱには、そんな収納スペースは無い。
「確かに、このままでは私には攻撃出来ないがね。」
周囲に近づこうとする虫たちは飛竜が焼き払っていた。
「自立型… やはり君の世界の科学が見てみたいものだな。」
桐生の世界のA.I.よりは飛竜の方が優秀だ。飛竜にしろノウレッジにしろ、ゲーム内では現存するスパコンよりも遥かに優れている設定になっている。レイカーが動いた。両腕についた刃のような部分で桐生の足元を狙ってのヒットアンドアウェイ。狙いはフロードだ。デバッガーをまずは落とそうとしている。フロードに乗って飛空するデバッガーに対して虫の翅で自力飛行する機麟Mk-Ⅱが唯一上回るもの。それは小回りである。尚且つ足元であれば自身の飛行ユニットであるフロードが邪魔で思うように剣は振るえないとレイカーは読んでいた。
「そっちが、そうなら。」
桐生はいきなり急上昇するとフロードから飛び降りた。
「何をするかと思えば浅はかな。確かに足元を気にせずに剣を振るえるかもしれないが、こちらが近づかねば… 」
確かにレイカーが近づかねば剣の間合いに入る事はない。デバッガーは勝手に地上に落ちるだけだと思った瞬間、デバッガーの雷撃が機麟Mk-Ⅱの4枚の翅の1つを撃ち抜いた。マルハナバチのパラドックス。航空機の理論ではマルハナバチは飛行するだけの空気力を得られないのに飛んでいる、というものである。実際には前縁渦というものを生み出して飛んでいる。翅の1枚を失った事で機麟Mk-Ⅱは、この前縁渦を充分に生み出す事が出来なくなりバランスを失って落下していった。桐生の方は飛竜が受け止めていた。
「な… やめなさいっ! 」
次の瞬間、戦場にMs.リーの絶叫が木霊していた。




