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7 浅井先生

ある日。

朝練で、片付けとついでに掃除をしていたら、予鈴のチャイムが鳴った。

ホームルームに間に合わなくなっちゃう!

猛ダッシュで廊下を走って教室に向かう。先生方に会いませんように。


「きゃっ!」

廊下の角で、出会い頭に向こうから来た人とぶつかって、私は後ろによろけてカバンを落とした。


「大丈夫ですか?」

「あ、す、すみません」

目の前の人は落ちた私のカバンを拾って、ハイと渡してくれる。

「あ、ありがとうござ・・」



視線を上げて目の前の人の顔を見て、私は絶句した。


「お久しぶりですね。さくらさん。綺麗になって・・見違えましたよ」

「な! な、なんっ!?」

いるはずのない人の登場に驚きすぎて、私の口からは上手く言葉が出てこない。


それは三年前に目の前で姿を消した、あの浅井先生だった。

三年前の記憶にある先生とあまり変化のない容姿。

少し髪が伸びて、メガネが細いフレームになったかな、くらい。

一気に頭の中に三年前のことが思い出される。

未来の・・・私のことが好きだと言った先生。


「今日からまたあなたの先生になりました。食物科学の授業を受け持ちます」

カバンを持つ私の手を、先生の大きな両手がそっと包む。


「三年前とは違って、あなたはもう中学生の子どもではありませんし、全力で口説きたいと思ってます。私も色々と恋愛について勉強してきましたから。

よろしくお願いしますね、さくらさん」

にっこりほほ笑む先生。爽やかな笑顔なのに背筋がぞわってした。


よろしくって? く、口説くって!?

な、なにそれ、先生って、え? ええ ー? もうっ、訳わかんない!

頭の中がぐるぐるになった。


私は先生の手を払いのけて、くるっと背を向けると、来た道を逆走した。

「あっ、さくらさん!」



なに? なんなの!?

うちの学校の先生になったって、ウソでしょ?

もう、どうしよう!?

いつも掃除してる中庭の隅にある勝手口のような小さな裏門からこっそり出て、走りながら私はポケットから携帯を取り出した。


・・秋斗っ!


プルルルルルル、プルルルルルルと呼び出し音が続く。

四回目のコールを鳴らして、ハッとする。

今はホームルーム中、それか、もう授業中の時間だ。

電話なんて受けれるわけないのに。いけない、いけない。気が動転してた。

私は足を止めて、慌てて呼び出しを切った。

息が上がってハアハアと肩が上がる。落ち着こう。落ち着かなくちゃ。

別に何かされた訳じゃないし、追いかけられてるんじゃないんだから、走って逃げる必要もないのに。


私は昔からそうだ。突然のトラブルとかアクシデントにめちゃめちゃ弱い。

焦るとパニくってドジをしちゃうし。

自分で計画を立てて予定通りにいってるうちはテキパキやれるんだけどな・・。


手に握った携帯がブルブル震えて、ビクッとする。

画面には『高木秋斗』の文字。 慌てて電話に出た。


「あ、あきと、でん・・しちゃ、ごめっ」 電話しちゃってごめんねって言ったつもりが、自分でもビックリするくらい、ゼイゼイしてて言葉にならなかった。


「さくら!? どうした!??」

私の尋常でない様子に驚いて、秋斗の声も鋭い。

「ごめ・・、だいじょ、ぶ。走って、た・・だけ」

深呼吸して息を整える。こんな声聞かせたら余計に心配させちゃうよ。

落ち着け、落ち着け。


「さくら? 今、どこ? 学校?」

心配そうな焦ったような秋斗の声に申し訳なさが募る。

電話したのは失敗だった。放課後にでも会いにいけばよかったのに。

「あ、あの、私、ちょっとパニくっちゃって。こんな時間に電話なんかしてごめんなさい。後で掛け直すから・・・」

「あー!待って待って待って。切らないで、さくら。おれはかまわないから。

何かあったんだろ? どうしたの?」

「あの、だ、だいじょうぶだから・・」

「いいから。話して? さくら」

穏やかな秋斗の声を聞いているうちに、私も落ち着きを取り戻した。


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