1
見切り発車いたしました。
どれだけ遅くなろうとも最後まで書くつもりですので、気の長い方はお付き合いください。
短編版よりも設定を書き込んであります。
来年にデビュタントを控えた王女殿下のために開かれた、王家に縁深い人間のみのお茶会。
今日は天気がよいため、庭園でのお茶会となった。
招かれているのは公爵家、侯爵家、一部の伯爵家といった有力貴族、その中でも王女殿下マリベル様と年近いデビュタント前のご令嬢方だ。
そんな中、すでにデビュタントを終えた16歳のわたくしが呼ばれているのは、偏に侯爵家令嬢であったお母様と公爵家令嬢であった王妃様が、親友と言っても過言ではないお付き合いをされてきたためだ。
いや、不敬であることを承知で申し上げるのであれば、姉妹だろうか。
わたくし自身とマリベル様のお付き合いは、マリベル様がお生まれになられてしばらくしてから。
王妃様はマリベル様出産後、産後の肥立ちが悪く、後宮を下がり、別荘にて静養された。
それに際し、王妃様直々に乞われ、お母様は付き添うこととなった。
今後も王女殿下と交流していくであろうことも見据えて、当時4歳であったわたくしも着いていくこととなった。
それから早12年。
お美しく成長なされたマリベル様が、来年にはデビュタントされるのかと思うと感慨深いものがある。
お母様たち同様、姉妹のように育ったわたくしとマリベル様は、互いに愛称であるエレナ、マリーの名で呼び合うようになった。
そんな日々を思い返し、楽しげに友人方と語らっているのを微笑ましく見守る。
本当にお美しく、そして聡明に成長された。
紅茶を一口
カップを置き、ふと視線を遣った先に凶手を見つけてしまった。
「マリー様っ!」
とっさに体は動いていた。
お茶会の最中、放たれた弓矢は私の背中に刺さった。
痛みとともに感じるのは安堵
自身に刺さったということは、つまり殿下は無事だということ。
(周りの方がわたくしとマリベル様の関係を考慮して、近くに席を配していただいたことに感謝ですわね)
ふとそんなことを考えてしまう。
令嬢たちの悲鳴とともに、駆けつけた騎士たちの指示を出す声が聞こえる。
もう大丈夫だ。騎士が来たのだから。
震えている小さな肩を抱きしめる手から少し力を抜く。
「マリー様。大丈夫ですか?お怪我は?」
殿下はふるふると首を振る。
泣くのをこらえている彼女はきっと声を出せば我慢しきれなくなってしまうのだろう。
そんなマリベル様に笑いかける。
「ご無事で何よりです」
安堵からかだんだんと背中が痛み出す。
わたくしはここから動けないが、狙われているのがマリベル様である以上、このままここに引き止めるわけにもいかない。
騎士たちがいる今ならば、安心してこの手を離すことができる。
襲撃から立ち直った侍女を近くに呼び、殿下を離す。
「エレナ……」
が、今度は殿下から手を伸ばし、わたくしの腕をつかんだまま離れようとしない。
震えるマリベル様から離れるのは不安だが、ここは一度襲撃された場所。
侵入者が一人であるとは言えない以上、開けたこの庭園は危険な場所である。
その手をつかみ、もう一度気力で笑いかける。
「わたくしは大丈夫ですわ」
侍女に目配せすれば、彼女は力強くうなずき、さぁ、殿下。彼女は医師に任せ、お部屋へ戻りましょう、と促した。
殿下は一瞬ためらったものの、自身の立場をよく理解していたため、騎士たちに囲まれながらも部屋へと戻っていった。
すれ違いざまに、駆けつけてきた医師に、しっかりと診るよう命じて。
「失礼いたします」
医師がそう言って、私の背中の処置をし始めたのを最後に意識を失った。
寝苦しさを覚えて目が覚めた。
見覚えのない寝具に、とっさに起き上がろうとするも背中に痛みが走り断念した。
起き上がるどころか、腕を動かそうとするだけでも痛む。
じんじんと鈍く痛み続ける背中に、大人しくしているしかないかと一つ息をつく。
しばらく大人しくしていれば痛みは遠のいていき、それに従い、やっと頭が回りだした。
寝苦しかったのはうつぶせに寝かされていたから。
