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第一人者  作者: 近衛 キイチ
第一章
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望まぬ出国

 これから、どうするべきか、宿には戻りにくい、かといってこのまま何も持たずに放浪の旅にでも出るか、しかし、武器も路銀も無く野営する事になれば、初日から狼に襲われるだろう。


「馬鹿な奴だ、死ぬこと程の罪を犯した訳でもないし、お前が死んで仲間が喜ぶとも思わないがな」

 考え込むあまり、隣に人が来ていた事に気が付かなかった、筋肉質の大男だ、宿に泊まっていた商人だ、クゥイーに訊いた名前ではこの人はウィルだと思う。言葉から察してウィルとダリネスは知り合いなのだろうか、彼は一握りの土をダリネスの墓に振った。


「こいつはなぁ、とある会戦で部下のほとんどを死なせてしまった。二十代で一番隊の小隊長を任されるなんてそういるもんじゃない、結構いい線いっていると思ったんだが。

 あの時の戦いで生き残っただけでも、俺はこいつの下で働きたいもんだがね、まったくもって褒賞が貰える位の幸運だぜ、それがこんな最期か、全く勿体ない」

 ウィルが墓に掛ける声は優しく切なさが篭もっていた。彼は同じ戦場に居た傭兵だったのかだろうか。


「これは予言の者が知らなくて良い世界の話ではない、いずれは世界を救済するんだ、お前は常人の目に映らない極小の砂塵にまで目を行き渡らせないとなぁ、これは実際に外に出て触れても判らないモノだろうが、取り敢えず聞いてみるよりも見てみるべきだとは思わないか、それともお前にはレムリニアスという名前は荷が重いか」

 俺には重そうに見えるがね、ウィルは最後にそう付け加える。


 この商人も僕を知っている。僕の肖像画は世の中に多くあるけど、そのどれも誇張が含まれていて似ていないのに、僕の顔なんて判るはずないと思っていたのに、会った事のない人ばかりに何故正体を見破られているのだろうか、もう駄目だ、ここに居ては王宮へ連れ戻される。逃げようと思い振り返ると、背後の森、宿へと繋がる道には二人の人物が立っていた。

 二人の内の一人、小柄で頭巾を深く被り男装をする女性に見覚えがあり、それに驚き足を止めた途端、背後にいたウィルに羽交締めにされた。そして頭巾の女性が近づいて来る。

「エリザ」


 彼女は頭巾を下ろすと少し微笑む。

「あの大火事で生きていらっしゃったとは、さすがレムリニアスの生まれ変わりと言ったところですかね」

 何で貴族の彼女が身分を偽る必要があるのだろうか。

「僕を連れ戻しに来た訳ではないの」

「王の許に戻るのは嫌なのですか、あんなに良い暮らしができて、人々からの尊敬を得られるあの環境が」

 嫌だ、嫌に決まっている。

「戻りたくない、自由に生きてみたい」

 抵抗させてほしい。抗いようのない予言の呪縛から。僕の本音を聞くとエリザは少し驚いた顔をして言った。

「そんな事を考えていたか」

 その声はとても冷たいものだった。

 彼女は気が変わったと他の二人に言い、僕は縄で縛られ彼女達の馬車に運ばれた。




 夜の森を走る馬車、幌の中で体を縄で縛られ幾つかの木箱と共に床に転がされる、そんな僕を見張るエリザ、その表情はいつもよりも乾いていた、その眼差しは嫌だ、とても怖い、人を殺しそうな眼だ。

 僕の脅えた表情を見て彼女は笑みを作る。

「商人の所に行き、あなたを奴隷として売ります。城に戻りたくないのでしょう。それならば騒がない方がいいですよ。奴隷として大人しく誠実に主人に奉仕していれば、二十年を待たずに解放されるでしょう、運が悪くても四十歳前には自由民として生きて行ける様になるでしょう。

