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一部「――」が多いというご指摘がありましたので、少々変更しました。

読みやすくなっているといいのですが……

 怪我をしてから4ヶ月半ほど。

 回復はとても順調だった。

 すでに痛みはなく、少しばかりの跡が残るだけだ。

 体力も戻り、今シーズンも問題なく過ごせそうである。

 医師からもお墨付きをいただいた。


 が


 しかし


 精神的には過去類を見ないほど弱っていた。


 度重なる王女殿下からの謝罪やお見舞いが容赦なく私の心をぐさぐさと抉っていったのだ。

 本人は全く問題としていないことを、他人があまりにも気に病んでいるという事実は人の心をこうも容易く抉っていくものなのか。

 

 しかも気に病んでいらっしゃるのはマリベル様で、畏れ多いことではあるが妹のように思っている相手である。

 わたくしは気にしていないので―強がりとかではなく本当に、微塵も、かけらも―気にしないでいただきたいのだが……。

 何度そう手紙を送っても、それでもと送られてくる手紙と品々。


 怪我をしてから数日後にはシーズンの終わりが近くなったこともあり、静養のために(という立派な建前を手に入れたので嬉々として)少し早めにシーズンを切り上げてマナーハウスに戻って来てしまったせいもあるかもしれない。

 おそらく、治療後、王城から屋敷へと戻ることになった日に一度きりお会いしただけで、そのあとすぐにマナーハウスへと発ってしまったため、マリベル様の中でわたくしは怪我をしたままの姿から記憶が更新されていないのだろう。


 普段、騎士たちに守られてはいても、目の前で怪我をするというような事態に陥ったことがないのかもしれない。

 いや、怪我をしたのが職務中の騎士であればマリベル様もここまでは気にしなかっただろう。

 わたくしは一応、ただの令嬢である。

 騎士たちのように職務に縛られたものでないものが自身のせいで怪我をするということは衝撃だったのだろう。

 それが女性であればなおのこと。


 当時のわたくしを殴り飛ばしてでも止めたい。

 なぜお前はそんなに嬉々としてマナーハウスに戻ろうとするのか?!

 と

 まぁ、タウンハウスにいたらいたでここぞとばかりに大してつながりもない馬鹿……もといわたくしを心配してくださった心優しい貴族の方々がひっきりなしにお見舞いに来てくださるということになっていただろうから、判断として間違っていたとは言い切れないのであるが。


 マリベル様名義の品だけならばまだしも、陛下と王妃様からもお見舞いをいただいた。

 更にはマリベル様が一度わたくしの見舞いのためにハウエル家の所領にいらっしゃるという話も出たらしいが丁重に、最終的には王妃様に泣きつく形で取り成していただき、お断りした。

 正直わたくしとしては大事になりすぎているという感はいなめない。

 両親もお兄様も騒ぐほどの傷でもないのにと若干、困惑している。

 家が武門の流れを引いている――断じて脳筋の集まりだからとか、そもそも武門とか関係なくハウエル家が変わっているからだとかではない――のだ、こんな反応になってしまうのは仕方がない。

 お母様は一般的な侯爵家の出のはずだが、それは置いておく。

 何事にも例外というものは存在するのである。









 そんな日々を過ごし、早幾日。

 今日、シーズンの始まりを告げる王家主催の舞踏会が開催される。


 それに招待され、今現在、馬車に乗って向かっている途中なのである。

 鮮やかな青のドレスは銀色の刺繍で縁取られ、胸元も背中も大きく開いている。

 ハニーブロンドの髪は結い上げ、大人っぽく。

 きっと後ろから見れば傷跡が見えるだろう。


 だが、それでいい。


 馬車が止まったのを感じる。

 ドアが開き、お兄様に続きゆっくりと降りる。

 背をまっすぐと伸ばし、お兄様にエスコートされ歩き出す。


 会場へと入ればざわめきが広がる。

 引きこもって来ないだろうと思われていたのだろうか。

 それとも背中が見えないようなドレスで来ると思われていたのだろうか。

 まぁ、どちらであれかまわないのだが……。

 陛下方へとご挨拶するため、まっすぐとそちらへ向かう。


 わたくしたち、いやわたくしが通った後、その後姿を見て息を呑む者、嫌な笑みを隠せぬ者、哀れそうに見てくる者……さまざまな反応がされたがそんなものにわたくしもお兄様も一々反応などしない。

