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第六話 「善き助言者」

ツーテ卿が有益な助言をくれたようです。

ツーダ先生は、忘れられがちだが王国において貴族である。

それも、新規に任命されたM.D.子爵ツーダ卿である。

つまるところ、王国において正統な権利として封土を求める権利が有る。


もっとも厳密言えば、もう一つのコースもありえた。

それは、法衣貴族というコースである。

領地ではなく、職責を世襲する専門家としての奉職。

ツーダ先生にしてみれば、分かりやすい専門職としての雇用のようなものだ。


だからツーダ先生さえ望めば、宮中にて出仕する法衣貴族としてのコースもありえた。


一時金を支給され、王立ツーダ医学研究所を与えられたのだからそのまま宮仕えというのも順当といえば順当だろう。

医学研究所の所長という身分で、宮仕えと見做して生活の保障を受けられるのであれば生活の基盤も安定する。


だから、最初はツーダ先生としては特に領地経営にも興味がないので宮仕えしますよ、と申し出るつもりであった。

しかしながら、進路については周囲に相談してじっくりと考えることも大切だとツーダ先生は思いなおす。


そうして、偶々職務で医学研究所へ尋ねて来たナンダ家のツーテ卿にツーダ先生は早速相談してみたのだ。


『宮仕え』と『地方貴族』どちらにすべきでしょうか、と。

貴族ならではの機微も教えてもらえれば……と考えての相談だ。


尤も、それは少々失礼な質問だったらしいと質問して早々にツーダ先生は反省する。


なんなれば、問われたツーテ卿が咄嗟に強張りかけた表情を何とか取り繕う努力をしているんだろうなぁと分かる多彩な感情を表情に浮かべたからだ。

無論、ツーテ卿が所謂法衣貴族であるということはツーダ先生も承知していたのだが。

やはり、貴族社会においてどちらかを選ぶべきかと訊ねるのは失礼だったのだろう、と先生は後悔していた。


まあ、考えてみれば当然だ。


自分の家に誇りを持っている貴族たちが、自分達の属するグループ以外を推奨することが有るだろうか?

言うならば、大学病院勤務と、自分の診療所、どっちが良いですか? と他の人間に聞くようなものだ。

そりゃぁ、選べる人間が聞けば怒られるのも当然であった。


しかし、幸いなことにツーテ卿はしばらく考え込んだ後に「ああ、卿は異文化のご出身でしたな」と呟き頷いてツーダ先生の無礼を聞き流してくれる。

それどころか、なんという幸運だろうか!


彼は、ツーダ先生が異世界出身で貴族社会になじみがないということを見て取って親身に助言してくれるのだ!

