第一話
ふと立ち寄ったバーの片隅で一人、ストレートのウイスキーを舐めるように飲んでいる旅人。別の一角では、やせ細った少女が屈強な男たち三人にナンパされている。
「いいじゃん。俺たちと一緒に飲もうよ」
「やめてください」
旅人はそれに気づくと、グラスに残ったウイスキーを一気に飲み干す。テーブルに出した紙幣の上にグラスを置く。席を立つ。
三人の男たちに近づくと、その中でも一番大きなやつ。身長二メートル弱。太っている。およそ人間とは思えないサイズ感。そいつの顔面を殴る。デブがぶっ倒れた。
旅人は残りの二人に目線を向ける。二人は完全にビビっていた。旅人は女の手を引き店を出て行った。
上記のような出来事を夢見て僕は旅に出たはずだ。
「入りたいなら入ればいいだろ。店の前をずっと行ったり来たりしやがって、完全に不審者だぞ」
となりの灰色の猫がこちらに話しかけてくる。
いや、そんなこと言われても初めての店入るのって緊張するよ。店入ってめちゃくちゃ雰囲気よかったら、びびっていきなり店飛び出しちゃうかもよ。
「ミスターチャーミング。お前はそんなんだからいつまでたっても威厳がないのだよ」
そう言って、灰猫はバーに入って行ってしまった。
「ま、待ってよー」
しゃべる猫の登場に皆さん混乱されていると思うので、ここで僕たちのプロフィールを記そう。
まず、このしゃべる灰猫はシンデレラさん。もともとは普通の少女だったようだけど、魔法使いに出会い弟子入りして魔法使いになったらしい。そして、彼女は住んでいる国で革命を起こそうとしたのだ。魔法の力は強力で王国軍じゃ歯が立たなかった。しかし、革命は師匠には無断だったようで、シンデレラさんは師匠に阻まれ灰猫の姿に変えられてしまったらしい。シンデレラさんのことは謎も多くて僕も詳しくは知らない。
そんな僕は、ミスターチャーミングと呼ばれている。シンデレラさんが革命を起こそうとした王国の王子だった。でも、そのときからヘタレすぎてプリンスチャーミングなんて呼ばれてバカにされていた。王になるのが不安だったし、外の世界に僕が輝ける場所があるのではないか、という感覚もあったから僕は国を出た。シンデレラさんの革命に乗じてね。
同じタイミングで国を出ることになった僕とシンデレラさんはなんだかんだで一緒に旅をすることになった。本当はシンデレラさんの革命の話とか、僕の王国時代の話とかも書きたいけど、それはまた今度。
とりあえず僕はシンデレラさんの後を追ってバーに入った。
店に入って僕はビビった。雰囲気が良かったからではない。逆だ。雰囲気がめちゃくちゃ悪かった。
シンデレラさんはどこにいる。店内を見回す。
「なんだこの猫、おーいおい」
「おりゃおりゃ」
シンデレラさんは店の奥、三人の屈強な男たちにからまれていた。しっぽをつかまれ持ち上げられ、振り回されている。さっきの妄想に近いシチュエーション。今こそ立ち上がらなければ。
「すいません。うちの猫、面倒見てくれてたみたいで、ありがとうございます」
我ながら低姿勢過ぎて笑えてくる。男たちはこちらに一瞥くれると、シンデレラさんを放り投げた。
これで一安心、こんな店すぐ出よう、と思っていると、シンデレラさんは男たちのほうに振り返り、その中でもひときわ大きい男に飛びかかった。顔面を引っ掻き大きな傷を作った。
「痛っ。おいっ、ふざけんなよ」
男たちがこちらに向かって、大声を出す。
「えっ、僕ですか?」
「当然だろ、お前の猫だろ」
引っ掻かれた大男が、僕に殴りかかってくる。
最悪だ。
僕は、慌てて屈んでパンチを躱す。立ち上がりざまに、大男のあごにアッパーパンチをお見舞いしてやった。大男はゆっくりとその場に倒れこんだ。
残りの二人を見る。どうやら、ビビってるようだ。妄想と同じだ。やるじゃん僕。僕はさっさと出口に向かった。
ただ、その時二人のうちの一人がズボンに隠し持った拳銃を取り出したことに僕は気づけなっかった。
拳銃が僕に向けられる。シンデレラさんが、ニャーー、と鳴いた。振り返ると拳銃は輝いているように見えた。不気味だ。気づいた時にはもう遅い。
男が引き金を引いた。
拳銃の先から、水が出てきた。僕の顔面に水がかかる。
男は不思議そうに拳銃を何度も確かめている。拳銃はプラスチックでできた安っぽい水鉄砲に変わってしまっているようだった。
僕はシンデレラさんを抱きかかえると、急いで店を出た。
ある程度店を離れてから、水鉄砲でびしょびしょに濡れた顔を袖で拭った。
「シンデレラさん、ありがとう。でもわざわざ、水鉄砲に変身させなくても他になんかあったんじゃない?」
シンデレラさんは何も言わなかった。