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踊ってるだけです。
でも?
わたくしの手をとった王太子殿下はまっすぐとダンスホールへと向かった。
向き合い、笑みを交わす。
ゆったりと始まった音楽にあわせて一歩。
(あら、この方は踊りやすい人ですわ)
がちがちにホールドするのでもなく、かといってゆるく不安定なわけでもない。
お兄様の次、いや、お兄様と同じくらい踊りやすい。
この人はどう思っているのだろうか?
視線が合えばにっこりと笑ってくれる。
そしてふっと視線を遣った。
その先はダンスホールの中央。
再びこちらを見てくる。
その意図は分かった。
しかし殿下と一番目立つ中央で、だなんて。
面ど……畏れ多いことである。
やんわりと断るように、困った顔で笑って見せた。
しかし、次の瞬間には彼が動き出していた。
しっかりとリードされてしまえば抗うことはできない。
諦めてそれにあわせて動き出す。
ここまできたらもう同じだ。
仕方がない。
周囲を魅了させてみせようじゃないですか。
笑みを曲に合わせて柔らかなものにする。
この曲は夢見がちな娘が自分の王子様を思い描いて踊る、そんな曲なのだから。
華やかではないが愛を浮かべて、うっとりとしたと言ってもいい表情で。
殿下はそれに少し目を開いたが、次の瞬間には甘い笑顔を返してきた。
そして一歩、中央へと踏み込む。
そこはぽっかりと、わたくし達のためのステージであるかのように――夢のない現実を言えば、誰もが中央で踊るだけの勇気や技術がないだけだが――開いていた。
わたくし達は微笑み合い、踊り続ける。
夢の中なのだから重さなど感じさせないようにふんわりと足を運んで。
しかし曲から遅れてはならない。
表情は相変わらず夢見がちに。
あぁ、もうすぐ夢が、踊りが終わってしまう。
さぁ、最後は美しく終えねば。
ぐっと力を入れ、殿下に合わせて美しく儚く夢を散らせましょう。
ふっと一息。
殿下を見上げれば、満足げに笑っていた。
とりあえずは合格点をいただけたと思っていいのだろうか。
周囲を見渡せば頬を高揚させたご令嬢方、間抜けづ……口を開いたまま動かないご令息方。
うん、周りの評価としてもそれなりに高かったようです。
さて皆さまが何も言い出さないうちに、ダンスホールからお兄様の元へ行かねば。
お兄様が引き止めてくださっているジェラルド様に誘っていただき、踊れば今日のノルマは達成なのだから。
そちらへと行こうとすればぐっと手を引かれた。
「あ、の?殿下?」
「どこへ?」
「お兄様のところですわ」
「そう……。じゃぁ、そこまでエスコートするよ」
何かあっただろうか?
少し不満げに見えないこともないが……正直今日までまともに、それこそ挨拶程度にしか話したことはない。
そんな相手の表情を完璧に読むという芸当はわたくしにはできない。
仕方ないので少しの違和感は無視をして、お兄様たちの下へといく。
お兄様は満足そうに笑い、わたくし達を迎え入れてくれた。
「すばらしかったよ。マクシミリアン様もありがとうございました。この娘をリードするのは大変だったんじゃありませんか?」
お兄様の賞賛にわたくしはほっと胸をなでおろす。
あと一曲、うまく踊りきれば明日教師を呼ばれることはなさそうだ。
ふと隣の殿下をうかがえば、なんとも分かりやすく表情をゆがめていた。
……誰がどう見ても嫌そうな顔だ。
どうしたのだろうか?
「ルーフォ。その呼び方やめていただけませんか?」
「なぜです?マクシミリアン様。何かおかしい呼び方をしていますでしょうか?」
なんと畏れ多い、怒らせてしまっただろうかというような顔をしているが、わたくしには分かります。
お兄様、楽しんでらっしゃいますね。
目が笑っていますわ。
「敬語、様付けに加えてマクシミリアン呼び?いつも稽古のときは呼び捨てどころか愛称呼びで敬語一つついてないでしょう」
嫌そうというか気持ち悪く感じてらっしゃったようだ。
といいますか、お兄様?
