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45 何かが変わる

弘幸君はなかなか強情だった。

両親はちゃんといて、今も会いたがっているんだと話しても無反応。

ふーん、そうですか。で会話終了。

秋斗が言っても私が言っても、施設の規則に反しますからと言って、連絡を取ろうともしない。

だったら公園に行く時に偶然を装って会わせてしまおうと思ったんだけど、それを察知したのか弘幸君は外出許可をもらってきてくれない。



「どうして会うのをそんなに嫌がるの?」

「そうだよ。いないと思ってた親がいたんだからラッキーだと思って会えばいいんじゃんか」

本を読みながら私達の話を無視していた弘幸君が、パタンと本を閉じた。


「ラッキーだなんて思えませんね。仮に私に親がいる、として。では何故、私はここにいるのですか」

「それは・・・」

答えづらいことを指摘されて言葉に詰まってしまう。


「でも、お母さんは、ずっと、弘幸君に会いたいって思ってたのよ」

「信じられませんね。・・・ああ、親権をかざしてお金を請求して来る人達がいるので注意するよう言われています。その類いではありませんか?」

「なっ・・」

「おまえ、いい加減にしろよ! ホンモノの両親だって言ってんだろ?

何もかも、施設の言いなりになってんじゃねえよ!」

秋斗がキレた。

浅井先生のお母さんの涙を見た後だから、よけいに弘幸君の言葉が冷たく感じる。


「おまえに会いたいって言ってんのに、施設に邪魔されてずっと会わせてもらえなかったって、母親が泣いてんだぞ! なんとも思わないのかよ?」

「泣く・・?」

「施設に何度も電話したり手紙出したり、面会を求めたけど、秘密保護のためとか訳わかんない理由で、全部門前払いだったって言ってた。

そういうの、知らなかっただろ?」


秋斗に言われたことをどこまで理解したのか、弘幸君は眉をしかめて、小さく首を振った。秋斗は弘幸君の腕を強引に掴んだ。


「母親が会いたがってる。おまえが会おうとすれば、会えるんだよ。

なんで逃げるんだ。ヒロユキ!」

「・・・っ、う、うるさいな!」

弘幸君は秋斗の手を払いのけて叫んだ。

「 もうやめてくれ。私のことはほっといてくれよ!」

頭を抱えて、身を縮める。


「い、今更、なんだよっ?・・ハハオヤ? そんなの知らない。だって・・、いないって・・。

他の子が連絡をとってるのを見て、私が・・どんな思いで・・・っ!

それを今さらっ・・・!」

「今さらなんかじゃないよ、弘幸君。今、お母さんに会えば・・」


「やめてくれっ!」

近づこうとした手が乱暴に振り払われる。よろめいた私を秋斗が受け止めた。

私達を見て、弘幸君は一歩、また一歩と下がって行く。


「・・君達はそうやって二人で仲良くやってればいいだろう? 

どうして私に構う必要があるんだよ?・・・不幸な私を見て笑いたいのか?」

自嘲するような引きつった笑いを浮かべる。


「そんな。私達はただ、弘幸君の未来を変えたくて・・」

「必要ない。未来なんか変えられるはずがない。

ここの中でいる以外、私に選択肢はないんだから。

・・もういいだろう? 私の生活をかき乱すのはよしてくれ。

皆に愛され、幸せに育った君達に、私の気持ちが解るはずないんだ・・」

「おいコラ、いい加減にしろ」

いつの間に移動したのか、弘幸君の頭を背後から秋斗がこつんとド突いた。

「・・なっ」

「自分のこと心配してくれてる人に対して、そういう言い方はないだろ。

このひねくれ者」


頭を殴られた経験なんてなかったのか、弘幸君は手を当てて呆然とその場にしゃがみ込んだ。


「じゃあ何? お前より不幸な奴にしか、お前のこと理解できないって言うの?

・・そうじゃないだろ? 

だいたい、どんな幸せそうな家庭にだってそれなりにトラブルはある。

うちだって、さくらのとこだって例外じゃない。

でもおれ達は自分たちにできることをやって、家族の危機を回避してきた」


よいしょっと秋斗は弘幸君の横に座った。


「ヒロユキ。家族なんてもんはさ、なにもしないでそのままにしておいたら、ちょっとしたことでもバラバラになるんだよ。

血が繋がっていたって、それぞれ違う性格の人間の集まりなんだからな。

でも血が繋がってるからこそ、完全には縁は切れない」

真っすぐに目を見て話す秋斗。

「ちゃんと修復できる。お互いにそれを望んでいるなら、なおさらだ。

・・・大丈夫だよ」

弘幸君も、秋斗の目を見ている。


「ヒロユキ、お前はまだ何もしてないだろ? 

何もしてないうちから、自分の頭の中だけで結論を出すなよ」

「・・・」

弘幸君は黙って俯いてしまった。

「行きましょう? お母さん、待ってるわよ?」


「・・・行ったら、何か、変わるんですか?」

さっきまでの勢いは消え、小さな声で呟く弘幸君は、まるで迷子になった子どもみたいだ。


「もちろんよ。少なくとも、このままずっと会わないっていう未来は変わる」

「まあ、会ってみなきゃ何にもわかんないよ。何事も、当たって砕けろ」

はは、と秋斗が明るく笑う。弘幸君の肩をバンバン叩いた。


「砕けるのは勘弁してもらいたいですね」

そう言って、弘幸君もちょっと笑った。

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