表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第一人者  作者: 近衛 キイチ
第一章
8/63

行儀のよい少年

 自分を買ったのはユーリーと名乗る男、同じ年頃の男子を含めた十数人の奴隷と共に、小麦畑に囲まれた彼の館に連れて行かれた。


 同じ奴隷身分の教育係に命じられて、軽い運動を行った後、全員が一列に並び、木剣の素振りをさせられる、普段から使い慣れている専用の剣ならば、簡単に振り上げることもできるが、重りを巻いて重心が傾いたこの木剣、振り上げた際に後ろに倒れた自分を見た彼らは、この子供に剣術を仕込むのは無理だと悟り、自分に給仕の作法を仕込む事にした。


 刃の研ぎ方から、武具に付ける油の量、木槌と砂袋を使って凹んだ鎧を打ち直し、靴の修繕や縄を素早く編む方法、松明や蝋燭が燃え尽きる時間を体で覚え、蝋を無駄にしない芯の取りだし方、背筋を伸ばしながら盆の上に置いた物を揺らさずに走る方法、目を動かさずに上を向いたままの姿勢で薪を割り、小さく狭い寝台の上や時には床の上で横になり、陽が上がる前に起きる様に徹底され、物音一つで目が覚める様に、完全に眠らないように指導され、いつの間にか、どの様な場所か体勢か関係なく眠れる様になった。

 かつて自分の身の周りにいた人々、エリザも同様の訓練をしたのだろうか。


 半年間の訓練の後、突然の事で驚いたが、パルミュラの二つ隣に在る国の主、ヴェツアーク王に売られる事になった、ユーリーは自分を王宮に売れる程の商品と判断した様だ。


 馬車と船に乗り十数日、その王都に続く街道の両脇には大小二十の帆船が並べられている、ヴェツアーク王国はマニシッサ河に隣接するが、海からは遠く内陸部に位置しており、遡上する際は、平底の船を牛や人の力を使って曳航しなければならならず、これらの帆船では竜骨が川底に衝突して遡上する事が出来ないはず、それなのに何故この様な物が並べられているのか、その理由を考え込んでいる内に王都の市門前に着く、そこから馬車を降ろされると歩いて王都の中へ入る。


 パルミュラでは夜中を除く時間以外、荷馬車の方が歩行者よりも優遇されていたが、ヴェツアークでは何故か商人は馬車では入ることが許されず、運んできた荷物を荷車に詰め替えなければならなかった。

 主の城は王都の端に近い場所に位置しており、城へ向かう際に通る大通りは人通りも多く、殆どが飲食店だったが、パルミュラなら裏路地に在ることが多い、織物や宝石類を加工する職人の店が、通りの表に店を構えていた。

 そして 都市の中心部は広場となっており、そこは行き交う人で混雑し、広場を取り囲む様に作られた屋根付きの回廊では、帳簿や商品を手に商談をする人々の姿が見える。


 河が脇を通る丘の上に造られた城、城壁は分厚いがそれ程の高さはない様に思える、見張り塔はパルミュラ王の居城であるドネティーク城よりも多く、丘の重厚さ相まって強固な印象を与える。広い敷地内には野菜と薬草が栽培され動物まで飼育されており、地下の貯水槽には水が蓄えられているだろう、備蓄されている食糧は、半年から一年分くらいだろうか。

 賑やかで活気のある城下町とは違い、河を挟み対岸に存在する城を見つめていると、この堅牢な防護は敵から身を護るためではなく、国民から王自身を護るためだと気付き、何とも言えない気分になる。


 城に住むのはキンナ一族のシューバ家の人々、当主のジョルジュ、奥方ヨジュリン、娘アンネリーゼ十五歳。

 当主のジョルジュは、マニシッサ河で行われているライオネル軍と戦いから戻っておらず、後姿すら見ていない、城に留まっているアンネリーゼの方も城内にある畑で香草を摘んでいるのを見たが、彼女は侍女に囲まれていた上に、姫様を護衛する兵卒に睨まれたので、赤銅の様な光沢のある髪の毛を確認しただけで、その顔を見る事もできなかった。


 城に来てからの日々は雑用に追われ過ぎてゆく、兵卒達が食事を摂っている内に、彼らの洗濯物を集めつつ兵舎に薪を運び、昼には城壁の補修を手伝いつつ、敷地内の農地で雑草取り、必需品と常備品の点検、夜には松明に火を灯して回り、兵士達の武具を磨いては油を注し、緩んだ革紐を締め直す、修繕が必要なものと消耗品の交換と補給、兵士達からも機敏によく働くと評判になる。


 与えられた仕事をこなし、時折だが褒められる事で、自分の存在価値を認められた気がして、充実感に満足してしまっていた。

 市場で競売にかけられていた時に生じていた、黒いものは息を潜めてしまい、森の無法者になってまで逃げ出す決心は消えてしまっていた。


 しかし、自分に充てられた仕事は、その全てが城の外と城壁の内にある施設での給仕、当主や城の内部は、それ専門の奴隷や貴族の子弟達が任されている。

 自分の様に離れた小屋で寝泊まりする使用人とは違い、城の内部で給仕している彼らは、城の中で寝泊まりしているので、城の中で生活が完結してしまう人達にとっては、外で働く奴隷は存在しないのと同じなのだ、かつての自分もそうだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