公の場ではないとしても王太子殿下にその態度はいかがなものでしょう
「おや、そうでしたか?僕は常に殿下に敬意を持って接しているつもりですのに……。殿下と僕の間には大きな認識の違いがあるようですね。いい機会です。しっかりとお話しましょう」
にっこりと笑うお兄様に、つい視線をそらした。
下手にかかわればわたくしにも飛び火しかねない。
明日はわが身。
ここは多少の犠牲と思って殿下を差し出しましょう。
すっと殿下から離れ、ジェラルド様のそばへと場所を変え、見上げる。
ジェラルド様と呼びかければ、楽しそうに見ていた彼の目がこちらへと向けられる。
「アイリーン?」
「いかがでしたか?わたくしのダンスは」
2人を見ていた、どこか人の悪い笑みから、彼らしい豪快な笑みになる。
「おう、いつも通り綺麗だったぞ」
「ありがとうございます。ジェラルド様がそうおっしゃるのでしたらきっと大丈夫ですわね」
「ん?あぁ、ルーフォか?」
「えぇ。お兄様の評価基準はとても高いのですもの。でも同じ武人のジェラルド様の目から見ても美しいと言っていただける程度には踊れていたようですし、きっと合格点はいただけた……と思いたいですわ」
だんだんと声に力がなくなっていくわたくしの頭を軽く、本当に当たるか当たらないかくらいの軽い力で撫でてくださる。
この撫で方ならばきっと侍従様にも合格いただけますわよ!!
「大丈夫だ、な?」
普段とは違う、すこし穏やかな、目尻を下げて小さな子を愛でるかのような笑顔が実は割りと好きである。
「はい。ありがとうございます」
わたくしは持ち直し、当初の目的を思い出した。
「ジェラルド様はもうどなたかと踊りましたか?」
唐突に変わった話題に少し疑問符を浮かべながらも答えてくださる。
「今日はまだだな」
「そうなのですか。踊りに行かなくてもよろしいのですか?」
「別に……。いや、あー…………」
嫌そうに、少し困ったように言葉を詰まらせたかと思えば、こちらをちらりと見てくる。
「アイリーン、一曲踊らないか?」
「はい!喜んで」
やはり有能な侍従様に一曲は踊ってくるように言われていたようだ。
目論見どおり、誘っていただくことができたわたくしは、相手がジェラルド様ということもあって自然と笑みを浮かべていた。
それを見たジェラルド様は少し言葉を詰まらせ、次の瞬間には察したように
「もしかしてルーフォになんか言われてたか?」
「ふふふ。実は今日2人以上と踊ることというノルマが課されていたんですの」
ジェラルド様のおかげで達成ですわと笑えば、仕方ないなぁといういかにも年長者らしい笑みで返された。
この笑みも好きだなぁと思いながらダンスホールで向かい合う。
類希なるセンスを持ったお方であり、今までも何度か相手をしていただいたことがある。
しっかりと支えられたわたくしは、ただ身を任せる。
この任せ具合に関してはジェラルド様に対するものが一番だと言える。
この方の腕の中は安心できる。
そう、過去の経験から分かっている。
お兄様とのある意味緊張の解けないダンスより、そのほかの方との自分を魅せなければならないダンスより、一番のびのびと踊れる。
好きではないダンスも楽しいと思えるくらいには。
そんな感情が漏れるのかジェラルド様とのダンスではわたくしの評価が変わる。
もちろんダンス自体は完璧だと言われるのだが、普段は美しいという評価が先立つなか、可愛らしいという評価がつけられるのだ。
今回の曲は軽やかなもの。
春の花畑を飛び交う様々な虫たちを表現したものだ。
くるくると微笑み合い、春を喜び、楽しむ。
ただただ楽しんでいればいつの間にか中央に躍り出ていた。
それでもそのまま楽しむ。
にっこりと笑えば微笑が返され、安心する。
華やかなこの曲は他の舞踏曲に比べてステップが多くなる。
しかし、欠片も不安などない。
大木に身を寄せる鳥たちが折れてしまうことを心配しないのと同じように。
花が来年も同じように咲くことを虫たちが疑わないのと同じように。
わたくしが一緒に踊っているジェラルド様への信頼感がわたくしのステップを支えてくださる。
あぁ、もうすぐ終わってしまう。
楽しいのに。
最後の一音、最後のステップまで楽しみましょう。
そうして終わったあと残るのは満足感と少しばかりの寂寥感。
見上げた先の顔は本当に優しい表情で。
つられてわたくしも微笑んでしまう。
さて、終わってしまったのは残念であるが、お兄様の下に帰ろう。
誤字脱字がございましたら、お知らせください。
さて、踊ってるだけでしたが、アイリーンの感じ方は正反対。
ジェラルドの豪快に笑ってるだけのイメージは払拭できたでしょうか?
ついにPV110,000突破しました!
ブクマも1700件突破です。
これだけ多くの方にご支持いただけるとは思いませんでした。
本当にうれしく思います。
読みづらいところなどありましたら、お気軽にお伝えください。
内容に関しては軸がぶれるので採用できるかは分かりません。
言葉遣いに関しては精査し、場合によっては変更いたします。
読みやすさに関しては鋭意、勉強いたします!
できるだけ読みやすくなるよう、改善していきたいと思っております。
拙い文章ではありますが、今後も頑張って書いていきますので、どうぞお付き合いください。