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やっと来ました!
(ただし登場せず)
今回は少し長めです。
コンコンというノック音に思考から抜け出す。
「はい。……どうぞ」
居住まいを正し、入室の許可をする。
「失礼致します。アイリーン様。旦那様がお呼びです」
「お父様が?分かりました」
立ち上がれば、少し乱れていた裾などを整えてくれる。
なんのお話かしら?と一瞬過ぎったものの、ジェラルド様が昼間いらっしゃっていたのだ。
当然、そのことだろう。
「では参りましょうか」
「はい」
侍女が開けてくれたドアをくぐり、お父様の書斎へと向かった。
いつも通り入室の許可を取り、入室する。
侍女は先に言われていたのか、わたくしの入室を見届けると退出していった。
それを少し不思議に思いながら、お父様に視線をやる。
「お父様、お呼びとの事ですが?」
書斎には難しい顔をしたお父様と、少し楽しそうな顔をしたお兄様がいらっしゃった。
「とりあえず、座れ」
お父様はふぅと一息つくと
「今日は顔合わせだったな」
いきなり切り出され少し面食らったが、こくりとうなずく。
「はい。ジェラルド様がいらっしゃって。ジェラルド様のお話をお聞きして」
と言ったところで、少し待てと言われる。
なんだろうか?本当に。
豪快な父が言いあぐねるようにして唸っている。
珍しいことがあるものだ。
で済めばよいのだが。
はぁともう一度ため息を吐くと
「今日の話はルーフォから大体聞いた。お前がその話に前向きだと言うことも」
わたくしはこくりと頷き、それが事実であることを伝える。
それを見たお父様は眉間にしわを寄せ、頭を一つ振る。
何かを振り払うように。
「だからなぁ、できれば波風は立てたくないんだが、そういうわけにもいかなくなった。俺の独断で断れればいいんだが、そういうわけにもいかない」
波風、ということは新しい縁談の申し込みだろうか?
お父様が独断で断れないとなると、うちよりもはるかに力を持った相手ということになる。
お兄様がとなりでニヤニヤを隠せずにいるのも、引っかかるものがある。
「お相手は?」
「……かだ」
「はい?」
「……殿下だ」
「……はい?」
「あぁ、もう面倒くさい!マクシミリアン王太子殿下だ」
半ば投げやりに言い切った父に何も返すことができない。
「王家から、先ほど正式な婚姻の申し込みがあった。もちろん、アッカー家との婚姻も知った上でだそうだ」
「……殿下の意思を無視して、陛下方が申し込んできたのでしょうか?」
「いや、殿下のご署名が入っていたから、殿下が知らんということはないだろう」
「では、やはりマリベル様をお守りした傷を気にしてでしょうか?」
「それは関係ないと書かれていたがな、真相は知らん」
本来、自由意志、自由恋愛を掲げているお父様としては、このお話は不服なのだろう。
顔に気に入らんと書かれている。
今回のアッカー家、ジェラルド様との婚姻に乗り気だったので、余計に。
もし、前者だった場合陛下に、後者だった場合殿下に殴りこみにいきそうで怖い。
意図が読めず、うんうん唸っていれば、今まで静かだったお兄様がくすくす笑い出す。
「父上、エレナ。そんなに難しく考えないでいいですよ」
「ルーフォ、お前は知っているのか?」
「えぇ。一応は剣術指南役ですからね。指南役というよりは練習相手という感じですが。今回のことに関しても聞いていますよ」
「もったいぶらずに言わんか」
お兄様はわたくしをちらりと見ると、にっこりと笑う。
警戒したくなるような笑みだ。
「殿下はね、いや、ここではマックスと呼ぼうか。マックスはね、ずっとエレナが好きだったんだよ。だから、婚姻を申し込んだんだ」
「……」
好きだったから?
からかわれているのかもしれないと思い、お兄様を見る。
しかし、この状況を楽しんではいても、言った言葉は本心のようだ。
お父様は納得したらしく、眉間に寄せたしわを消す。
と同時ににやりと笑い、
「なんだ、そうなのか。あの小僧め。だったらハウエルの人間を娶る資格があるか確かめに「必要ないよ」」
殴りこ……話をしにいこうと意気込むお父様を、お兄様がさえぎる。
「もう僕がやったからね。というか、それをしてたから今まで申し込めなかったと言うか」
「なにがあった?」
「マックスがエレナのこと好きだって言い出したのは、僕がマックスの剣術指南役兼将来の護衛候補になってしばらくしてから。僕が9歳だったから、マックスは7歳ころだったかな?」
「ルーフォ!」
駆け寄ってくる姿に何かあっただろうかと不安になった。
怪我をしている様子はなかったから、すぐに警戒をさげたけれど。
「殿下、いかがなさいました?」
「アイリーンってルーフォの妹なんだよね?」
「はい。そうですよ?紹介したことありましたっけ?」
「このまえ、マリーに紹介された!」
「あぁ、なるほど」
「なぁ、ルーフォ。アイリーンをめとる?には、どうしたらいいんだ?」
「……はい?!」
「だから、アイリーンをめとる?えーっと妻にする?にはどうしたらいいんだ?!」
このとき混乱した僕は悪くないと今でも思うし、それでも原因追求した自分を褒めたいと思う。
「えっと、なぜでしょう?」
「なぜって好きになったから!」
「今日、初めて会ったんですよね?」
「あぁ!」
「なぜ好きになったんです?」
「笑ってたから!かわいいとおもったから!」
「はぁ。大抵の人間は笑うこともあるかと思いますが」
「いや!ちがうんだ!だって、みんな、きもちわるい顔で笑うんだぞ。アイリーンのは、きもちわるくなかった」
「はぁ」