 社交界を渡っていく術としての笑みを浮かべたまま、ただまっすぐに進む。

 わたくしの紫色の瞳は目いっぱい、誰が見ても楽しそうに弧を描いているだろう。

 隣を歩くお兄様もそんな目をなさっているのだから。

 顔立ちが似ていないといわれるのと同じくらい、浮かべる表情はそっくりだと(仲のよい人間には)言われるのだ。


 お兄様を伺っていた目を再び前へと移す。

 同情も嘲りも反応する必要すら感じない。

 なぜ誰もがわたくしを哀れな女だと、傷物の女だと噂するのだろう。

 今、ここに立っているのは背中に傷の残る哀れな娘などではない。


(わたくしは王女殿下をお守りしたハウエル家の人間ですのに)





 陛下方の前に立ち、


「ハウエル侯爵家が長子ルーファス・ハウエルと長女アイリーン・ハウエルがご挨拶させていただきます」


 優雅にお辞儀をする


「あぁ、よくぞ参った。アイリーンよ、王女襲撃の折には世話になったな。感謝しておる」


「もったいないお言葉にございます」


「エレナ、わたくしの娘を守ってくださってありがとう。またディアと一緒にお茶会にいらしてね」


「はい。ぜひ母子(おやこ)ともどもお邪魔させていただきます」


「今日は楽しんでいくがよい」


 その言葉を合図として陛下方の前を辞した。


 挨拶をして回るお兄様についてしばらくすればゆっくりと音楽が流れ出した。

 ダンスが始まってしまったようだ。

 ちらりとお兄様を伺えばにっこりと()()()笑顔が返される。


「さて、エレナ。今日のエスコート役は僕だからね。きっちりしっかり踊ってもらうよ」


 ひらりひらりといつもならかわすのだが、お兄様にがっちりと腕をつかまれ引きずら……エスコートされてダンスに混じる。

 諦めてくるり、ひらりと優雅に見えるように足を捌き、顔には笑みを浮かべて。


 お兄様はきっちり武人の血を引いた人間らしく体を動かすことが好きである。

 ダンスも得意であり、いつもできる限り踊らないわたくしとは大違いである。

 もっとも、一番好きなことは剣であるだろうが。


 わたくしはといえばダンスが嫌いなわけではないが、舞踏会ではちょっとした自分だけのゲーム――いかに相手に避けていると思わせず男性をかわすかというもの――があるのだ。

 そちらに時間を割いているため、あまり踊らない。

 その上、お兄様のダンスの合格基準が高く、舞踏会で無様な踊りをするとすぐさま教師をつけられてしまう。

 そのため、お兄様の目の届くところで踊るのはわたくしにとって試練である。

 では誘われなければいいではないかと思い始めたのが、先ほど言ったゲームである。

 まぁ、今ではそれが楽しくなってしまい、当初の目的からはずれてしまっているのだが。


 そんなわけでお兄様と踊るのはわたくしにとって緊張する時間でしかない。

 しかしなんだかんだといいつつも、わたくしのダンスレッスンに付き合ってくれたのはお兄様なのだ。

 男性のリードによって踊りやすさが決まってしまう中、正直なところ一番踊りやすく、気兼ねせずに踊ることができるのはお兄様である。

 兄妹であるからという以上に、リードがうまい人間と踊るときには、その人の邪魔にならない程度に身を任せていればいいので楽なのだ。


 そんなわたくしとお兄様のダンスだが、周りからの評判は上々である。

 息が合っているし、身長もバランスがよく、武官ではあるものの、筋骨隆々としたというよりかしなやかな筋肉のつき方をし、金茶の武官にしては長い髪を持つ柔和な顔立ちなお兄様とそこそこスタイルがよく華やかなと表現される外見をしたわたくしが踊っている姿はお似合いの見目麗しいカップルに見えるらしい。

 実際は兄妹でしかないのだが。


 意識を飛ばしていればぐっと力がこもった。


「エレナ?今日は僕と以外で2人以上は踊ってね?」


 目が笑っていない。

 ダンスは嫌いではないのだが、得意でもないものをやらなければいけないのは正直苦痛である。

 しかし、お兄様がこう言う以上、仕方がない。

 なんとかして相手を見つけなければ。


 そもそも舞踏会というのは結婚相手探しの場であり、踊ることで親密さをアピールすることが目的である。

 そういった事情の中、わたくしのゲームはそれを真っ向から拒否しているようなものなのだ。


 わたくしも侯爵家の人間として結婚相手を見繕わなければならない。

 両親がいくら自由恋愛推奨派な変わり者であったとしても、それを理由に嫁き遅れになるわけにはいかないのだ。

 早い、そうあと3年ほどのうちに私が婚約者を見つけなければ、相手を見繕ってきてしまうだろう。


 『()()


