17:規範に違反。からの批判
「待て、フレッジリング伍長。それは規範に抵触する。軍法会議物だぞっ! 」
指揮官に呼び止められてもフレッジリングは構わず前に出た。それに気づいた蜘蛛タイプがフレッジリングの機体へと向かった。そこで機麟の小隊は信じられないような光景を見た。蜘蛛の吐きかけた液体が機麟を浸食し始めたのだ。その光景はさながら、ある種の蜘蛛が捕食の際に酵素で獲物を分解しているかのようだ。
「て、撤退だっ! 」
指揮官は慌てて撤退命令を下すと、真っ先に帰投していった。
「伍長っ! 」
「俺より街を、市民を守れっ! 」
フレッジリングの部下たちの動きに気づいた蜘蛛は残っていた5機の機麟の方へと向かった。
「一斉射撃っ! 」
5機同時に放ったドリル状の砲弾の一つが蜘蛛の体内に在るフレッジリングの機体を溶かした液体の袋を貫いた。どうやら、その液体の通る経路以外は耐えられないらしく、自らの体を溶かしていった。
「よくやった。あとは機龍に任せて、お前らも撤退しろ。でないと軍法会議もんだぞ。」
「伍長、御無事でっ! 」
動けないフレッジリング機を残して機麟は全機撤退した。桐生も蠍の尾節を斬り落とし高電圧を流し込んで決着を見た。
「蜘蛛ト蠍ガ倒レタ。くぃーんノ指示通リ、機麟ガ戻ル前ニ撤退スル。」
*****
「Ms.リー。人型昆虫の撤収、ご苦労だったね。」
「いえ。まだ適性のある被験者が見つかるまでは、これ以上失う訳にもいきませんので。」
人型昆虫No.1の代わりは見つかっていなかった。
「今回の司令官は? 」
「適性率32%、1/3を下回ってます。」
レイカーは額に人差し指を当てて少し考えた。
「敵前逃亡だ。懲罰がてら試してみよう。中々80%以上というのは難しいしね。」
「命令に違反した隊員たちは、如何なさいますか? 」
この質問には即答した。既に決めてあったのだろう。
「蜘蛛を倒した隊員たちは機麟で大型虫を倒したのだ。評議会のプロパガンダとして大いに利用させて貰おう。ただ、フレッジリング伍長については今後の造反もありえる。解雇だな。」
「戒告… ではなくてですか? 」
「どうせ身柄はバルカーノの所なんだろ? あの男が素直に引き渡すとは思えないし、今、桐生君と対立の図式を国民に見せるのも得策ではないからね。温情判断ってところかな。」
リーは一礼をすると体裁の為、バルカーノ邸のマニー経由で通達を出した。
「って事だそうよ。」
「あいつらが御咎め無しみたいなんでホッとしました。」
マニーからフレッジリングは知らせを聞いて安堵した。もちろん、指揮官の処遇については書かれていない。
「これから、どうするのかね? 」
「もっと重い処分、覚悟してたんでクビって言われたばかりで何も… 。」
するとバルカーノは一枚の書類を出した。
「では、君をバルカーノ製デバッガー、バッカーノの装者にスカウトしたいんだが、どうかね? 」
「バルカーノ製デバッガー… バッカーノ? 」
「あぁ、デバッガーとは評議会が機龍と呼んでいる桐生君の装備だ。評議会では、攻撃力に特化した機体、機麟を開発したようだが、私はあれでは様々なタイプがいる虫に対抗するには機動性も重要だと考えた。もちろん、桐生君の腕輪のように思考や転送といった技術は現段階では不可能だ。だから、機麟のような搭乗型ではなく装着型にした。機動性については私の助手ブリギッテとマニーが改良した大型武装車の… 何だったかな? 」
「マルチナっ! 桐生の世界の言葉で多様って意味の言葉を女子っぽくしたの。ともかく、機動力はマルチナがカバーする。腕輪の代わりの状況判断も内臓の通信機で私がサポートするわ。どう、やってみない? 」
「はぁ… まぁ行く宛も無いし、仕事もないし。テストパイロットみたいだけど、市民を守る力になれるなら、やりますっ! 」
ここを出たら行く宛が無いのは桐生も同じだが、フレッジリングはこの世界の人間。それも軍に居たのだ。クビになってもまだ使命感は持っているらしい。
「では仲間となった君に大事な話しをしておく。虫たちの親玉はレイカー評議会議長だ。」
「ま、まさか!? 」
フレッジリングには俄には信じられなかった。
「本当よ。人型昆虫の言っていたクイーンっていうのは、おそらく秘書官のMs.リーでしょうね。今は国民を納得させるだけの証拠が要る。」
「それじゃ、もしかしたら逆の証拠も… 」
「そんなもん、出て来たら捏造よ。相手はレイカーよ。そんなに簡単に尻尾は掴ませてくれないって。」
「レイカーと反目する事になるのが嫌なら辞退してくれて構わない。」
「いえ、やります。今は市民を守る力が少しでも必要な時です。ただ証拠集めはお任せしてもいいですか? すぐには呑み込めなくて。」
「それで結構だ。その話しは私とマニーが動く。君と桐生君は人々を守る事に専念してくれればいい。」
「はいっ! 」
「それでは、ここにサインを。」
フレッジリングはバルカーノの差し出した書類にサインをした。それを見届けるとマニーがフレッジリングの襟元を掴んで引っ張った。
「え!? 」
「やると決まったら採寸よ。今の体型を測ってから特訓後の体型予測してセッティングするから、それに合わせた体作りしてね。」
「ええ!? 」
「バッカーノは鎧着て戦うようなもんなんだから、今のままだと、すぐバテるわよ。特訓メニューは出来てるから、いらっしゃい。」
引かれるままにフレッジリングはマニーに連れていかれた。




