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44 お母さんの本心

部屋が片付いたところで、私達はようやく、浅井先生のお母さんと向かい合って話し始めることができた。

写真の効果は抜群だったみたいで、お母さんは私達のこと、まだ警戒はしているものの、敵意はひっこめてくれたようだった。


私達は簡単に自己紹介して、弘幸君とは施設の屋上に入り込んだ時に偶然会って友達になったと説明した。

今は夏休みだし、毎日会って、話したりおやつを食べたりサッカーをしたりして楽しく遊んでいることも話した。

話してる間、お母さんはずっと目を潤ませながら、食い入るように身を乗り出して聞いていた。


自分のことには関心がないなんて、やっぱり、浅井先生の思い違いだ。

そうせざるを得ない、理由があったんだ。



「お聞きしたいんですけど、弘幸くんのこと。どうしてあそこにいるのかとか。

立ち入った事を言って申し訳ないんですけど、お母さんは施設に対して、・・その、マイナスのイメージを持っているようですし・・」

「ええ。もちろんよ。あんな、牢獄みたいなところ・・」

吐き捨てるように言った後、お母さんは頭を抱えるようにして話し始めた。


「あの子が三歳の時、手術をしたの。頭に小さな腫瘍があってね。

・・でもあんな手術受けさせるんじゃなかった!

あれがなければ弘幸は、弘幸はずっと私達のそばにいたのにっ!」

ギリっと歯を食いしばるその様子は、後悔してることがありありと見えた。


「小学校の先生達からも、うちの学校では何も教えられないし、ちゃんと能力を伸ばしてあげる環境を与えてあげなきゃいけないって説得されて。

たくさんの企業や研究所みたいなところとかの偉い人達が毎日大勢来て、長々と話をして行ったわ。

その中で、旦那の勤め先のお偉いさんと繋がってる施設があって、こ、・・断れなくて。

何枚もの書類にサインをして、あの子は私達の家から連れて行かれてしまった。

あの子の脳の急速な成長のメカニズムが解れば人類に大きな影響を与えることができる、そのために協力してもらいたいって。

私は全然納得いかなかった。

けど、協力費だって、馬鹿みたいなお金を寄こすの。口封じのためよ。

秘密が漏れるからって、私達はあの子に会うことも許してもらえない。

何度もお願いしたけど、・・・弘幸はアメリカの大学に行ったんだって、それだけ言われて追い返されたわ。

それから今日まで、施設から毎月三、四枚の報告書が送られてくるだけ。

全部、わけのわからない字ばかりで、あの子の写真もない。

私達は・・・施設にあの子を奪われたのよ!

私はこんなの、望んでいなかった。

それなのに、他の研究施設や企業の人間が今だにあの子のことを聞きにやってくる。うちにはいないのに!

・・・天才なんかじゃなくていいの。

弘幸が、ただ、そばにいてくれたらよかったのに・・!」

私は泣き崩れて蹲るお母さんの肩にそっと手を置いた。


事実はこんなにも、先生が思っていたものとは掛け離れていた。

今すぐにでも先生に言ってあげたい。お母さんの本心を。

離れていたために、お互いにこんなにすれ違っていたなんて。




話を聞いた後、また来ますと連絡先を交換してから、家を出た。

「・・・さて。どうやって二人を引き合わせようか」

「母親の方はもう問題ないね。会いたがってるし。問題は・・・」

そう。問題は弘幸君が親に会いたいと言ってくれるか。

幼い頃から「親はいない」と洗脳されて今日まで生きてきているのに、急に「実はいるんです。 会いたがっているんです」と言われてすんなり受け入れられるだろうか。



どうやって言ったらいいか、なんにも考えつかないうちに弘幸君との待ち合わせ場所の公園に着いてしまった。

駐輪場に自転車を停め、秋斗はポンポンと私の頭を撫でて笑った。

「ムズカシイ顔、してる。だいじょうぶだって。

サッカーやって、体も心も少し解れた頃に話題をふっかけてみよう」

にっと笑う秋斗を見てると、何とかなりそうって思えるから不思議。


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