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第一人者  作者: 近衛 キイチ
序章
1/63

王の復活

主人公の名前をアーベルからアービエルと変えました、もしかしたらエィビネルに変更するかも、作中に揺らぎがあっても気にしないでください。

 森の中を通る街道の石畳を十頭の馬が駈ける、騎乗する騎士達の表情は険しい、彼らを急かすのは時間という目には見えない強者、彼らが向かうのはパルミュラ王の遺言書が収められている王都の神殿。


 パルミュラの王子ライオネル・ネイ・ベイル、彼が遊学先のラドベルで右半身に微かな不調を覚えたのは十日前、時を同じくして、彼の父エノビアスが崩御したとの報を受ける。

 鉄の男と評される程に健康であったはずの王、突然体調を崩したかと思えば、数日で全身が赤黒く爛れて変質し、融けた内臓を吐き出しながらの絶命であった。


 密使から父の死に際の話を聞くライオネル、ベイル家の長となった少年は、己の体に不安を覚えながらも、ラドベルからの出国を決断したのだが、馬で駆け出した直後にそれは起きた。

 彼の右半身は赤黒く変色し熱と共に痛みが生じる、右手と右足は力が抜けたように言う事を聞かず、右眼は自らの意思とは関係なく動き回る、やがて皮膚は火傷を負ったように腫上がり、破けた水疱から異臭が放たれる。


 手綱を握ることができない程にライオネルは衰弱した。その彼を懐に抱えながら馬を走らせていたボナリウスは考えた。これは何者かの作意による結果、遠く離れた場所にいる二人が僅か数日の差で同じ奇病に罹る事などあり得ない。彼はそう考えた。

 護衛の騎士達も口には出さないが、彼等も陰謀が蠢いた結果であることを確信していた。


 他国の出身でありながら、戦役の際には司令官として前線に立ち、王に最も信頼されるボナリウス、一切の名誉を持たない平民から、最高級の傭兵隊長にまで上り詰めたこの男に対して、各国の王はその功績に報いるために爵位を授け、その忠誠を得るために領地を約束するが、壮年を過ぎ体力に衰えを感じ始めた傭兵隊長は、それら全てを断りパルミュラ王の宮廷に入る。

 約束を平然と破り金を出し渋る他の王とは違い、エノビアスが善き人物であった事が一番の理由であるが、いつの間にか王子ライオネルを息子のように感じ、自身が経験した全てを投じて、ライオネルをパルミュラ史上最高の王とする事が彼の望みと成っていたからだ。


 かつての傭兵隊長はライオネルに引き返すように進言するが、苦痛に耐えながら王子は頭を横に振り、痛む右肩を左手で押さえながら言う。

「莫迦な、私は、私が健在であることを示してこそ主導権が握れるのだ、何の権力も権威も持たない子供と侮られるこの私に対して、王都から遠く離れて一体何をしろと言う。

 今の私にどのような後ろ盾がある。

 光り輝く功績も無いのに、このまま逃げ出すなどすれば、保身しか考えない廷臣らに自らの裏切りを正当化させる理由と、シーダ家の兄弟に根回しを終わらせる時間を与えるだけだ」


 まだ十歳にも達していない少年の言葉にボナリウスは驚く、しかし彼にも考えがある、その考えを口にしようとすると、ライオネルは呟くように話を続ける。

「一度離してしまった手綱を再び握るには、今以上の困難が待ち受けている。それは歴史の必然。

 我々がすべき事は一刻も早く王都に帰還し、神殿に収められている父の遺言書を確保した上で、動揺する王都の民を説得することだ、神官の買収だろうと諸侯の懐柔だろうと、シーダ家の長兄ならばいとも簡単に、何のためらいもなく行うだろう、そこがあの男の恐ろしさであり、尊敬する所なのだ、だからこそ我々は虚構が事実に取って代わる前に、王都で私自身の正当性をこの口を通して生の声で民に訴えなければならない」