なるほど、今までなんとも頼りにならない王子様だと思っていたが、幸いにもバ……感性の優れた方だったらしい。
これならば、調きょ……指導次第で立派な王になるだろう。
「ところで、なぜ笑っていなければならないのです?笑わない人間でも優れた方はいらっしゃるかと思いますが」
「えっとな、父上がおっしゃっていたんだ。王の妻は妻であればいいだけではない。王妃とならなくてはいけない。だから、じぶんというものをもった人間でなければいけない。って」
「はぁ」
「じぶんをもつってなんなのか分かんなかったから聞いたら、どんなときでも笑っていられる人だって父上がおっしゃってたんだ。母上だっていつでも笑っているだろう?って!」
「はぁ」
「でな、さっきあったアイリーンなんだけどな、笑ってたんだ。その笑い方はきもちわるくなかったし、だから、アイリーンなら王の妻になれるとおもうんだ」
「はぁ」
基準をもうちょっと考えさせなきゃ、とかいう以前に、それは好きではない。
子供というものはどうしてこう支離滅裂な思考回路をしているのか。
というつっこみは置いておいて、
「殿下。申し訳ありませんが、今の殿下では妹を王太子妃にすることはできません」
「なぜだ?」
「我がハウエル家にはいろいろと決まりごとがありまして、ハウエルの女を娶るには超えなければならない試練がございます。殿下はその基準に達しておりません」
「基準とはなんだ?」
「剣術においては最低限自らの命を守れる力を持つこと。これは相手が2名を想定してです。そして勉学においては、読み書き計算はもちろんのこと、文官として出仕できる程度には知識をつけること。そして」
「まだあるのか?!」
「最後ですが、もっとも重要なことです。娶る相手、今回は妹のことですが、その相手から許可を得ること」
「ん?当然だろう?」
「政略結婚のように権力などを使うことなく、相手の心を得なければならないのです」
「心を得る?」
「はい」
「よくわからんな」
「そうですね。……いずれ分かる日が来ましょう。その日のため、今日から先に挙げた2つを達成しておきましょう」
「うーん、そうだな!」
「と、いうわけでマックスはすくすく成長したのでした」
ちなみにこの頃からマックスって呼ぶようになったかな?と付け足されたが、今はそれどころではない。
説明途中に聞こえた不穏な発言も、今は後回しだ。
「…………え?」
「ほう?ということは剣術、勉学ともに基準に達したのか」
わたくしは絶句、お父様は興味津々といったご様子。
「えぇ。一昨年、無事に」
「一昨年だと?」
「はい。意外と優秀だったというべきか、真面目だったというべきか、本気だったというべきか。エレナがデビューする2年くらい前には、認めてもいいと思える程度にはなっていたのですよ」
「中々優秀だな」
「でしょう?当時、勉強の方はよく知らなかったのですが、確認してみればそのまま勉強を続けていけば十分だろうというペースで進んでましたし、なかなかに頭の回転は早いようでしたよ。剣はそれまで気弱というか、思い切れない部分があったのですが、あのときから随分と変わりまして」
「なるほどな。で、今までなんで申し込まなかったんだ?エレナのデビューに合わせて申し込む事だってできただろう?」
「そうなんですけどね。デビュタント時には十分基準には達していましたよ。ただ、自らまだまだだと仰って、もっと自信をつけてからにしたいと言っていたので、稽古を続けておりました。やっとと思い、申し込みをしようとしたら、」
わたくしをちらりと見てため息を一つ。
お父様も分かったらしい、呆然としたまま聞いていたわたくしでさえ一つ思い当たる原因がある。
「エレナは怪我をしたでしょう?おまけに領地に戻ってしまうし」
やれやれといった風に首を振るお兄様。
「そんなときに申し込みがあったら、当然責任感だと思うでしょう?だから今年の社交シーズンまで待ったんですが、そうしたら今度は尻込みしてしまったようで、なかなか申し込めず」
はぁぁと少し深くため息を吐くお兄様。
しかし、ぱっと顔を上げたかと思えば、にやりと一つ。
「今回、ジェリーのことがあって危機感があおられたんでしょう。僕としては何故?よりやっとという感じですよ」
「ふむ。少し頼りない気もするが、基準に達しているのなら、俺が口を出さなけりゃならんことはないな。あとはエレナが決めろ。……エレナ?エレナ?」
聞き流していたわたくしは、呼びかけで深く深く沈みこんでいた思考からはっと浮かび上がる。
「は、はい!よく考えますわ」
そんなわたくしを微笑ましそうに見るお兄様。
わたくしの頭を優しくなでると
「あいつの思いは本物だ。それだけは疑わないでやってくれ」
とだけ告げた。
わたくしはそれに頷き、いまだ混乱したまま、お父様の書斎を後にした。
誤字脱字がございましたら、お知らせください。
えーっと、あの、あれですよ!
ヒーローは遅れて登場する的な!
(厳密には登場してないけど)
当て馬感ハンパないのですが、一応対立候補なのですよ。
次回も登場しない予定です(笑)
エレナが唸りながら考え込んでます。
お兄様は9歳で王子様の剣術のお相手に選ばれるくらいにハイスペック。
この当時、すでに剣術の最低限の基準はクリア済み。
王子様表記は間違いではなく、この当時はまだ立太式前。
だから王太子ではなく、王子様。
ひらがなでしゃべってもらおうと思ったけど、あまりにも読みづらいので断念。
言いよどむ際の書き方を今までと変えましたが、違和感なかったでしょうか?
なければ今後はアルファベットを使わない方向でいきたいと思います。
アドバイス等々も、いつでもお待ちしておりますので、気になったら言ってください!