異世界デバッカー
朝の支度を済ませて玄関横の姿見を見る。暫く立っていると表面が波打ち始める。
その変化を見て、鏡を潜る。
普通じゃないその光景を見るニンゲンは誰も居ない。
「こんにちはー、異世界デバッカーですー」
「あ! やっと来てくれたの!? こっち! こっちよ!!」
「失礼しまーす」
鏡を潜った先は大きな豪邸の庭先だった。
というか地球じゃないです。所謂神様の居る場所です。女神様が庭においてある白いテーブルで此方を手招きしてます。
唐突に何言ってるんだコイツみたいな顔しないで下さい。ちゃんと理由があるんです。
事の起こりは3年前、私がまだピチピチ(笑)の20代だった頃。
夏、土曜の夜が熱帯夜で寝付けずに思わずキンキンに冷やしたビールを飲んで暑さを紛らわしていた所、謎の発光体が落ちてきたんです。
……え? 口上が長い? ……分かりましたよ、じゃぁ端的に。
発光体は神様で神様見習いとしてスカウトされました。
……短い? 注文多いなぁ。
兎も角、神様にこう言われました。
「君、新しい神様になってみない?」
まぁ、仕事もそんなに好きな事やってる訳じゃないし、独身貴族だから柵も無いので二つ返事でOKしたんですよ。そしたら『初めは色んな世界を見てそこで困ってる部分を解消する手助けをして、何れ来る自分の世界構築に役立てるんだ!!!!』なんて言われまして。
最初は理に適ってる……なんて思ってたんですよ?
でも蓋を開けてみれば何て事は無い、余りにも忙しく人手が足りないからいっその事部下を作ろう! って事でスカウトしたんだそうです。
そうです、所謂アルバイトです。神様もアルバイトを雇わないと仕事が回せないとか世知辛い世の中です。それはさておき。
色々な世界を見て回りました。動物だけが居る世界。おもちゃの世界。鉱物の世界。虫の世界。器械の世界。そりゃもう沢山の世界があります。
そんな沢山ある世界で色んな問題があります。地球で言えば温暖化とか砂漠化みたいな? まぁ世界全体で見た時に大きな問題は割りと似たようなものになるんでしょう。でも、最近とある問題が非常に多いです。
神様が私みたいなアルバイトを雇ったのもコレが原因だそうで……。
所謂『転生モノ』
人が死に、何らかの理由で別世界へ魂を移す。その際に少しだけ特典を……という奴です。
実はコレ割と昔からあるそうです。地球の偉人と呼ばれる人の1~2割位は転生して来た人なんだとか。
ですが今と昔で違う事が、それは与えられる特典の使い方……というか、仕様の穴を付いた使用方法を転生する人達が行うんだそうで。結果として現地で大暴れするケースが非常に多発していると……。
ま、気持ちは分からなくはないですがね? 一度死んだ身でやり直しが出来て、更に地球じゃ出来ない様な事が可能で、もっと言えばゲーム感覚で努力が報われる世界。
地球と違って頑張った分だけ確実に成果が目に見える世界ですからね、地球じゃくすぶってた人でも成果が目に見えりゃ……そりゃ頑張りもしますよ。
しかも凝り性が多い日本人に限ってその傾向が強いですから……。
長くなりましたが、そういう所謂『転生者』が別世界で無茶をしすぎた結果、世界のバランス壊しそうだからどうにかして!! という陳情が多いんだとか。
後は転移先が理由を作った神様本人の世界じゃなく、その部下の世界だった場合とか……最悪だそうですよ? 上司の尻拭いを嫌々させられて、さらにその尻拭いの所為で自分の管理してる世界が引っ掻き回される。
順調に作り上げていたモノに余分なモノを入れられてソレの所為で全体の質が落ちる……みたいな。例えるならガンプラでジオラマ作ってた所に萌えフィギアを突っ込まれるみたいな。
……閑話休題。
「おはようございます、本日は『異世界デバッグサービス』をご利用いただき、ありがとうございます
それでは本日利用に至った経緯をお聞かせ願えますか?」
「ええ、ウチの上役に当たる女神様が最近ちょっとしたポカをしちゃったのよ。で、ソレの影響で数人を転生させる事にしたんだけど受け入れ先として私の管理してる世界が幾つか選ばれて……。
そこまでは良かったんだけど転生して来た人達に付与された特典がね……先輩の世界仕様の特典だったのよ。私の力の外にある特典だから私じゃ調整出来ないし、先輩も先のミスを取り返す事にやっきになってるから相談しにくくて」
どうやら先輩から押し付けられた案件が悪さをして、自分の世界が被害を蒙っているパターンの様ですね。この場合は特典を弄るor特典を封殺するのがベター。
特典を貰った側からしたら堪ったものじゃないですが、大きな目で見るとそうも言ってられないのです。勿論、何らかのフォローはしますけど。
「困って同僚に相談したらアナタを紹介してくれたのよ。■※◆▼▲★って分かる?」
「ああ、覚えてますよ。確か地球をモデルに美醜逆転の世界を作られた方ですね。中々面白い世界でしたねぇ」
「そうそう、それで彼女に言ったら対価はあるけど自分で動くよりも楽で早いし、実績もあるからお願いしようって」
「成る程、分かりました。では、今回の直接の原因になった特典を教えてもらえますか?」
「えぇ、『魅了』って特典なんだけど……」
魅了……大体は異性を誘惑しやすくなる、とか、異性限定の隷属スキルだったか?
