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第七話 善良なる医師の誓い

短めです(´・ω・`)


ツーダ先生の医療に対する真摯な情熱をご覧ください。

異世界に迷い込んだ現代地球人というのは、大なり小なり進んだ文明の知識というのを活用する為に書類と戦うという運命が約束されているようなものだ。


ただし、ツーダ先生に限ってはその限りではない。


なんなれば、ツーダ先生には素晴らしい異世界の友人達が早くも手を貸してくれているのだ。


多くの行政官に、優れた手腕の代官役まで王国は選抜し、そして、躊躇することなくツーダ先生の所領として宛がわれたM.D.ツーダ子爵領に派遣してくれた。


お陰で、ツーダ先生の仕事といえば実は決済印をぽん、と押すだけである。


無論、行政書類というのは読めるだけでは案外と意味が分からないものだというのは悲しいかな、どこの世界も同じだ。


行間にこめられている意味や、当然の前提知識がなければ理解できない用語というのは幾ら簡略化に努めたところで省ききれるものではない。


他ならぬツーダ先生自身、平成という年号と西暦という年号が両立している行政文章について、外国の人に説明しようと思えば相当な苦労を強いられることになるに違いないのだ。


だから、異文化出身の自分が理解できるように根気良く説明してくれる王国派遣の役人達に対してツーダ先生は素直に好感を抱いているのである。


誠実で、しかも有能となればよほど王国枢密院は選良らを派遣してくれたに違いない、と。


しかし、考えてみればとツーダ先生は少し反省する。


幾ら自分が異世界での生活に馴染むまでに時間がかかるとはいえ、曲がりなりにも自分の責任で統治する必要がある土地に責任を感じるべきなのだ、と。


さらにいえば、王立ツーダ医学研究所まで設けてくれた王国に対して在地貴族として自分の専門分野の領域でキチンと貢献しなければ、という責任感もツーダ先生を突き動かす。


そして、ツーダ先生はハタと気が付く。余計な薬価計算も、それこそ書類作成の仕事も自分は免除されているのだ、と。


「……なんというか、ある意味では理想的な状況なのだなぁ」


医療クラークさんとでもいうべき多数の研究員や助手がつけてもらえた王立研究所に、自分の収入を心配しなくてよい所領の確約。


望んで、異世界に迷い混んだわけではないにせよ、しかし、自分に対して最大限の誠意が示されているのだ。


「いかがされました、ツーダ卿?」


だが、考え込んでいたツーダ先生は歩み寄ってきた事務官の一人が恐る恐るといった態で声をかけてくることで我に返る。


ああ、と気が付けば自分は館の通路がど真ん中で黙考していたのだ。


それは、心配を掛けてしまうなぁと気遣いの大切さに反省しつつツーダ先生はさらりと心境を語る。


「いえ、自分の出来ることを考えていたんですよ」


「……何か、我々の働きぶりに問題でもありましたでしょうか?」


「いえいえ、そんなことは」


そう、彼らの働きぶりはなんら瑕疵があるものではない。

王国の人々が、近代以前の労働慣行……つまるところ、ゆるい労働観に浸っているのではないか、と考えていたツーダ先生は反省さえしたほどだ。


「ただ、私なりに何をしようかと考えていただけですよ」


むしろ、と言おう。

ツーダ先生は、触発されのだ。

この地に住まう、人々のために。

自分の、医学の知識で貢献しよう、と。


……結局のところ、異世界という地にあっても自分は医者なのだとツーダ先生は改めて実感する。


確かに、医療の研究と、医療の実践は別物だろう。

このまま王様の健康具合を時たま診察する宮中の御典医じみた生活を送れば、いい身分は約束される。


第一は安定した収入だ。


なにしろ、荘園経営というのは堅実だし食べ物には困らない。

まあ、その……ツーダ先生が少し領地を見て回った限りでは些か感染症や寄生虫に悩まされている人々が多そうだったので注意が必要では有るのだが。


