47 すべて解決したから
さて、と先生は改めて私達の前に立った。
「・・・私の完敗です。本当はもうずいぶん前から分かっていました。
認めたくなくて、しつこく追いかけ回して、すみません。
さくらさんにはアキトしかいない。
アキトと一緒にいるからこそ、さくらさんが輝くのですね。
あなた達はすばらしいです。
私もあなた達のような恋愛を、いつかしてみたい。
未来に戻って、自分の人生を精一杯、生きて行きたいと思います」
お別れの挨拶だ。そう思ったら、ぽろりと言葉がこぼれた。
「・・・もう、会えないんですか? 先生と」
「さくらさん・・」
「会えるよ。未来はずっと、繋がってるんだから。そうだろ?」
秋斗に抱き寄せられる。
「はい。その通りです、アキト」
私たちを見て、先生は優しく笑った。
「・・・ヒロユキ! 約束、忘れるなよ!」
「はい。もちろん。楽しみにしていますよ」
二人はコツンと拳を寄せ合う。まるでずっと昔からの友達みたいに。
「・・それじゃ、さくらさん、さようなら。・・二人でずっと、お幸せに」
穏やかに笑って、浅井先生は消えた。
前みたいにまた戻ってきます、なんて言葉はなくて。本当のさよなら。
このマンションは綺麗サッパリ片付いていて、引き渡しの手続きも済んでいるらしい。今回は、ちゃんとしてる。
お礼です、と先生の字で書かれた付箋が付いている袋には、お菓子がいっぱい詰め込まれていてありがたく受け取ることにした。
大きな袋をぶら下げて、ふたりで歩く。
「ねえ、なあに? 秋斗。さっき言ってた約束って?」
「秘密。男同士のね。まあ、そのうち分かるよ。あー、ようやく行ったなぁ」
そう言う秋斗も、ちょっぴり寂しそうに見えた。
なんだかんだ言って、弘幸君とは私よりもずっと仲良くなってたもんね。
最近では毎日二人して天文の話で大盛り上がりしちゃって。
先生に会う前に弘幸君に少し会って来たんだけど、そっちでもさよならの話だった。
家族三人でアメリカに行くことになりました、と少し困惑気味な顔で告げられた。ずいぶん表情がでるようになったんだなあって、関係ないことを思った。
自分の学びたいことを両親に相談して、色々話し合って決めたらしい。
せっかく仲良しになれた友達がいなくなってさみしい気持ちはあるけど、先生にとって良いように未来を変えれて本当によかった。
「ね、さくら。今日はこのままうちにおいでよ」
秋斗は空いている片方の手で、私の手をとる。いつも、歩く時はどちらともなく手を繋いでいる。
初めはすっごく緊張して、手に汗を握ってたっけ。
今は、こうしているとほっとする。こうしていないと落ち着かない。
うん、と返すと、秋斗は私の耳元に口を寄せた。
「今日は母さんいないんだ。・・・この前の、続き、してもいい?」
つづき、で浮かぶのはあの時のアレしかない。
思い出すと、かーっと顔に熱が集まっていくのが自分でもわかる。
恥ずかしい・・・。
恥ずかしいけど、けど・・・
ぎゅうっと握られてる手の熱さから、秋斗の思いを感じる。
それに応えたくて、私は顔を上げて、えいっと背伸びして秋斗にキスした。
秋斗は目をまん丸にして、「さ、さくら」ってうろたえるような声を出す。
それがおかしくて笑ってしまった。
両手が伸びてきてぎゅうっと抱きしめられる。道端なのに。
「ああ、もう、反則だ。さくら、可愛すぎる。あー、もう、我慢の限界!
急いで帰ろう!」
秋斗は私の手を引いて走り出した。
でもすぐに秋斗は「いけない、いけない」と呟いて足を緩めた。
?
「このままの勢いでおれの部屋にたどりついちゃったら、めちゃくちゃがっついちゃいそうでヤバい。
落ち着け、落ち着けー、おれ」
スーハースーハー深呼吸をし始めた秋斗。
「ハジメテだから、やさしく、やさしく。あせらず、ゆっくり・・」
何やらブツブツ言ってる。そっか。そんな大変なことなんだ。
「だいじょうぶだよ、秋斗。私もがんばるから!」
なにを頑張ればいいのかよくわからないけど。
秋斗はピタッと足を止めて、また私をぎゅうっと抱きしめた。
さっきよりも強く。
「さくら、そういうこと、言うなよー。優しくしてやれないじゃん!
ああもう、なんでそんな可愛いこと言うかな。もう、かわいすぎる!
やっぱり急いで帰ろう! 早足・・ちょっと早歩きで」
秋斗の顔も赤くなってる。
ふたりして赤い顔して。なんだかおかしい。
ドキドキする。こんな気持ち、もう何度、秋斗からもらったのかな。
その後、体験したドキドキは、今までの人生最大。
心臓が飛び出るかと思った。
優しくできないなんて言ってた秋斗だけど、やっぱりやさしかったと思うよ。




