38 びしょ濡れ
今日は二人とも部活のない日だったので秋斗のお家にお邪魔した。
昼前は部屋で宿題をして、お昼ごはんを秋斗のお母さんと一緒に作って食べた。
お母さんは私とキッチンに立つのが嬉しいといつも満面の笑みで言ってくれる。
早くお嫁にいらっしゃいとも。
嬉しいけど、ちょっと気が早過ぎじゃないですってば、おかあさん。
そして昼からは、弘幸君のご両親のお家に再びやって来た。
今日は秋斗の自転車で二人乗り。
秋斗はこれが好きで、よく私を乗せてくれる。
重くないのって聞いたら、超軽いよって。爽やかに返してくれた。
なんかカップルっぽくって好きなんだって。
作戦を練ろうも何も、とにかく会ってみないと始まらない。
浅井先生に聞いても「分かりません、すみません」の一点張りだし、他に聞ける人もいない。
だから本人に話を聞くしかない。
私と秋斗は、思い切って玄関のインターホンを押した。
しばらく待つと、「だれ?」となんともそっけないお母さんの声が返ってきた。
「あの、初めまして。わ、私達、弘幸君の友人です。
お、お話したいことがあるんですけど、よろしいでしょうか?」
丁寧に、ゆっくり、インターホンの機械に向かって話した。
「話なんかなにもないわ。帰って!」
返ってくるのはトゲトゲした言葉。でも、ここでひるむ訳にはいかない。
「お願いですから話を聞いてください。弘幸君は今・・」
「しつこいわね! さっさと帰れっつってんのよ!」
すぐ横から、叫ぶような鋭い大声。
ビュッ、という音と冷たい痛み。
「きゃあ!」
「うわっ!」
庭で赤い服をきた女の人がめちゃくちゃ怒った顔で、ホースをこっち向けた。
「帰れ!」と叫びながら水をすごい勢いでかけてくる。
なにこれ、コワイ! 怖すぎる!
「や、やめてください。私達はただ、話を・・」
激しい水圧に、手を前に出して顔への直撃だけは避けるものの、目が開けられない。
「これ以上はダメだ。引こう、さくら」
秋斗に手を引っ張られ、逃げるように自転車に飛び乗って、大急ぎでその場から退散した。最後までホースで水をかけられながら。
角を曲がったところで自転車を止め、大きく息を吐く。
「なんなんだ、あのひと・・」
「うう。びしゃびしゃ」
二人ともまるで川に落ちたくらい全身ずぶ濡れだ。服が張り付いて気持ち悪い。
ジーンズのズボンが重たい。
「うっわ! さくら、それはヤバイ!」
私の姿を見た秋斗が顔をボンッと真っ赤にしておたおたする。
わお。こんなに慌てふためく秋斗は初めてかも。
なんて思いながらも自分の胸元を見て 「わっ」と声を上げた。
上のTシャツがスケスケでブラが丸見えになっている。
学校のブラウスの時のようにキャミソールは着てないし。上着もない。
私は慌てて両手で体を抱くように前を隠した。恥ずかしい!
「は、早く! 早く乗って! 誰にも見えないように、おれにしがみついて!
超特急で家に帰るからっ!」
秋斗が乗った自転車の後ろに、私も飛び乗った。両腕を秋斗の体に回してぎゅうっと抱きついた。
「お、おねがいしますっ」
「お、おお。行くぞ!」
二人して赤い顔した私達は、こんな良い天気なのに何故かびしょ濡れで、傍から見たらきっとおかしな奴らだろう。
秋斗の頑張りで、一つも赤信号にひっかからずに猛スピードで私の家に着いた。
*****
今日はママはパート、パパはもちろん会社、はるにいは部活で誰もいない。
カギを開けて玄関に飛び込んだ。
「秋斗、はるにいの服でいい?」
「いい、いい。おれは何でもいいから。さくらは自分をなんとかして!」
なぜか叫ぶように懇願される。
秋斗、私より恥ずかしがってない?
私の方が恥ずかしいはずなんですけど。
「あ、じゃあ、脱衣所の棚に、はるにいの服が入ってるから、適当に着て」
「オッケー、オッケー」
秋斗は素早い動きでバスルームに飛び込んで行った。
私も階段を駆け登って自分の部屋に入ると、着ていた服を脱ぎ捨てた。
あー、気持ち悪い。下着までびっちゃびちゃ。
濡れた体をタオルで拭いて、大急ぎで違う服を着る。
まだ秋斗は来ないだろうけど、なんか焦っちゃう。
秋斗がいる時に着替えるというか、裸になるなんて初めてのことなんだもの。
なんか・・すごい恥ずかしい。




