底辺ザコ野郎はスローライフの夢を見ない その⑥
僕が呟いたときには、ハリシはもう夜の闇の中に紛れ、既に見えなくなってしまっていた。
敵のスキルは痛みを操る。
ハリシと戦って僕は一度死んでいるけれど、敵のスキルが原因で死んだわけじゃない。相手のスキルは使えない。
だから、僕が自分で痛みを消すなんて芸当はできない。
治癒魔法で治そうにも、僕にはそんな技術がない。
こうなったら気合と根性とかいうオカルト現象でなんとかやってみるしかない。
「動け……!」
ダメだ、立てない。
そりゃそうだ、僕がそんな精神論で動けるわけがない。
ヤバい状況だ。あの男は、本当にミアを殺してしまうだろう。それは嫌だ。
だとしたら、どうする? ここで死んでみて、時間が巻き戻るか試してみるか?
……でも、既にハリシが行ってしまったタイミングに巻き戻してもあまり意味がない。文字通り無駄死にだ。
いや、もう他に手がない。とにかくやってやる。
僕は、地面に落ちていた針を手に取り、自分の喉元に――
「――待て――。えーくん」
「!?」
聞きなれない声。
男の声だ。
振り返るとそこには、白衣に身を包んだ大柄な男が立っていた。
筋肉質な体に、緑色の長髪。
見覚えは……ないな。やっぱり。知らない男だ。
「わがあるじの命により――協力――する――今は」
「……あんた、誰ですか」
「――マショウ――とだけ名乗る――。能力を解け――えーくん」
「どういうつもりです? 見ず知らずのあなたを信用しろとでも?」
「――えーくんには――ないはずだ――時間が。そして、えーくんは――死がリスクにはならない――はずだ」
「!」
なんだこいつ。
僕を知ってるのか?
「とにかく――俺は味方だ――今は。――従ってほしい――ミア・ミザルのためにも」
「…………」
ミアのことも知ってるってことは、また王国の関係者か?
ま、どうでもいいか。
この男を信じてみよう。
そのせいで死んだって構わない。
僕は、【切断】の結界を解いた。
それを感じ取ったのか、男――マショウは僕に近づいてきて、手際よく僕の腕をとると、
「痛っ!」
手慣れた様子で、僕に注射器を突き立てた。
……っていうかまさか、この注射って……。
「安心しろ――とりあえず。中毒性、その他――害はない――効果も半減しているが」
「これ、強化薬ってやつですか?」
「答えない――今は。向かえ――ミア・ミザルのもとへ」
注射器を白衣にしまい、マショウが立ち上がる。
その時にはもう、僕の体から痛みが引いていた。
「よく分かりませんけど、ありがとう」
「いらない――礼は。待つ――メティスで」
「メティス?」
マショウは何も言わず僕に背を向けると、再び闇の中へ消えていった。
何だったんだ?
いや、今考えるのはやめておこう。
今はとにかく、ミアのもとへ急がなければ。
※※※