「本来だと同属……、所謂人種族にしか効果が無い筈なのに、何故か私の世界の動物とか魔物にまで影響してて……。そしたらその子、調子に乗って軍団とか作り始めて……。私の世界のパワーバランス崩すのよ~~~~」
女神様、大分ストレス溜まってる様で行き成り頭掻き毟り始めたよ。ちょっと怖い。
「では今回は転生した方の『魅了』をどうにかしたいという事ですね? 因みに本来の仕様に直すという形で問題ないですしょうか? それとも仕様外の特典は全て封殺、若しくは効果が発揮出来ない形にしてしまいますか?」
「え? そんな事も出来るの?」
「余りお勧めは出来ないですけどね。コレやっちゃうと現地の人が色々組み合わせて使った時に発生するファジーな部分も削る事になるんですよ。簡単に言えば発展が無くなります。
その代わり予想外の効果を発揮するって事も無くなるんで……管理側の問題ですね。ソレで良いって方も割りと多いですよ?」
この提案が一考するに価したのか、女神様はうんうんとうねり出した。一先ず目の前の女神様のプロフィールを手持ちの端末に呼び出す。
そこから先ほどの話に出てきた先輩女神を調べてっと……ふむふむ、先輩女神が管理してる世界の一つでミスを起こして、その対処として転生ね。で、元々の世界での魅了効果は~。
私が色々調べ物をしている間に女神様は随分悩んでから此方へ向き直った。
「今回は魅了をこちらの世界仕様に変えてもらえるかしら? 流石に今の形を壊したくないし、調べたら割りと組み合わせて使用してる人も多いみたいだから」
どうやら女神様も女神様で色々と調べてたらしい。
「了解です。でも1つ良いですか?」
「何かしら?」
「今調べてみたんですが、この『魅了』って力は件の先輩女神様の所と然程仕様は変わらないみたいなんですよ。で、色々比較して見た結果、今回問題になってるのはこちらの世界で使用されている『スキル同時使用によるスキル合成』の部分でして……」
「どういう事?」
「えぇっとですね、こちらの世界で使われている法則ですと、スキルA+スキルB=スキルA’というのが本来の形なんですが、魅了スキル+スキルαを行うと効果の拡張が行われる様でして、恐らく元々この世界にある魅了スキルでも同じ現象が起こせるかと」
「え……っと」
「早い話がバグですね。偶々『魅了』というスキルを貰っただけで効果自体はこの世界の仕様通りになります。まぁ効果の拡張範囲がより顕著なのは別世界の魅了を使用しているから、とも考えられますが」
目の前の女神様は嘘でしょう? という顔をしているが本当です。まぁ製作者って自分の作った物が完璧であると思ってるからね、仕方ないっちゃ仕方ないけど。
「まぁそういう訳で、どうしましょう? そこら辺の仕様も変更しますか? この世界の根幹部分に触れる事になるのでデバッグ用に世界を一度コピーしてからソチラで検証後に反映という形を取りますのでリスクは減らせますよ?」
「それでお願いするわ……」
「はい、では干渉用にアクセス権を発行していただいて宜しいですか? 後、最終工程部分はそちらに行っていただく事になりますが」
「分かったわ……はい、これがアクセス権、それとココの座標にある星を使って良いわ。元がある方が楽でしょう?」
「ありがとうございます。ではこちらの星をデバッグ用に使いますね。それと軽く洗い出しをやります?今回のサービス分ですと追加の修正は行いませんが、レギュレーションチェック位ならやりますよ」
この世界の平均寿命が45歳位だから、デバックツール使うと一瞬だし。
「あらそう? じゃぁお願いしようかしら」
「では、作業を行ってきます。最終工程で使うパッチを作ったら此方へ戻りますので」
そう言って私は女神様の庭から出て行く。
さて、これから世界をコピーして件の星にペースト、そしたら世界に入って子供から追体験。その際に魅了スキルを付与して……あー、出来れば本来の法則でスキルを取って検証したいから最低限だけの付与にするか。
ある程度検証終わったら特定スキルの組み合わせも見とくか……この世界での偉人リストとそのスキル構成を見てからバグが無いか検証。後は懸念点を洗い出して~……。
よし、頑張るか。