 でも、今度お城に戻る事になれば、あなたは地下に幽閉され、別の者があなたの代役として表舞台に出る事になるでしょう。パルミュラ王が自身の権威を守るためにね」


 もしくは。と付け加えエリザは続ける。

「私なら当の昔に影武者くらい用意して、あなたが殺されようがどこかに消えようが構わない様にしておくでしょう。

 今回の火事が起きたのも、王があなたの正体を衛兵には知らせなかったのも、あなたが静養できるためと理由をつけて人員を減らしたのも、案外あなたが暗殺されるのを望んでいたのかも、思えば憂鬱な少年をあんなに大きな窓のある塔に閉じ込めるでしょうか、当初から、飛び降り自殺でもしてくれれば善いと考えていたのかも知れませんね」


 両手を小さく叩いて音を鳴らすと、邪悪な笑みで彼女は僕の知らない可能性を話し出す。

「それともシーダ家に伝わるという魔王の牙で、密かにあなたを呪い殺すためかも。

 何しろ先代のパルミュラ王を病死させたのは、コーネス・ネイ・シーダの仕業という話だから」

 なぜそんな事をする必要がある、僕は魔王を倒す唯一の希望ではないのか。

「分からないの、あなたは見捨てられたのさ、予言の者よ、何時までも意気地の無い弱虫に将来の希望を託すに値しないと」


 立ち上がったエリザは、僕の額に指を当て、軽蔑した表情で語り掛ける。

「この世界は、あんたを絶対的に必要とはしていない。

 あんたが生まれる前まで他国の王は、ライオネル・ネイ・ベイルに同情的だったのを知っているか、しかし、あんたが生まれた事によりそれは変わった、変わらざるを得なかった。

 前王子は王位を取り戻せば軍勢の解散と、今後マニシッサ河に魔獣を渡河させない事を約束していたのに、それを信じない民衆は、シーダの流した誤った情報と扇動により、自国の支配者が魔王と手を組もうとしていると勘違いし、我々は民衆の意に従うしかなかった。

 領民達が勝手にあんたを祭り上げているだけで、支配者はパルミュラが盟主として威勢を放つのが気に食わないと思っているのさ。

 予言はあんたが魔王を殺す存在と云うが、あんたはただの子供ではないか、我々は一体何時まで待てば良いのか、魔王が滅ぼされるのか確実でないのならば、賢明な支配者は今の非常事態を維持しつつ、自らの権力を高めようと策を練るのは当然だろう。

 皆、自分だけの力で生き残りを賭けて戦っている。

 それなのにお前はどうだ」


 冷静に話しをしていたエリザだが、最後には怒鳴るような声色で僕を責める、そんな自分に気付いた彼女は、乱れた黒髪を直すと自嘲した様に笑った後、爪の痕が残る僕の額を少し撫でながら、何時も無機質だが優しい声色で話し始める。


「本当に、生まれ故郷が魔王軍に焼かれたと思っているのかい、エリスの住民を殺し村に火を放ったのはライオネルだと、本気で信じるの。

 何を根拠に。

 巷説を信じるのは馬鹿のする事でしょう、前王子を魔王に仕立て上げる事ができるならば、村を一つ焼き払う事なんて簡単に決断すると思いませんか、その上、まさか各国の王子達の前で貴方を発見する事ができるなんて、パルミュラ王は自分の判断の正しさに感動すら覚えた事でしょう。

 無論、自分の地位を護るためだけに、そんな事は行わないだろうけど、必要ならば私もそれをするかも知れない」

 自分の身を捧げる事で民に平和を与えらるならば、どの様な苦痛でも。そう彼女は付け加えると、今まで見た事のない穏やかな表情を見せる。

 その後はエリザもウィルも僕の問いに一切答えることなく、馬車は夕刻を過ぎるまで走り続けた。



 商人の館は市壁の外にあった。館は高い壁に囲まれており、その中には広い庭や噴水がある、護衛の傭兵も確認できただけで十五人、全員の武具は美しく輝いており、館の主が資産家であると同時に、防壁を造るのが許される位に重要な人物である事を物語る。

 館の主人である商人は、恰幅のいい初老の男、松明に照らされながら商人と話をするのはエリザではなくウィル、二人は少しのやりとりの後に小袋を交換、そして三人を乗せた馬車は館を後にした。


 残された僕は、両手両足に枷を填められると、長く伸ばしていた髪を綺麗に剃られ、屋敷のそばにある小屋に入れられる。先客として、同じ様に髪を切られ枷を填められた三十名余が小屋の中におり、全員が壁に埋め込まれた鎖に首が繋がれ粗末な敷布の上にいた、衣服は膝下までしかなく破れや汚れが目立つその服装、私語が禁じられているのか、起きている者は辛そうな顔で膝を抱え、眠っている者もその顔には疲れと悲しみに満ちていた。


