25 キレた
昨日の言葉通り、翌朝七時きっかりに秋斗が来てくれた。
「おはよ、さくら」
「・・おはよう、秋斗」
いつもの場所に自分の自転車がなくて、ハッとする。
あ! 学校に置いたままだった!
これはマズイ。
先生の車で置くってもらったところは伏せておこうと思ってたのに、これじゃあ話さないわけにはいかないじゃない。
「さくら? 自転車は?」
当然のツッコミ。ですよね?
「えっと、あの、・・学校に」
もごもごと答える私。俯く私の頭の上から、秋斗の声が降って来る。
「昨日は? 歩いて帰った・・わけないよね」
「うんと、あの・・」
「まさか浅井?」
「いや、あの、その、えっと。・・・はい、そうです」
なにこの尋問のようなコワイ雰囲気。
はぁーと、秋斗は長めのため息をついた。
「おいで。後ろに乗って。とにかく出発するよ」
「・・・はい。スミマセン」
ぎゅっとゆうとの背中にしがみつく。
大きな背中。いつの間にこんなに大きくなったんだっけ。
ちょっと前まで同じくらいだったと思ってたのに。
「さくらが言いたくなかったのは、浅井に車で送ってもらったこと、おれが怒ると思ったから?」
「ううん、そうじゃないの。あ、それもちょっとあるんだけど」
秋斗にしがみつく手にぎゅっと力を込めた。
「先生の、ご両親の話を聞いたの。
・・それでちょっと、ショックを受けちゃって。
勝手に話していいかは分からないけど、私一人じゃ許容範囲越えちゃって
どうしていいかわからないから、やっぱり、聞いてくれる?」
「うん。どうぞ」
私は先生から聞いた過去をポツポツと話した。
手術の影響で五歳で天才になって親から離れて施設に預けられたことや、アメリカで暮らしていたこと、ずっと親と疎遠のまま、亡くなったということ。
先生は親からも施設で育てられた時も誰からも愛されなかったと、そう言ってたこと。
「・・そっか」
秋斗は自転車をこぎながら、そっけない返事をした。
どう答えていいか、考えているような様子だ。
公園で自転車を止めて、いつものベンチに二人で並んで座る。
秋斗は腕を組んで視線を落としてる。
「天才は孤独だって、笑ってたけど。笑い話でもなかったんだね」
「悲しいよね、先生。
親から愛してもらえなかったなんて、自分の存在を否定されたようなものだもの」
「・・そうだね」
「自分の両親を知らないまま過ごして、知った時にはもう亡くなってるなんて、・・辛すぎる」
「うん」
私は足下に生えてる草に視線を落としたまま、口を開いた。
「・・・あのね、私、昨日の夜ずっと考えたんだけど。
タイムマシンで飛んで、先生の過去を変えたらいいんじゃないかって思うの」
「なんであいつのためにそこまでするんだよ?」
秋斗はムッと口を尖らせる。思わず私もムッとした。
「じゃあ秋斗は、このまま何もしないで、知らんぷりしてろって言うの?
あんな酷い話を聞いて、何にも感じないの?
私は・・もし自分や、はるにいや、秋斗がそんなふうだったらって考えただけで悲しくなるっ!」
「だからって、それはあいつが自分自身で解決すべき問題だろ?
さくらがしてやらなきゃならない理由はない。
・・・それとも、あいつのために、そんなに何かしてやりたいの?」
秋斗の口から出たとは思えない言葉に私は耳を疑った。
「さくら、あいつに惹かれてる?」
ぶちん。私の中で何かがキレた。
「あ、あ、あきとのばかぁーーーーーーっ!」
私は立ち上がり、今までの人生、最大の声で叫んだ。
怒りで握り締めた手がぶるぶると震える。