きっと背中の傷に配慮した結果、このような寝かせ方になったに違いない。
ここはおそらく王城内のどこか――おそらく客室の一つ――だろう。
侯爵家令嬢であるわたくしが怪我を、しかも王女殿下をかばって怪我をしたのだから手厚く治療させなければならない。
その上、殿下が医師にわざわざ命じたのだから。
という建前の下、実際は怪我をしていてなおかつ意識のない人間を屋敷へと運ぶのは手間であるし、先ほど襲撃があったばかりで護衛にしろ何にしろ手が足りないのであろう。
屋敷のものに迎えに来させるという手もないわけではないが、邪魔だからと追い出しているようにしかみえないだろう。
たかが臣下の一令嬢とはいえ、わたくしの曾祖母は王族から降嫁してきていた人間であり、お母様は王妃殿下の友人として有名で、家柄自体名門といってもいいものなのだ。
面倒も見ずに屋敷へ帰すのはあまりにも体面が悪すぎる。
治るまでとはいわずとも起き上がれるまでの数日は王城で過ごすことになりそうだ。
一通りの建前やら思惑やらしがらみやらを考え、ふっと息をつく。
鈍い痛みが再び走った。
だがまぁ
痛むということは生きているということ。
(とっさに動いたにしては上出来ですわね)
と前向きに考えることにした。
それからうとうととしていれば、ノックがされた。
その音に、はっと目を覚ませば、意識を失う前に見た医師が入ってくるのが見えた。
「これは。失礼いたしました。お目覚めでしたか」
そう言いながら近づいてくる医師に対して、うなずく。
「えぇ。先ほどね。処置してくださったのは先生でしたわよね?ありがとうございました」
寝そべりながらの感謝でごめんなさいと、ちょっと茶目っ気をつけていえば、年嵩の医師はかまいませんと笑う。
「少し見せていただきますよ」
といった彼は手際よく傷口の確認をし、ガーゼを交換した。
「背中、しかも肩甲骨の辺りでしたので命にかかわるような傷にならずにすみました」
「あら、運がよかったですわ」
「しかし、申し訳ありません。傷跡は残ってしまうでしょう」
悲痛にゆがんだ医師の顔を見ながら、そうだろうなと思う。
王女を狙った襲撃の矢を受けたのに生きていた。
多少の傷跡を気にするような人間は家にはいない。
「かまいませんわ。命を救っていただいていただけで十分ですもの」
未婚の、しかもまだまだ若いといわれるようなわたくしの背に傷が残ってしまうことをこの医師は存外気にしているようで、そう言ったわたくしの言葉にさらに顔をしかめた。
ならばと思い続ける。
「毒、でしょう?死ななかっただけでも重畳ですわ」
にっこりと笑えば少し驚いたように目を開き、次の瞬間にはため息とともにしかめていたその眉を垂れさせた。
「……お分かり、でしたか」
我が家といえば、武門として名をはせてきた一門である。
女の身であっても多少の武術を習うくらいには、変わっている家なのだ。
わたくし自身、剣を嗜んでいるし、お兄様とお父様の傷の手当などをして怪我も血も見慣れている。
血統がなせる業か、多少の怪我やら血やらで倒れたりするような繊細な造りにはなっていないのだ。
そんなわたくしが気を失う?
出血量もたいしたことがなく、正直興奮していて痛みも薄かった。
そんな状況下でわたくしの意識を奪うことができるものというのは、王女を狙った弓矢であることを考慮すればおのずと答えは分かると言うものだ。
それを伝えれば、一寸言葉につまり、深く深くため息を吐かれた。
失敬な。
ため息をつく要素がどこにあったというのだ。
「なるほど。あなたはハウエル家のお方でしたな……。確かに毒が塗られておりました。幸いにも早く処置をすることができ、血で流れだしておりましたので、何とかお助けすることができました」
「そう。重ね重ね、ありがとう」
未だ不調であるからだろう。少し疲れとともに眠気が襲ってきた。
「怪我をなされたばかりですからな。ゆっくりと静養なさってください」
こくりとうなずき、医師が出て行くドアの音を聞いたのを最後に眠りについた。
ありがとうございました。
誤字、脱字がございましたらお知らせください。