 護衛により僕も同じ様に首に鎖を掛けられるが、誰も新しく来た者に興味がないのか、この日の夜は終始沈黙し、闇の中で壁に背を付け考える、これからこの館で暮らすことになるのか、人類を救う者の生まれ変わりとされる者が奴隷として生きるのか、どうしてエリザはこんな所に僕を連れて来たのだろうか、何も目的もなくただ金のために連れて来られたのか。


 どうやってこの事態を抜け出すか、気が触れた子供と思われるのを覚悟して、自分が何者であるかを叫ぶか。

 それは駄目だ、事態を悪化させる可能性の方がはるかに高い、故郷は焼失し、両親は魔獣に殺されている自分にとって、王の保護下を出た今となっては、自身の身分を保証するものは何もない。それどころか殺される可能性もあるのか、生まれる前から誕生する事を予言されていたのに、パルミュラ王の保護下から出てしまえば単なる子供でしかないのか、その事実に苦笑せずにはいられない。

 これでどうやって魔王を斃す事が出来る、今現在の状況はどう考えても、自分の身を護る事ができるかどうかの瀬戸際ではないか。


 次の日には館を離れる、あの商人は仲買人という訳だ、幾らで売られたのかは知らないが、半日もあの小屋の中に居る事はなかった。しかし、売られたと云ってもまだ働かされる訳ではない、小屋の中にいた奴隷四人と共にパルミュラの国境を抜け、高い市壁に囲まれた街の中に入る、街の名は分からない、そんな余裕はなかった、一刻も早く逃げ出す事を考えていたが、馬車に乗せられている奴隷は自分を含めて、両手両足を鎖で繋がれているために身動きが取れず、鍵を奪うにも護衛六人に見張られている状況では動きようもない。


 連れて来られた街は余り大きくない、青果などが売られている市場とは離れた場所、屠られた家畜の血が染み込む道を通り抜け、小さな空地で数十を超える奴隷と共に立たされる。

 奴隷の値段は成人男性で銀貨四百枚、子供や老人は二百枚前後、重労働に耐えられる体格を持つ者は八百枚前後、この市場にはいない様だが熟練の技術を持つ者は安くても銀貨四千枚前後、並べられると歯と歯茎を見るために口を大きく開かされ、次に全身の筋肉を触られて、最後にシラミがいないか検査される。


 僕に付けられた値は銀貨百枚、子供で弱々しく、さらに頭には傷があるためにすぐに死ぬと判断されたのだろう、ならばここはできるだけ衰弱した雰囲気を出しておくべきか、鎖にも繋ぐ必要はないと思わせれば、逃げ出す機会も増えるかもしれない、だがそれも売れなければ処分という形で殺されるのだろうか、やはり、裕福な家の子供の遊び相手として買い取られるように、姿勢を正しでおくべきか。

 本で読んだ知識しかないが、変態の相手をさせられる事だけは避けなければならない。


 逃げ出すのに一番容易な方法はないのか、それだけを考えよう。どうせ住民登録も無く、この世に存在していた証拠もない自分は、野盗か海賊にでもなるしか生き残る道はないのだから、今から何人殺そうとも同じではないか。


 何でも来い、何としてでも生き延びて自由になってやる、そう思うと薄暗い闇が心の中に生じ、かつてないほどの自信が湧いて来る。あの火事の時も心にそれは存在していた、何とも言いようのない心地良い感情だ、人殺しだろうが盗みだろうが何でもしてやる、そう思うと自然と姿勢が正しくなり正面を見据える、視線の先に見えている商人を睨みつけながら呟く。

「何でも来い、どんな困難も跳ね返してやる」

 思わず喜びの笑みが漏れる。

 奴隷は戦争捕虜が主、借金が払えない都市の市民なども一時的に売りとばされる、時折転売の果て国に戻れない場合も、旅の途中で盗賊にでも捕らえられれば、奴隷として他国に売りとばされる事も。


 農民は借金の返済に困った場合は、土地を棄てて逃げ出す事が許されている。

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