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19 はるにいと優里香さん

その時、弓道場に鳴り響いた携帯の着メロに、先生の動きは止まり、私はハッと我に返った。

「・・っ離して!」

思いっきり腕を振り払って、私は走ってその場から逃げた。


女子更衣室に駆け込んで、内側から鍵を掛ける。

力が抜けてその場にへたり込んだ。


携帯に届いてたメールは陽菜ちゃんからで、朝練どころじゃなく遅刻しそうだ、というもの。

「はぁー・・・」

何にしろ、このおかげで助かった。

もしメールがなかったら、先生に・・キス、されてたかもしれない・・?


さっきまで目の前にあった、真剣な眼差し。

何かを訴えるような、懇願するようなあの瞳が、目に焼き付いて離れない。




*****


帰りのホームルームで、今朝提出した科学のノートが配られた。

ページをめくると、ハンコのすぐ上に附箋のメモがはさんであった。


『自分の軽率な行動を後悔しています。

決して無理やり、触れるつもりなどありませんでした。

本当にすみませんでした。反省しています。許して下さい。』


びっしり細かく書かれた丁寧な文字から、先生がペコペコ平謝りしてる様子が見えるよう。

確かに謝ってもらうべきはこちらなのに、先生のあの悲しそうな顔を思うと、こっちが悪いことをしたような気分になるのは何故だろう。





翌日の朝練、先生はみんなが来だした八時過ぎ頃にやって来た。

「おはようございます、瀬川さん」という声は緊張しているのか、いつもより小さくて少し震えていた。

でも私にだって、そんなに余裕はない。

俯いたまま「おはようございます」と返すので精一杯だった。

その後に来た陽菜ちゃんの明るい声に、なんだかほっとした。





*****


ある日の日曜日の十時。私はリビングで秋斗とおやつタイム。

部活は大会とかなければ基本的に日曜休みなので、日曜日はいつも一緒に過ごしている。

今日は昼前はお家でまったりして、昼からは買い物か、映画か、図書館かなにかに出掛けようかなあって話してる。

秋斗が私にココアをいれてくれるので、私は秋斗にコーヒーをいれる。

なんか最近、私がおいしいーって言うココアをいれるんだって秋斗が頑張ってくれてる。ちょっぴり照れくさいけど嬉しい。


先生のことを考えると憂鬱な気分になっちゃうから頑張って頭を切り替えてる。

秋斗は鋭いから、何か気づいてるのかもしれない。

今日も、家に来て私の顔を見るなり、「ココアでもいれようか、さくら」って言ってくれたし。


昨日の夜ママと作ったパウンドケーキを切ってると、ピンポーンとチャイムが鳴った。モニターに映ったのは・・はるにいの彼女の優里香さん!


「あ、お、おはよーございます」

あいかわらず綺麗でどきどきしちゃう。ちょっとうわずった声が出ちゃったけど、

優里香さんはにっこり笑顔で両手を広げた。


「おはよ、さくら。んー、今日もカワイイカワイイ」

ぎゅむっと抱きしめられて、うきゃっと変な声が出た。

「コラ。いきなり抱きつくなって」

振り返るとはるにいが呆れた顔で立ってる。


「だってカワイイんだもの。あら、そっちのコはさくらのカレシ?」

「はい。そろそろ、離してもらえます?」

「あら、ごめんね」

腕がゆるんで、ぷはっと息をすると、今度は秋斗の腕の中に納まった。

「ん。秋斗?」

「わあ、さくら。愛されてるわねえ。って、春樹、何ニラんでんの」

「睨んでねえよ。こういう顔だっつーの」

なんだかふてくされたように言うはるにいを、優里香さんがつついている。

「カワイイ妹をとられたからって拗ねないの。このコもあんたのカワイイ弟みたいなもんなんでしょ? よかったじゃない」

「うっせ。おい、アキト、お前も兄の目の前でいちゃついてんじゃねえよ」

べりっと剥がされる。

はるにいの腕が巻き付いて・・首が締まる締まるっ!

「はるにい、苦しい!」慌てて腕からすり抜けた。


「優里香さん、コーヒー飲みます? 今、おやつタイムなんです」

「お、うれしいわー。じゃあ、お呼ばれしちゃおうかな」

「さくら、俺にもコーヒー」

「はーい」

キッチンに向かうと、手伝うよって秋斗も来てくれた。


ちらりとリビングの方に目をやれば、何やら言いながら、はるにいの頬をつつく優里香さん。その手を掴んでぐいって引き寄せ・・

わわ。

私は慌てて目を逸らした。兄のラブシーンを見るのは恥ずかしい。

なんていうか、パパとママのを見ちゃった時と同じような、違うような。


「ハル先輩だっていちゃいちゃしてるじゃんか。ねえ、さくら」

秋斗も目撃したらしい。

ケロッとした顔で、私のほっぺにキスをした・・

途端に「コラ。キッチンで何してる! 早くしろよ!」はるにいがキッチンに乗り込んできた。

ぎゃあ、見られた!


「あはは。ハル先輩、さくらの父さんより父親っぽい」

「ホントね。さくら、お嫁に行く時は春樹が泣いちゃうかもねえ」

「うっせー! 泣かねえよ!」 

秋斗はカラカラ笑って、はるにいはプンプンして、優里香さんもすっごく楽しそうに笑ってる。

イジられてるはるにいがおかしくて、私も笑った。


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