10:外注・海中の害虫
この日、朝から通信機が鳴り響いた。ブリギッテが慌てて出ようとしたが、普段は目の前で鳴っていても出ないのに、この日は珍しく近くに居たバルカーノが出た。
「レイカー、何の用だ? 」
「バルカーノか。何故私だと? 」
「通信機に誰から受信したのか表示する機能をつけてみた。議長のオフィスからの表示だが、お前の秘書官がうちに掛けてくるとは思えんからな。」
「なるほど、便利そうな機能だな。さしずめ借金取りからの通信に居留守を使う為の発明と見たが。」
「抜かせ。必要は発明の母って言うんだ。それより何の用だ? お前が掛けてくるって事は桐生君絡みだろ? 」
「実は隣国のイズミールから海虫退治を頼めないかと相談があってね。無論、機龍に耐水性が無かったら、別に手段を考えるんだが。」
「なんだね、その機龍というのは? 桐生の聞き間違いかな? 」
「あぁ、すまない。桐生君の例の鎧について、議会でつけたコードネームだ。見た目は龍の様だし、腕輪は機械仕掛けのようだし、桐生君の名前にも通ずる我ながらいいコードネームだと思っているよ。」
「結局、議会でつけたと言いながら考えたのはお前か。まぁ、確かに水中戦闘が可能なのか確認した方がいいな。確認次第、こちらから連絡する。」
バルカーノは通信を切ると振り返った。
「という話しなんだが、どうだろう? 」
「桐生、断っちゃいなさい。レイカーもバルカーノのも、丁度いいテストくらいにしか思ってないわよ。」
桐生より先にマニーが答えた。
「マニー。君だって、見ておきたいんじゃないのかな? 」
「あのねぇ。彼は人間なの。機械のテストみたいに失敗したら調整して再テストなんて訳にはいかないの。」
「そんなに桐生君が心配かい? 」
「心配ですっ! 」
不意を突いたブリギッテの声にバルカーノのもマニーも苦笑した。
「ほら、あなたの弟子も心配だって言ってるでしょ。私は折角の研究対象を失いたくないだけよ。代えが利かないんだからね。」
当の桐生はといえば、回答に困っていた。気密性には問題ないはずなのだが、開発していたゲームには、そもそも海中のマップが存在しない。それに武器が電撃系なので水中戦には不向きである。
「ノゥレッジ、天鎧の水中戦闘について検証。」
『オプションの使用を推奨。』
「オプション? あぁ、後のバージョンアップ時向けに作った設定も生きてるのか。現実は運営側の追加機能だけど設定通りなら… 水中戦闘用オプションについて。」
『脚部スクリュー二基、背面稼働スクリュー二基。水中翼、スタビライザー。』
「つまり、ご都合主義が罷り通る訳だな。バルカーノ、レイカー議長に引き受けると伝えてくれ。ブリギッテ、そのイズミールって国までの案内頼めるか? 」
「えと… い、いいんだけど… 」
「何か問題でも? 」
ブリギッテが戸惑っていたのでマニーが口を挟んだ。
「国が違うんだから、今までみたいに車飛ばして行けばいいってもんじゃないの。入国手続きも必要だし、対岸の国だから陸路より海路の方が近いのよ。」
言われてみれば、その通りだと桐生も思った。ゲーム内の世界を飛び回っても入国手続きは滅多にお目に掛からないが、現実社会では、それが普通だ。
「なるほど。それじゃ手続きはレイカー議長に任せればいいのかな? そもそも、イズミール側からの依頼なんだし。」
「そうだね。レイカーには受託の連絡と一緒に確認しておくよ。二人とも食事が… 分かった分かった。三人とも食事が済んだら出発の準備をしておいてくれるかな。」
バルカーノはマニーの視線に気づいて二人から三人に訂正した。そもそも観光ではないのだから、国の機関の人間が居た方が都合がいいかもしれない。やがて三人が身支度を終える頃には、バルカーノから連絡を受けたレイカーの手配した送迎車がやって来た。
「あら、送迎してもらえるんなら、ブリギッテは来なくても大丈夫なんじゃなくて? 」
「いいえ。私は桐生さんに案内を頼まれたんです。イズミールは何度か行った事もありますから。データはちゃんと記録して来ますから、マニーさんこそ、先生と残られていいんですよ? 」
「私は国立機械研究所の職員として行くの。まだ、あなたじゃ荷が重すぎるわ。」
「あれ? 今は出向中ですよね? それなら研究所の他の方が行かれるのが筋じゃないんですか? 」
「二人とも、そのぐらいにしたまえ。マニーも大人げないぞ。ブリギッテも、らしくないな? 」
さすがに耐えかねたバルカーノが割って入った。二人は反目するように、そっぽを向いた。
「行くぞ? 」
先に桐生が送迎車に乗り込むと、ブリギッテが素早く隣に座った。お陰でマニーは不機嫌そうに助手席に乗り込んだ。
「三人とも、気をつけて行っておいで。」
バルカーノに見送られて送迎車は発車した。これから外国で海中の虫退治だというのに、言葉とは裏腹に心配そうな素振りは見られなかった。港では高速船とレイカーが待っていた。
「すまないな、桐生君。出来れば、この目で確かめたいところだが海中では同行しても、ままならぬしな。」
「そもそも議長にそんな時間は無いでしょ? 」
冷静にマニーが突っ込みを入れた。




