21 どうして私なの?
悩みつつも、突き放すような態度を取ることもできずに、だらだらとそのままの状況でいる現在。
先生は私への態度を隠そうともしないので、周りのみんなも気づいている。
弓道部の人達とかは特に。
秋斗の存在を知ってる友人はブーブー文句を言ってるし、知らない人達は面白がって先生を応援してたりもする。やめて!
今朝、朝練で七時半に弓道場に入ると、すでに先生が弓を構えていた。
最近ずっとみんなが来る頃に来ていたのに。
陽菜ちゃんも先生を目当てに朝練に来ることが多くなってきたんだけど、やっぱり朝は苦手なようで来ても半分寝てたりする。こんな早い時間には来たことがない。
やだなあ。先生と二人っきりかあ。
帰ろうかと思ってそっと回れ右をすると、「おはようございます」と声が掛かる。
う。見つかった・・。
「さくらさん、見ていてください」
先生が弓を構えて、しゅっと矢を射る。
矢はわずかに逸れて的の右横に刺さっ た。
「あー・・・。さっきは上手くいったんですけど。やっぱり見ててもらうと緊張して ダメですねえ」
あははと苦笑いして、もう一度、弓を構える。
ぐっと弓を引こうとした時、いたっ、と先生は顔を歪ませた。
「どうしたんですか?」
駆け寄って先生の手を開くと、マメが潰れて血が出ていた。
「うわ。痛そう・・。すぐにテーピングしないと」
横の棚においてある救急箱を取り出して、先生の手のひらの潰れたマメを消毒してから丁寧にテーピングする。
「ありがとうございます。上手ですね」
「家で、昔から兄の足に巻いてますから。それよりどうしてこんなマメができるほど無茶したんです? 顧問なんて名ばかりでもいいはずでしょう?
先生、そんなに弓道にハマッたんですか?」
ほとんどの部が普段の練習に顧問の先生まで参加していない。熱心な部は専門のコーチを雇っているし、連絡事項がある時に登場するくらいだ。
なのに、浅井先生は毎日練習に参加している。来ない部員も多い朝練まで。
「お恥ずかしいですけど、あなたにいいところを見せたくて。それだけなんです。
あはは、格好悪いですね、この状況でそんなことを言うのは」
先生はちょっと照れ臭そうに笑う。
でも私はとても笑えない。先生がこうやって私の為に何かする度に、胸がちくちく痛い。
「先生、もう、・・・もう、やめて下さい」
私はその場で立ち上がった。
「何をしてもらっても、私の気持ちは変わりません。
先生の気持ちには応えられない。だから、もうやめてくださいっ」
「さくらさん」
先生はテーピングした方の手で私の手を掴んだ。ずるい。こんな痛そうな手、 振り払えないじゃない。
「すみません。あなたが迷惑してることはわかっています。でも前にも言いましたけど、私もあきらめることは、できないんですよ。
さくらさん。私には、・・・あなたが必要なんです」
真っすぐに見つめてくる、先生の目。
まただ、前にもこんな目をしてた。悲しそうな、さびしそうな目。
「どうして? どうして、わ、私なんですか? 陽菜ちゃんだってすごく可愛いし、
他にもすごく綺麗な人や優しくて素敵な人がいっぱいいるじゃないですか。
別に私じゃなくても・・・」
先生の手が、するりと私の手から離れる。
「・・・どうして、ですか。そうですよね。
すみません。私なんかが、あなたを好きになってしまって・・」
俯く先生の声は最後は小さくかすれて聞き取れない。
私は、掛ける言葉も見つからなくて、一歩、二歩後退し、そのまま弓道場から出た。




