39 オオカミな気分
高速で着替え終わると、濡れた服はとりあえずハンガーにかけて、ドライヤーで髪を乾かす。
髪、 伸びたなあ、と櫛でときながら思う。
ポシェットに入れていた携帯が濡れていないのを確認してほっとした。
防水だけど、一応機械ものだし。
「さくら? もういい?」
コンコンとノックがあったので、ドアを開けた。
「どうぞ。わ、どうしたの?」
そこに立ってたのは上半身ハダカの秋斗。肩からバスタオルを羽織ってる。
「あー。ズボンはあったけど、シャツはなんにもなかった」
「ご、ごめんね! すぐに隣から持って来るから! ま、待ってて!」
びっくりした。
心臓がバクバクしてる。
えーい、落ち着け、私。
はるにいなんていつもパンツ一丁でウロウロしてるじゃない。
秋斗とプールに一緒に行ったこともあるし。
なんで今更、こんなに緊張するの!
はるにいの部屋のクローゼットからからTシャツを引っ張り出して、ちょっと深呼吸してから部屋に戻る。
「はい、どうぞ」
顔がまともに見れなくて、俯き気味でTシャツを差し出す。
「ありがと」
ドキドキドキドキドキドキドキ
きっと、秋斗も聞こえてる。
こんなにやかましく鳴ってるんだもの。私の心臓の音。
ど、どうしよう。
どうしようって、何を?
なにって、だって、こんな状況、まるで・・・
「さくら」
「きゃあ!」
ベッドに座ってる秋斗に後ろから抱き締められる。
「わ、可愛い反応。さくら、顔、真っ赤だよ。おれの裸見て照れちゃった?」
そ、そんなこと聞かれても!
くるっと体を回されて、秋斗の顔が目の前にくる。ぎゅうっと密着してるからすごく近い。
「すごいドキドキしてるね、さくら。
・・・でもたぶん、おれのがずーっと緊張してるよ。
さっきのびしょ濡れのさくらを見せられて、すっかり参ってる。
なんてゆーか・・すごく今、オオカミな気分」
ちゅっと私の頬にキスをして、困ったような顔で笑う。
「お、おおかみ?」
「かわいいかわいいウサギが目の前にいて、食べちゃいたいなーって」
「んっ」
「・・すごいえっちな気分」
耳にふうっと息を吹きかけられて、ぞわってした。
「あー、今日に限ってハル先輩もお母さんもいないんだもんなあ。
・・ヤバい。ヤバいなあ。
ね、嫌なら早くイヤって言って? さくら。
おれ、健全な男子高生だから、・・止まんなくなっちゃうよ?」
秋斗の声はいつもより低くて、でもすっごく優しくて・・・。
男の子なのになんでこんな色っぽいの。くらくらしちゃう。
耳元で囁くから、その度にくすぐったくて肩がすくんじゃう。
「さくら、・・すっごい可愛い顔、してる。そんな顔されたら堪んない。
・・・ね、ちょっとだけ、えっちなこと、してもいい?」
どうしよう?
なにこの急展開!
私達、付き合って三年だけど、まだ・・そういうことはしていない。
中三の頃、一回そういう雰囲気になって、秋斗が迫って来た時・・・、私は焦るあまり、泣き出してしまった。ホント情けないんだけど。
秋斗はそんな私に呆れることもなく、
「ごめんね、おれ先走っちゃって。もうさくらが嫌がることはしないから。
泣かないで」ってずっと撫でてくれた。
それ以来本当に、秋斗は迫ってくることもなく、それっぽい雰囲気になっても笑って冗談にしてくれる。
こんな私に、秋斗はひたすら優しくて、私はそれにずっと甘えてた。
予想外の展開にもう何がなんだかわかんないし、上手く考えられない。
頭が真っ白になってる。
・・でもハッキリ分かるのは、秋斗は優しいから、きっと私が一言でも「イヤ」 って言えば、すぐにこの腕は離れてしまうんだってこと。
秋斗は私の言葉を待ってる。
大好きだよって中一の時コスモスを渡して告白してくれたあの日からずっと、私の隣にいてくれてる秋斗。
誰よりも私のこと大事にしてくれる秋斗。
秋斗はいつも笑顔で、好きだよって真っ直ぐに言ってくれる。
その言葉はまるで魔法みたいに、私の不安や心配事を吹き飛ばしてくれる。
でも私は、恥ずかしさが邪魔をしてしまって、滅多にその言葉を言えてない。
思っていても、口に出せずに終わってしまう。
「・・ごめんごめん。さくら、そんな困った顔しないで」
固まってしまった私に苦笑して、よしよしと子どものように頭を撫でられる。
「さくらが嫌がることはしないよ、安心して。
ちゃーんとさくらに心の準備ができるまで待つから。さくらがもっともっとおれを好きになってくれるまで待つよ。ね」
「秋斗・・」
違う、違うんだよ。
秋斗は知らない。私がどんなに秋斗を好きか。
言葉にしていないから、ちっとも伝わっていない。