 痛みの余りうめき声を上げそうになるが、それを押し殺し少年は言葉を続けた。

「ボナリウス、ボナリウスよ、まさかまだ引き返そうなどと考えてはいないだろうな、国に帰り王位に就かなければ私は無力な子供、このままでは何れ暗殺なり幽閉なりされる事が理解できないのか。

 伯には世話になったが、それでも彼の親切心は父が王位に就いていたからこそ、彼自身にはその積りがなくとも、彼の主であるラドベル王がどう出るか予測できない、もしコーネス・ネイ・シーダと取引をしていればどうなるか想像してみよ、そうなった場合に伯は喜んで私を差し出すだろう、彼の立場にしてみれば私はその程度の存在。

 もし、余生を、運命を、自らの命を他人の手に委ねて生きている状態など、死んでいるのと全く同じ、いや、そもそも王になる事ができなければ、私に生きている意味などない、私には王位を得る以外には何もないのだ、王に成る以外に私には何の価値もないのだ、至高の極みに届くはずだったこの手に、それ以外の夢や希望を掴む事などできはしない」


「しかし――」

 ボナリウスは考えていた。王がこの病を発症してから三日目で冥府へと旅立った、その事を考えれば、今はどこか安全な場所で休息し、この病から回復しなければならないのでは、もうすでに三日目、今夜を乗り越える事ができれば王子は助かるのではないか、ここで無理をさせる訳にはいかない、後遺症が残ったとしても、仮面なり服装なりで幾らでも誤魔化せる、今は王都に向かうべきではない、この姿を理由に王位を奪われるかも知れないではないか。そう考えていたボナリウスをライオネルは残った左目で睨み付ける、考えている事を見透かされたような気になったボナリウス、しかし気丈振舞っていた少年は体を震わせると気を失う。


 馬から落ちそうなる少年を抱え直したボナリウス。これ以上の負担は王子を殺す事になる。彼は心底そう思い叫ぶ。

「何故この子がこんな目に合わなければならない」

 ボナリウスはそう叫ばずにはいられなかった。

 この幼い子が何をしたというのか、船に乗るのが好きで、窪みに車輪が嵌っている馬車を見れば、靴が汚れる事も気にせずに馬車の背を押し、食事に困っている者に出合えば、分け与える食糧が無いからと言って、申し訳なさそうに自らの指に在る指輪を差し出すような子供だ。


 この子が何をしたというのだ、少しばかり融通が利かない所、相手が自分と同じ事をすると考えて油断してしまう所もあるが、それは正々堂々として誰に対しても不遜な態度を取らないという、長所が持つ小さな短所でしかない、戦の才能が欠如している事も今はまだ重要ではない、自分が代わりに軍勢を指揮すればいいのだ、この少年には命を懸ける価値がある。


 ボナリウスは涙を流しながら考えた。王子のこれからの人生が、余りにも痛々しい物に成るのではないかと。

 そして思った。

 離れた場所で生活していた親子が同時に同じ病に罹る訳がない、これは誰が仕掛けた呪いではないのか、誰がそれを仕掛けた。

「決まっているシーダ家の長であるコーネスだ、ベイル家の血筋が消えれば再びシーダの家系に王位が戻って来る」


 コーネスに外交を任せるべきではなかったのだ、奴の功績や奴が開拓した他国との窓口は、奴自身と信用ならない権力者を繋げ、奴に王位を狙う野心を芽生えさせる事になったのだ。

「コーネス・ネイ・シーダ、お前を絶対に許さない、この怨みは必ず晴らす、我が魂を悪霊に売り渡そうとも、この世のあらゆる苦痛と絶望を以って死を与えてやる」


 ボナリウスはまじない師が唱える呪文などを信じてはいない、魔獣の王とレムリニアス王の話も迷信や神話に過ぎないと考えている、レムリニアスの子孫であるかつての王達は魔法を使っていたと聞くが、今の王達にその力はない、彼らに力が有るのならば、己の様に剣のみで出世することなどできはしない。


 しかし、証拠など全くないが、王に代わって策略を考え、王に代わって戦場で戦っていたボナリウスは、ベイル家が断絶して得をする者を疑わずにはいられなかった。

 

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