23:桐生、機龍、飛竜
「さすがに粘るな。」
機麟を前にレイカーは苦笑していた。自分の設計した機体と対峙するのは想定外だった。
「装甲が設計より厚いな。実戦データを反映したか。ならば、これならどうだ。」
ヘラクレスの巨大な角が一機の機麟を貫かんとした時、一筋の閃光が駆け抜けた。
「ほう。もう少しイズミールに足留めされていて欲しかったなのだがな。」
「こちらも、そちらの都合に合わせてもいられないんでね。」
桐生の声が戦場に響く。
「うちの伍長は? 」
「予定変更。さすがにレイカーの相手となるとフレッジリングには荷が重そうだからな。」
ヘラクレスの中ではレイカーも苦笑していた。
「そう都合よくはいかないか。君の言うとおりだ、桐生君。ただ、バルカーノやマニーが相手なら分かるのだが、君が私に敵対する理由を教えて貰えるかな? 」
対峙する予定のない相手である。そしてレイカーの計画を狂わせた最大の要因でもある。
「理由? あんたのやり方が気に入らない、じゃ駄目か? 」
「随分と曖昧な理由だね。君は… この世界の住人じゃないんだろ? 別にこの世界で気に入るとか気に入らないとかあるのかね? 」
桐生は、この世界に来て初めて異世界人扱いされた気がした。
「確かに、俺はこの世界の人間じゃぁない。正確にはなかった、かな。」
「なかった? 」
レイカーも桐生が別世界からやって来た事は想定していたが、何故やって来たかまでは理解していなかった。
「簡単に言えば、今はここが俺の世界だ。」
「君からすれば、そうかもしれないが私からすれば君は異端者で異物で不要なんだがな。」
すると桐生が苦笑した。
「雇用はしないが使えるだけ使って、旗色が悪なると不要扱いか? 派遣切りだと問題になるからって個人事業主として働かせておいて切り捨てるグレーに見せかけたブラックだな。」
フリーランスといえば聞こえはいいが、個人事業主としてゲーム会社に居た桐生としては、常に経営状態次第で真っ先に切られる請負業の立場に似ていると感じていた。
「何を訳の分からぬ事を。」
確かにレイカーからすれば何を言っているのか分からないだろう。
「この世界の秩序は私が守る。なぜなら私が作り上げたものだからね。」
「虫を使ってか? 」
「そうだ。最初は自然界における昆虫の役割を機械化するために昆虫の研究を始めた。そして虫をコントロールする事に成功した。次に作業効率が最適化されるサイズを求めて大型化をした。大型化には成功したが、それをコントロールしきれなくなる恐れが出てきた。そこで指令の中継増幅として人型昆虫を作り上げたのだ。」
「人間を改造してか? 」
「ああ。人体改竄の方が効率が良かったからね。もっとも、このヘラクレスほど大型化してしまうと神経伝達として制御が難しく半機械化せざるをえなかったのだが。」
「それで人を襲わせるとは、どんだけ悪党だよ。」
「きっかけは事故だよ。さっきも言った通り、最初は虫を機械に置き換えて人類の役に立たせる研究だった。ところが、ある日、大型化した虫が一匹、逃げ出してね。街は一時、恐怖に陥った。これは使えると思ったよ。全国民が共通して敵として認識出来る存在が現れた途端、国内の争い事が激減したんだ。私の研究を極秘裏に進めていた事も功を奏した。私は虫の対応を明確に打ち出して国政に打って出た。もちろん、他の候補に対応策などあるわけもないからね。」
すると突然、ヘラクレスのスピーカーにざわざわとした音声が流れ込んできた。
「謀ったな。… いや、マニーの差し金か。やってくれる。今の会話… 」
「国民の皆さん、評議委員会委員長のレイカーです。反政府のプロパガンダに騙されないでください。」
突如流れてきたのはレイカーの声だった。この世界の技術からすれば合成音声ではなく音声変換だろう。だとすれば、喋っているのはMs.リーしかいない。
「随分と気の利く女王様だな。やっぱり、その機体から、あんたを引きずり出すしかないか。」
桐生の投げ掛けた声に返事はない。回線を全国の通信網に繋がれていては、迂闊な事は言えなかった。
「取り敢えず、その巨体なら耐えるよな。ノウレッジ、荷電粒子砲準備っ! 発射っ! 」
収束した荷電粒子が唸りをあげてヘラクレスを襲う。何しろ、これだけの巨体である。地上で荷電粒子砲を放ったところで逸れる事もなく、まともに命中した。ヘラクレスの内部ではけたたましくアラートが鳴り響いていた。
「外殻貫通、歩行システム、飛行システム損傷か。この機生虫ヘラクレスを、こういとも簡単に攻略してくるとは桐生。君の世界の科学力を見てみたくなるな。」
「科学ってより、想像力だけどな。」
デバッガーの性能はゲームデザインをした桐生の想像の産物であり、レイカーが桐生の世界に来たからといって目に出来る物ではない。しかし、この世界では現実に目の前で起きている。
「仕方がない。プランBに移行するしかないようだ。」
「プランB? 」
「私も平和的に行きたかったのだがね。プランB… 圧政だ。これは君たちの所為だ。私は私の作り上げた秩序を如何なる手段を用いても守る。それが私の正義だ。」
ヘラクレスから脱出ポッドが飛び出すと空中で蜻蛉型の大型昆虫が受け止めて飛び去っていった。
「桐生。脱出ポッドの信号ロストしたわ。取り敢えず目的の起爆電波の発信源は機麟が破壊しておいてくれたから一旦、帰投して。」
これからの事も考えねばならない。桐生たちは一度、戻る事にした。
飛竜、出し損ねました。




