18:Début.Review.Déjà vu
あれから1ヶ月。フレッジリングはマニーの徹底した栄養管理と運動管理、バルカーノの用意したシミュレーターを必死にこなしていた。
「フレッジリングさん、大丈夫ですか? 」
「な、なんとかね。」
ブリギッテの作った食事は食べさせて貰えず、マニーの用意したレーションのような物しか与えられていない。ただ、これも短期間でマニーの想定した肉体を作り上げる為、仕方がないとフレッジリングも割り切っていた。
「ん~。そろそろ実戦デビューしても大丈夫かな。」
「え、模擬戦データとか取らないんですか? 」
いきなりマニーが実戦と言い出したのでブリギッテが驚いて聞いた。
「大丈夫、大丈夫。私たちだってマルチナの時はぶっつけ本番だったじゃない。だいたい敵さんが模擬戦どおりに来てくれるなんて限らないんだから。百回の模擬戦より一回の実戦の方が有効データが録れるってものよ。た~だ~し~、単独行動は厳禁。当面は桐生のサポートに徹する。こちらからの指示には絶対に従う事。」
「は、はいっ! 」
フレッジリングはマニーに圧されて畏まっていた。
「バッカーノは替えが利くけど、あんたの命は替えなんて無いんだからね。」
「バッカーノも予算やら工期やら材料やら、簡単に替えは利かないんだがな。」
「バルカーノぉ、何か言ったぁ? 」
「いや別に。」
バルカーノはマニーと目を合わせないように本で顔を隠しながら珈琲に手を伸ばした。そこへ虫の出現を報せる警報が鳴り響く。
「やれやれ。もう評議会はあてにならないからね。4人とも、タダ働きだけど出撃してくれるかな。」
「もちろんですっ! 」
初出動とあってフレッジリングは張り切っていた。外観は大きく変わっていたが、操縦系統は殆ど手付かずだった。つまり、運転が一番上手いのは桐生のままである。
「何度見ても感心するわよ。よく、この変態仕様をあんたら、乗りこなすわよね。」
やはりマニーはこの車の運転を苦手としていた。しかも桐生にいたっては運転が出来るレベルではない。軽快に乗りこなしている。
「着いたぞ。人型昆虫が一匹? 単独行動とは目的でもあるのか? 」
「桐生、人型なら話し聞けない? 」
「そうだな。フレッジリング、行くぞ。」
マニーの言うとおり、話しが出来るなら状況が許せば聞いておきたい。まだ機麟の姿は無かった。
「なんで機麟が居ないんだ? 」
フレッジリングには人型昆虫が現れたというのに機麟が居ないのは不自然に思えた。
「今、情報掴んだわ。評議会は今回、機麟に出動命令を出していないわ。」
「な」
何か言おうとしたフレッジリングだったが、人型昆虫が気づいて寄ってきた。
「何ダ、貴様等? 俺ニ逆ラウ奴ハ、軍法会議モノダゾ。」
フレッジリングには聞き覚えがあった。人型昆虫なのに、まるで既視感のような事を言う。
「し… 司令… 官!? 司令官殿でありますか? 」
「ソノ声ハ、ふれっじりんぐ伍長カ… ふれっじりんぐ? 誰ダ? 伍長トハ何ダ? 俺ハ… 誰ダ? 」
「暴走中のNo.11、機龍と接触した模様です。如何いたしますか? 」
Ms.リーからの報告にレイカーは少し考えた。
「あのフレッジリング元伍長も一緒かい? 」
「そのようです。」
「No.11と部下たちを接触させないよう機麟部隊を出さなかったのだが… 面倒な事になったな。」
するとMs.リーはマイクを握った。
「クィーンが命じる。目の前の奴を殺せっ! … これで欠陥品は機龍が始末してくれるでしょう。」
「君は恐ろし・・・く気が利くな。助かるよ。」
人型昆虫にデバッガーは倒せない。だが、クィーンの命令であれば死ぬまで殺そうとしてくる相手を倒さざるをえないだろう。レイカーの考えをMs.リーは実行した。だが、フレッジリングは、そんな思惑になど、構ってはいられなかった。桐生を差し置いて人型昆虫に立ち向かった。
「バッカーノ、そんな指示してないわよっ! デバッガーのサポートに徹しろって言ったでしょっ! 」
「で、でも、この人、司令官なんですっ! 」
その会話を通信機越しに聞いていたバルカーノが割り込んできた。
「桐生君、マニー。作戦変更だ。レイカーの正体を暴く大事な証拠になるかもしれん。協力して捕獲してくれたまえ。」
「何が、くれたまえよっ! 」
そう言いながらマニーは網を打ち出した。だが、人型昆虫が羽を広げ羽ばたくと網が消えてしまった。
「な、何? 」
マニーは何が起きたか戸惑っていた。
「ノゥレッジ、状況を確認。」
『素早い羽の羽ばたきによる超音波分解及び物質の固有振動の共鳴分解。』
「なるほど。レイカーも、ひと月の間にマルチナ対策してきたって事ね。有効周波数って分かる? 」
『デバッガー以外には有効。』
「はぁ? 何それ。仕方ないな。桐生、あんたが羽を何とかして。捕獲作戦は、それからよ。バッカーノ、司令官を助けたかったら、焦らないでねっ! 」
「了解っ! 」
天鎧はこの世界の物ではない。というか、そもそもはデータ。物ですらない。そんな物を分解できるような技術は、いかにレイカーでも持ち合わせていなかった。




