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第一人者  作者: 近衛 キイチ
第一章
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重圧

「さすがはレムリニアスさま」そう言われる度に感じていた。何も達成できていないにも拘らず、民衆から神の如く崇拝されているただの子供、無知で愚かで無力な子供。彼らは僕を嘲笑しているのだと。

 笑うのは当然だ、なぜなら僕はまだ何もしていないからだ、僕はまだ魔獣と戦ったこともないほんの子供だ、無知で体力も勇気もない子供だからだ。


 僕はレムリニアスじゃない、確かにアービエル・ネイ・レムリニアスというのは僕のことだ、しかし、レムリニアスは単なる記号でしかない、前世の記憶もなく、魔法を使うことができる分けでもなく、剣術だって先生たちから教わった以上のことを知らない、それなのに、人々はどうして僕に期待するのだろうか、どうやって魔獣を指揮するライオネルと戦うというのだろう。


 八つの頃までは、漠然と自分が魔王と戦うために生まれ、運命を決められた者だと思っていた。しかし、巷で流れている物語、突き付けられるその姿は、高潔で勇ましく知力と武勇に優れる英雄だった、それが現在の自分とかけ離れているのを認識した時、何かが違う、そんな疑問を感じるようになった。

 少しずつ、僕の胸の内に生じた不安は大きくなり、隣の隣に在るキルキア国の軍が敗走し、人々が国から逃げ出している事を知れば、もう恐怖で体の震えが止まらなくなる。


 僕と戦うことを望むライオネルが明日にも攻めて来るのではないか、そう思うと食事も喉を通らなくなり、眠ることもできない。

 睡眠不足と食欲不振により、意識が朦朧とするまでになると、先生達も心配して湖や造船所に連れて行ってくれたりした。


 そういった優しさを前にすると。救うべき人々に迷惑を掛けている。そう思わずにはいられない、そう思ってしまえば自分自身の弱さに嫌気が差す、それでも僕の心から不安と恐怖が立ち去ることはなく、遂にはコーネス様も僕の異変に気付き、湖畔での模擬海戦や各国の姫様や要人を招いた馬上槍試合を催し、僕を楽しませようとしてくれたけれど、手の施しようがない事を悟った王は、僕を王都レミノスから避暑に使う夏の砦に住まわせることに決めた。

 九歳になった年のことだった。


 僕の新たな寝室は砦の端に在る塔の最上階、侍女で唯一同行を許されたエリザが就寝の挨拶を済ませると、扉は外から施錠され朝まで開けられる事はない、毎夜になると僕は塔に閉じ込められる。

「静養すれば、直ぐに良くなる」王はそう言って僕を送り出した、でもそれは僕を気遣っている訳ではないのだ。

 王宮に出入りする貴族や大使及び謁見に来る商人達に対し、予言の者が精神を病んでいることを知られたくないからだ、対魔王同盟の盟主としての立場を危うくするのを防ぐために、この意気地なしで信用のできない子供を近くに置く事を望まず、この砦に幽閉する事を選んだのだ。僕自身もそうする事が正しいと思わずにはいられない。


 エリザが運んだ夕食をダフス先生と食べた後、暖炉の前に座り本を読む、難しい題材の物が良い、頭が疲れて何も考えられなくなるまで読み、程よく頭が混乱して働かなくなり、襲ってくる眠気に堪えられなくなった所で寝台に飛び込み目を瞑る。



 どれ位の時間を眠っていたのだろう、真夜中を少し回った位だろうか、僕は数日前からこの時間になると目が覚める、か細い女性の声に起こされるからだ、初めはエリザのものかと思ったが、彼女の声は冷たい印象を受けるものでそれとはまるで違い、その声は寝台の天蓋に漂う、拳ほどの小さな光の玉から聞こえていた。


 七色に輝く光の玉、よく見れば天蓋の中以外にも天井の辺りにも、あちらこちらに浮遊している、光の筋を残して飛び交う光の玉は、笑いながらじゃれ合いながら交差する。

 幻覚だ、幻覚に決まっている、この声も幻聴だ、現実には存在しないものだ。自分に言い聞かせる、自分は正常だと言い聞かせる。

 今夜は頭が痛く体も痺れ吐き気もしている、心だけではなく体の調子も良くないみたいだ。


 暗い室内を動き回る光を見ながら考える。

 自分は本当に予言された者なのだろうか、あと三年も経てばゲルマネスさんの許で実際の戦を体験し、二十歳になる頃には一個連隊の指揮を任されるはず、そして最後には魔の森の奥深くにあるという、氷河の上に建つ城で待ち構える魔王と戦わなければならない。。

 前パルミュラ王の息子、この国の主になるはずだった王子、魔王に心身を乗っ取られた哀れな男、ライオネル・ネイ・ベイルと戦わなければならないのだ。


 いつもの様に呟く。

「魔王と戦う、独りで……」

 そんなのは無理だ、無理に決まっている、どうやって百万の魔獣と戦えばいいのだろうか、どう考えても無理に決まっている。


 自らの無知と幼さを知る度、自分自身に呆れる。

 巷に溢れる夢物語の様な逞しい男になれるのか、魔獣の王と戦い人類の王として君臨した伝説の男、僕は本当にレムリニアスの生まれ変わりなのだろうか、予言の者は別の所で成長しているのでは、すでに魔王と戦うために立派な大人になっているのでは、一人で魔王に立ち向かう事の出来る勇敢な人物は、自分のような偽者を快く思っていないのではないか。