その点では衛生面に配慮が必要か、とツーダ先生は気を引き締めている。

なにしろメジナ虫症と思しき、根絶途上にあるはずの寄生虫に由来する症状まで見られたのだ。


濾過して、煮沸消毒させねば……と飲料水に関する限りツーダ先生は少々我侭だと承知でも自分の健康に気を使っている。


だが、全体としてはやはり衣食住が保証されているのだ。


第二には、なんとも穏やかな勤務条件だ。


これも悪くはない。そして、何よりも社会的な地位というのも子爵様だ。

それこそ、9時―5時どころか週休6日制でもなんら咎められないのだ。

一応、王家に対する医学的な助言の義務はあるらしいが。

しかし、それとて本格的な当直に比べればなんのこともない。


だから、とツーダ先生は考える。


自分さえ望めば、優雅な生活を幾らでも送りえるのだ。


かつての研修医時代や外務省医務官に応募する前のように当直室で死んだように眠りながら看護師さんにたたき起こされるという修羅場を経験することは、もはやありえないだろう。


望みさえすれば、隠遁生活も可能だ。

異世界の人々は、その自分の決断も許してくれることだろう。


逆に、自分が医療行為を広範な人々に提供しようと思えばそれこそ膨大な業務をただの一人で考え、そして、指示して対応しなければいけなくなる。

お金も、決して儲からないだろう。

全て自分の持ち出しになることもありえる。


が、だから、どうしたというのだ。


猛然たる決意でツーダ先生は、その自分の中に湧き上がってくる沸々とした感情に押し流されるままに思い出す。


大分前だが、医療とお金の問題に関する一つの声明。


あれは、2010年だっただろうか?


はっきりとした日時の記憶は曖昧でも、しかし公衆衛生に関する国際機関は一つの感動的な声明の要旨をツーダ先生は明瞭に覚えていた。


なにしろ、その声明文が読み上げられるのを業務として耳にしていたのだ。

メモを取り、声明文の内容を上司に解説する外務省に雇用された医務官の一人であったのだ。


肝心のところは、よくよく覚えている。


そこにこめられたのはポリオの根絶に向けた取り組みを再度、再構築した上で貫徹すべきだという明確な意思の表明。


ポリオ、という一つの病気に打ち克つという人々の意思の輝きだ。


一方で、発表者らはポリオとの戦いが非常に困難な状況に陥っていると指摘した。


政治的な意志の弱体化や、更なる研究の必要性を指摘しつつ、しかし、何より発表者らは資金の問題というのも恥ずべき事ながら言及したのだ。


ポリオというドラゴンがいるだろう、と。


この悪龍を殺すという重大な戦いをただ、資金が足りないというだけで放棄したと子供達に語ることが許されるかと。


そして、それは、ツーダ先生の心に刻まれた医療に貢献する一つの誓いなのだ。人々を苦しめる病と、最後まで戦い抜こう、と。


だから、ツーダ先生は気が付かぬうちに発表者の発言を繰り返していた。

ぼそりと自分を励ます為に呟いた一言。


恐るべき龍であろうとも、我々は、医療に携わるものとして、根絶しなければならぬならば、ベストを尽くす。それが、我々の義務なのだ、と。


睡眠時間を削ろう。

休んでいる時間などないのだ。

自分には、苦しんでいる人々を残して安穏とした生活をおくることなど決して出来ない。





彼は、知らない。


翻訳魔法の都合で、自分の一言が直ぐとなりに控えている王国の事務官に何と翻訳されて聞かれたか、ということを。


彼は、知らない。


王国の事務官が、飛びかけた意識を懸命に保ってなんとか、さり気なさを装ってツーダ先生の視界から立ち去ったか、を。


ツーダ先生は想像だにしないのだ。


馬を潰す覚悟で、事務官が、王国枢密院に駆け込むことを。


そして、ツーダ先生にとって見ればそれは想像の範疇外のことであるのだ。


ツーダ先生の悲しい呟きに触発されて、先生の医療に対する熱い思いを物語にしようと決意しました(`・ω・´)ゞ

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