 わたくしのあまりの男っ気のなさに嫁き遅れてしまわないかお兄様だけは心配なようだ。

 ちなみにお兄様にはすでに婚約者―きっちり自身で見つけてきた―がいる。

 であるから、普段であればわたくしのパートナーは未婚の従兄弟か、あるいはお兄様のご友人で暇な方を紹介していただいている。


 パートナーを請け負ってもらった変わりに、といっては何だが、わたくしの友人の中で気の合いそうな人にご紹介している。

 彼らはお兄様のお墨付きをいただいた方なので、わたくしも安心してご紹介できるというものだ。

 そのため、わたくしのパートナー役は別の意味で人気らしい。

 お兄様としてはわたくしのお相手としてつれてきているようだが。


 今回は前シーズンの事件のこともあり、わたくしとお兄様で挨拶したほうがいいということでパートナーを譲っていただいた。

 とてもいい方なのだ、婚約者であるお義姉様は。


 伯爵家の方で多少おっとりとはしていらっしゃるものの、芯のあるお方だし、多少のことでは動じない。

 そして、社交界でご友人を多く持つお方でもいらっしゃる。

 意外とそこは重要なのである。

 女性の間での問題というのは本当に難しいものがある。

 しかし一応は人気物件であったお兄様の婚約者に納まっても文句が出なかったどころか、祝福されているお義姉様を本当に尊敬している。

 わたくしのこともかわいがってくださるし、本当の姉のようなお方だ。



 閑話休題

 


 お兄様に相手を決められたくなくば、とっとと自分で見つけなければならないのだ。

 普通の令嬢であれば政略結婚もありうるだろうが、自身の()で勝ち取れを家訓とし、自由恋愛を推奨とする両親のこと、わたくしにはそんなものは存在しないのだ。

 むしろ嫁き遅れたところで気にしないだろう。


 また一つ上の王太子殿下がいるのだから普通はそちらの婚約者にねじ込もうと画策するのだろうが、そういったものさえない。

 王家の剣と呼ばれる侯爵家の令嬢である、王妃様とお母様が懇意である、王女殿下とわたくしが仲がよい、お兄様が王太子殿下の剣の稽古相手を務めている、そして何より王太子殿下の婚約者が未だ決まっていないなどといったこれ以上ない条件を満たしているにもかかわらず、我が家と王家の間にはそのような話は出たことが()ない。


 日ごろから、わたくしはマリベル様にお会いするため、王宮に出入りすることはあるが、王太子殿下とは挨拶程度しかお話したことがない。

 とはいえ王太子妃を狙うご令嬢は多いのだ。

 そしてわたくしは条件の揃ったご令嬢である。

 勘違いでご令嬢方の標的にはなりたくないという自己保身に走った結果、挨拶程度しかしたことがない訳だが問題はない。


 なぜ王太子殿下は婚約者を決めないのだろうか。

 とっとと決めてくだされば、わたくしとしてももっと気軽にマリベル様にお会いしに行くことができるのに。



 再度閑話休題



 どうでもいいことでしばらく逃避していたものの、どうがんばっても現実というものはそこにいるものである。

 お兄様から注意が来ないということは、幸い、体はしっかりと動いていたようだし、表情も崩れていなかったようだ。


 さてこの曲が終わった後のお相手はどうしようか。

 適当に相手を見繕わなければいけなくなってしまった。


 1人はお兄様の友人であるジェラルド様でいいだろう。

 剣好きの根っからの武官といった、兄とは対照的にこれぞ武芸者というような筋骨隆々とした体格をお持ちのお方で、多少粗野な部分はあるが気のいい人物である。

 さきほど視界の隅に彼のお方をお見かけしたし、探せばすぐに見つかるだろう。

 ダンスは堅苦しいからあまり好きではないらしいが、1曲ぐらい付き合ってくれるだろう。

 また、多少噂されても気になさらないだろうし、彼の御仁との噂であれば、わたくしとしても許容できる。

 (武芸の話ができる友人の妹という意味で)仲がよいというのは事実なのだから。


誤字脱字ございましたら、お知らせください。

言い回しの気に入らない部分があるので変更するかもしれません。

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