 いつもの様に弱気な事を考えていると、突然我に返る、煙の臭いが鼻腔を刺激したからだ。

 そして、寒かったはずの寝室内が暖かくなっている事にも気が付く、室内に一つしかない窓を覗き込む、日中ならば、砦の外に広がる森と館に、下を見れば塔と館を繋ぐ回廊の屋根が見えるはずだが、窓ガラス越しに見える外は、夜の闇に覆われているはずの塔の外は、白い煙で覆われていた。

「火事」


 そして、足元の床が僅かに暖かくなっているのに気付く。

 燃えているのはこの塔ではないのか、僕は慌てて窓とは対角線上にある扉に走り、その大きな扉を両手で押すが、それは外側から施錠されているために、開けることが出来ない、今度は扉を叩き精一杯の声で助けを呼ぶ。

 しかし、返事が返って来る事はなく、耳を澄ましても聞こえて来るのは木が割れて弾ける音ばかり、扉の前に居るはずの衛兵が居る様な気配はなく、それどころか消火を叫ぶ人の声すら聞こえてこない。


 いつもならば、扉から十歩は必要な勉強机まで四歩で向かうと、椅子を手にして再び扉まで戻る、頭の上に持ち上げた椅子を扉に打ち付ける、けれども鉄の枠と鋲で補強された扉は椅子を跳ね返し、四回打ち付けると椅子の足は割れて弾け飛ぶ、次は机で試そうと思ったが、過剰な装飾で飾り立てられたそれはとても重く、非力な僕ではとても持ち上げる事ができない。


 他に何かないかと室内を見渡す、殺風景で何もない室内、今動かそうとした机の上には燭台が一つに筆記用具が一式と、先生から借りた古書が置かれており、備え付けられている棚には、羊皮紙とパルミュラ王からの手紙が置いてある。それ以外には、先ほどまで眠っていた寝台と、その足元に置かれた衣装箪笥だけだ。


 そうか忘れていた、枕元に訓練用の剣を置いていたのを、手に取った剣を鞘から抜き扉に向かって構える。蝶番を狙い扉と壁の隙間に剣を突刺すが、何度やっても上手く行かずに剣は弾かれる。

 床の隙間から煙が立ちこめ始めた。扉を開けることは一旦置いといて、剣で窓のガラスを割ることにする。


 窓ガラスは、柄頭を使い簡単に割る事が出来たので、怪我をしない様に破片を取り除き、外の状況をよく見ようと窓枠に足を掛けた瞬間、背後の床が崩れる、落ちて行く寝台や机、それに代わって、炎が床だった場所を占拠した、炎は壁に掛けられた毛皮や天井を支える木材に燃え移り、室内は炎に包まれ様とする。


 危なかった。もしも窓枠に手と足を掛けていなければ、扉を開けることに固執していれば、そのまま炎の海に落ちる所だった。

 助けを呼ぶ声を上げようするが、吸い込んだ煙により息をするのも困難になる、やはり消火を試みる衛兵の声も、助けを呼ぶ使用人達の声も聞こえて来ない、耳に届くのは、燃え上がる炎の音と、床や梁に使われる木材が焼けて弾ける音、石材が落下し砕ける音、それ等が混ざり合い叫び声にも聞こえる轟音ばかりだ。


 心の中で何かが静かに語り掛ける、時折聞こえる声。

 ――決断しろ――

 炎に巻き込まれなくとも、この窓枠となっている外壁に居続ければ、いずれ塔が倒壊した時には転落死してしまう。

 今は煙により遮られて真下は見えないけど、この下には少し距離があるものの回廊があるはず、その屋根に飛び降りる事ができれば、運が悪くても死んだりはしないのでは、煙の隙間から見える屋根の影から見て、足の骨を折る程度の高さに感じた。

 しかし、目測を誤って屋根を越えて飛んでしまえばどうなる、崖の下に流れる川まで転げ落ちてしまうのでは、今の時期は川底は浅く水も冷たい事を考えれば、そのまま死んでしまうだろう、それでも助かるためには飛ぶしかない、飛ばなければ助からない。


 震える左手の甲を噛む、何でこんな目に僕が遭わなければならないのか、このままここで助けがくるのを待つか、いや、一体誰が僕を助けに来るというのか、僕が、僕自身が人類を助けると予言された者なのに。

「予言の者は、何もせずにここで死ぬのか」

 場違いな所にいる偽者に対して、神様はお怒りになったのか、それは死に値する程の嘘なのか、魔王を倒す準備のために使われた時間は無駄だったのか、ならば何のために生きていたのか、今日ここで人生が終るなら逃げ出せばよかった、その努力もせずに泣いてばかりだった。


 人々の希望や魔王など関係ない遠くの世界、本でしか知らない世界に行きたかった。

 そう思うと悔しくて涙が出て来る。誰も本当の僕を知らない、本当の僕を見ようとはせずに、空想の英雄と僕を同一視している人達、勝手な期待をして祭り上げている人達が憎い、預言なんて関係ない、生き延びなければ、絶対にこんな所では死ねない、ここで終らせたくない、背後で天井を支える木材の弾け割れる音と共に、僕は煙の中を飛んだ。


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