曰く、『なれない異郷の地』で『異文化の宮中』に『一人でご出仕』なさるのは何かと気苦労が多いのではありませんか、と。

そして、それは一つ一つ尤もというほかにない。


なにしろ、ツーダ先生は異文化に対する適応能力は低くはないが、異世界の貴族文化をすんなりと消化できるかと自問すれば甚だ疑問が残る。

そして、なまじ異文化に飛び込んで生活してきた経験が有るからこそ障壁の高さを危惧せざるをえないのは事実だった。


ツーダ先生にしてみれば、初めての王立医学研究所の運営でさえ、職員の習慣や勤労観念の差異で四苦八苦している状態なのだ。

こんな状態で、様々な習慣や共通文化に支えられているであろう貴族階級の中で宮仕えというのはぞっとしない。


が、一方でツーダ先生は医師であって貴族の領地運営についても全く知識がない。

いや、多少ならば想像くらいはできる。

だが、想像するのと、実際にやってみるのではぜんぜん違うということもまた当然理解できるのだ。


「ツーテ卿、ですが自分は領地を頂いても運営できるものでしょうか?」


だから、そのことを素直にツーテ卿にツーダ先生は打ち明ける。


「失礼、ツーダ卿? 何が、問題なのでしょうか」


「自分は、領地経営をやったことがないんですよ。宮仕えの方が、まだ馴染みが少しは有ると思うんですが」


外務省の医務官というのは、まあ、ある意味では宮仕えだった。

官僚組織の中で、仕事をやっているという意味では……医者の世界とはまた異文化だったのだから、王国貴族の中に混じれってやっていけないことも、なくはないだろう。


だから、次の瞬間に彼は愕然とする思いでツーテ卿の一言を耳にする。


「領地経営? それならば、代官を雇えばよい話ではありませんか」


「代官?」


「ええ。不在領主というやつです。その気になれば、もちろん自分で統治してもよいですが」


「つまり、任せてしまえる人を見つけられればよいのですか?」


「卿でしたら、そもそもご自身で探す必要もありませんよ。枢密院に相談すれば、直ぐにでも人を送って寄越すと思いますが」


「それは、素晴らしい!」


だが、そこでツーダ先生は一つ問題を思い出す。

王国に紹介してもらった人員、というのは以外にアレだった。


いや、別に責めるつもりはないのだが……仕事に対する感覚が自分と違いすぎる。

ついでにいえば、ツーダ先生は別に自分の領地に住んでいる人民を絞り上げようとかそういう希望は特に持ってない。


普通の日本人であるツーダ先生にしてみれば、人を統治するというのはそもそもしっくり来ないのだ。

自分の知らないうちに自分が誰かを搾取しているというのもちょっと落ち着かない。

ついでに言えば、曲がり間違っても誰かを酷い目に合わせたりするのも本位でない。


「ああ、でも、ツーテ卿。結局のところ、その、信頼できる人かどうかが問題なのです」


「信頼、でありますか?」


「ええ。この王立医学研究所でも、相当数の職員がですね?」


王国が、もちろん、なるべくしっかりした人を選ぼうとしてくれているのだろうとは分かる。

そして、一般の職員らも盗みや誤魔化しということは行っていないという点では信頼はできる。

だが、今一、自分の要望した通りの人間を選んでくれるかというと少し不安があるのだ。


なにしろ悪気はないのだろうが、時間厳守や職務に対する熱心さという点でツーダ先生は現在の職員にかなり改善が必要だと痛感している。

まあ、近代以前の時間感覚では確かに厳密な時間厳守を求めるのは奇妙な厳格さに聞こえるのかもしれないが。



紹介してもらった少数の魔導研究の専門家らは、まだ、専門家として相応の姿勢で仕事に取り組んでくれ入るのだが…・・・。

今度は、逆に異なる専門同士で働くときのやり方の違いや用語で混乱してる段階だ。


「ああ、ああ、なるほど。はい、仰りたいことは重々理解いたしました」


「それで、ですね? いや、ご好意で言っていただいているのは分かるんですが」


だから、今一人選に安心できないのだがというメッセージをなるべくオブラートに包むツーダ先生。

言わんとするところを理解したのだろう。


うんうんと頷くツーテ卿の表情は、しかし、自信に満ち溢れている。


「ご安心ください。ツーダ卿」


そういうと、ツーテ卿は請け負いますよとばかりに懸命なまでに言葉を続ける。


「普通の平民ならばいざ知らず、代官と言うのは統治階級です。青い血の人間ですから」


彼らならば、ツーダ卿のご意向を最大限忠実に履行するでしょう、と請け負うツーテ卿。

青い血ということ。

すなわち、統治階級の人間であれば上の命令に対しては厳格に服すること間違い無しですと。


「しかし、代官の良し悪しが私には分かりませんよ?」


とはいえ、良い代官ならば任せておいても大丈夫だろうが……どうやって見極めればよいのだろうか? とツーダ先生はまた新たな疑問を口にする。

生まれながらの貴族たちであれば、良し悪しも分かるだろうが。

自分は、代官がサボっているのか、真面目に取り組んでいるのかどうやって見破ればよいかもわからないのだ。


「それもご安心ください。なんでしたら、王領のように王国官僚に統治させるという手もありますが?」


「統治?」


「し、失礼。卿の統治権は無論、当然の権利として保たれます。行政を、代行させる、と明言すべきでした」


「なるほど。つまり、その・・・・・・私の代わりに行政の面倒を見てくれる方を派遣してくれるんですね」


その点で、ツーテ卿が代案で提案してくれた官僚制に任せるという提案はツーダ先生にとってみれば中々妙案に思えるものだった。

王国の官僚ということは、有る程度は均質な仕事をしてくれるに違いない。

それに、変な話だが異文化の人間相手に統治とか行政とかするよりは自分の本分に専念できるのも悪くなかった。


「ええ、ええ、その通りです。なんでしたらば、私が枢密院と国王陛下に掛け合っても宜しい」


「え? いや、しかし、ツーテ卿にそれは申し訳ない」


「とんでもない! 我々王国貴族、共に助け合ってこそです。どうぞ、御気になさいますな」


「ううん、そこまで言っていただけるのであれば、お断りするのも失礼でしょう」


よろしくお願いします、とご厚意に甘える旨を告げつつツーダ先生は異世界で感じる思いやりに心底感じ入っていた。

共に助け合っていこうと言ってもらえること。

これが、どれほど助けになることか。


「おお、では、どうぞ、お任せあれ」


「ただ一つ質問しても良いでしょうか?」


「ツーダ卿、いったいなんでしょう?」


何度も何度も申し訳ないと思いつつも、しかしツーダ先生は最後の大切な確認をしておく。


「王国の官僚達、法律はどうなっているんでしょうか?」


「領主裁判権のことですね? もちろん、そちらはツーダ卿の裁判権を尊重することになっていますが」


ああ、やっぱりか、と思いつつツーダ先生は尋ねるのだ。


「ええと、適用される法律はどうなっていますか?」


「慣習法以外に、何か賦役を命じたりされるご予定はありますかな?」


「ああ、そういうことも命じれるのですね。特に、これといってないので……問題がなければ、今のままというのは大丈夫ですか?」


「もちろんです。では、さっそく手配します」


法律を書いたりする必要が有るのだろうか、と。

そして、それに対する解答もまたツーダ先生の不安を十分に取り除くものだった。

なんならば、悪法を改められても結構ですし、何か、新設したいときは法律の専門家もご紹介しますよと請け負ってくれるツーテ卿。


善は急ぎましょうと立ち上がるその背中の何と頼もしいことか。



ああ、とツーダ先生は少しだけ心意気を新たに誓う。


異世界生活は、慣れない事も多いが、やっていけることは一つずつやっていこう。

きっと、周りも、助けてくれるから、と。


ツーテ卿がファインプレーによって、枢密院で激賞されています。

理由(´・ω・)?(・ω・`)


それは、決まってるじゃないですか。


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